第7話 渡河


 とりあえず、元魔王の辺見くんの説明で、魔界のことについて私たちはたくさんの知識を得た。歩きながらってのがいいな。教室で先生に説明されても、ここまで頭に入らなかったと思う。


 食べて歩いて、4時間あれば着く目的地に、私たちは5時間かけてたどり着いた。

 だってさ、幅10mくらいのそう大きくない川でも、歩いて渡るとなるとけっこう大変なんだよ。荷物は多いし、ロボット犬もさすがに泳げないし。フロートは用意されていて、それをセットすれば沈んじゃうことはないけど、でも推進力はないからこちらで引っ張ってやらないとなんだ。


 で……。

 今回はサバイバルの技術を誇るケイディも、賢者には敵わなかった。「互いにロープで縛り、誰も流されないようにしよう」なんて言い出したのを賢者は「ダメよ、そんなの」と瞬殺したんだ。


「宇尾くんを先頭に次はケイディ、その次は戦士の蓮見さん、勇者の五月女さん、辺見くん、最後に私で並ぶ。

 ほら、はいっ!」

 そう言われると、小学校の時から訓練されている私たちは、ぴっと並ぶわよ。で、ご丁寧に宇尾くんが「前にならえ!」と号令を掛けて、私たちは1列に並んだ。


「君たち、全員、軍での教練の経験があるのか?」

 ケイディが、不思議なものを見たという面持ちで聞いてきた。

「ないよ、そんなもん」

 武闘家の宇尾くんの返事に、ケイディは戸惑いを隠さない。


「号令に従って1列に並ぶというのが、これでなかなかハードルが高くてな。普通はどこの国の人間でも、いきなりはできないものなんだ」

「ふーん。

 でも私たち、小学校の運動会でさんざんやらされたし」

「卒業式も入学式も、号令で立ったり座ったり、さんざ練習したし」

「この列のまま、一糸乱れずジェンカを踊れるぞ」

 口々にそう答えると、ケイディはため息をついて目と目の間の鼻梁を揉んだ。まったくもー、なんのショックを受けているのやら。


「で、1列に並んだらどうするんだ?」

 先頭の宇尾くんの声に、賢者が答えた。

「このまま全員で横歩きで川に入る。後ろの人は前の人の肩に手を当てて、軽く押してあげて。足を滑らしたら、前の人の肩をしっかり掴むこと。私は一番うしろだから、ロボット犬を引っ張る」


 ふーん。なるほど。この並び、肉体的な強さ順だよね?

 単に素手で戦ったら、この順番になりそう。もちろん、武道的なテクニックも抜きでだ。体格的にはケイディも強いだろうけど、足腰は絶対に武闘家のほうが強い。でも、例外もある。元魔王の辺見くんの方が私より強いよね?


 宇尾くんを上流側にして、私たちはカニのように横歩きで川に入っていった。つまり、一番強い人が川の流れに当たるんだな。

水が腰までの深さになったところで、賢者が聞いた。

「戦士、あなた、川の流れは感じないでしょ?」

「うん。ケイディの陰だからね」

「武闘家。アンタはケイディに背を押されているから、楽に流れに対して立っていられるでしょ?」

「うん、独りで渡河するのに比べたら、嘘みたいに楽だ」

 ふーん、こういう方法があるのか。


「ケイディ。武闘家の肩に掴まって、前に押すだけでなく少し押し下げてやって。これでさらに安定するから」

 賢者の言葉に、ケイディが答える。

「なるほど。これはいい方法だ。だが、この態勢だと、敵に襲われたら打つ手がないぞ」

「私と元魔王は、ほとんどまったく水の流れを感じていない。つまり、落ち着いて魔法が使えるってこと。そもそも水の中の敵が相手じゃ、武闘家も戦士も、そしてケイディの銃も使えないでしょ」

「……なるほど」

 あ、ケイディが納得したぞ。

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