第4話 元魔王の政策


「となると、これはぜひ聞いておきたいのだが……」

 ケイディが、(たぶん間違いなく)正面を向いたまま元魔王に尋ねる。

「魔族の各種族で食糧事情が異なるというのに、どうやってその生産を倍増させたのだ?

 後学のために、ぜひお聞かせ願いたい」

 うーん、私たちだって日本人なんだけど……。でもその私たちと違って、ケイディは自分の国への帰属意識がとても高い。だから、こういう質問の動機、マジなんだろうな。


「簡単なことだ。どのようなものであれ、魔族の産業は魔素に頼っている。いや、頼り切っている。そこを是正したのだ。食料生産は無から有を生じさせるものではない。そして、いかに魔素が魔法の元であり、万能に使えるものだとしてもやはり無から有を生じさせることはできない。

 だが、思い込みとは怖いもの。魔素さえうまく使えば、食料は順調に生産されると誰もが思っていたのだ」

「……なるほど。たしかに病害虫は魔法でどうとでもなるな。

 となると……、肥料の手当でもしたのか?」

 元魔王の言っていることはよくわからなかったけど、ケイディの質問でなんか理解できた気がした。魔素という根性論で豊作をもぎ取ろうったって、毎度そうはいかないだろうことぐらい、私だって想像がつく。


「そもそも地球に比べ、ここの自然の恵みは乏しい。だが、魔族は少食なものだし、魔素が降り注ぐ中、この形に最適化してきたのだ。そして繰り返すが、魔族の各種族でいかに食糧事情が異なろうと、無から有は生じない。なのに、眼の前のものをきれいにしようと、火炎魔法に頼ればすべてが灰になってしまう。そして、これはシンプルに先鋭化した。実なり葉なりを収穫後、種子用以外の残されたすべてを焼き尽くし、枯れ草一筋残さない空地にすることが篤農家の条件とされたのだ。見た目はそれが美しいのだから仕方ない」

「なるほど。

 常識や生活習慣となったものの見直しは、王権をもってしても難しかったのだろうな?」

 ケイディの問いに、元魔王は再び大きく頷いた。


「余は記憶が戻った際、すぐに調べてみた。しかるに、日本でも同じことをしているのだ。日本では他人の畑に排泄物を撒くのは呪いとすらされていた。田畑は聖なるものであったからな。それが室町期には肥料となり、戦国期には金を払ってまで買うものになっていた。その過程で、そうするしかないというところまで追い込まれたのだ。それしか肥料がないという地方すらあったのだからな。

 ヨーロッパでも基本的な事情は変わらぬ。家畜の放牧は二圃式農業でも三圃式農業の1つの柱であった。家畜の排泄物は重要だったのだ。

 その重要性を民に訴えるのは、王権をもって各集落に実証して見せるしかなかった」

「し尿処理場でも作ったのか?」

 そのケイディの問いを、元魔王は否定した。


「いいや。ここは魔族の特性が生きた。人類と異なり、そもそも必要とされる食料の量が極端に少ないのだ。10を20にするのは大変だろうが、1を2にするのは容易い。山の落ち葉などを堆肥化して鋤き込むだけで、効果は十分に見せられた。し尿による下肥の強制をしていたら、余の政策は失敗していただろう。なにかを変えようと思ったら、民の抵抗感の少ないところから手を付けねばならぬのだ」

「なるほど、それは真理だ」

「収穫の倍増には10年掛かった。その後の人口増大には20年が掛かったぞ」

「なんだ、元魔王、ずいぶんとオジサンだったんじゃん」

 ……なによっ!?

 元魔王とケイディ、2人揃ってわざわざ私の前まで来て怒った顔見せることはないでしょ?

 しっかり見張ってなさいよっ!




あとがき

爬虫類経済ww

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