第19話 死の苦痛と恐怖すらすぐ忘れる


『謀略のアウレール』は言葉を続ける。

「だから、わかるか、勇者?

 前の魔王とて、この上将ワイバーン『謀略のアウレール』が敵う相手ではなかった。今より若く、経験少なきゆえに戦いを挑み、苦も無く捻じ伏せられて臣下の礼を取った。勇者はその魔王を相手に戦いを挑み、2度までも殺されている。普通であれば、3度目の戦いを挑みに来たりはしない。

 ゲームではないのだ。一度死ねば、その死の記憶はさらに心を縛るものだ。痛みと苦しみは文字どおり死ぬほどのものであるし、魔法で蘇生させたからすぐに苦痛の記憶まで消えるわけではない。つまり、死ねば死ぬほど恐怖の総和は増える。

 生き物は、2回も死ねば十分なのだ。そして、魔王への戦いを挑み続ける意志など手放してしまう。それが当たり前のことなのだ」


 ずいぶんと熱弁を振るったわね、『謀略のアウレール』。

「ごめんね、アウレール。

 私ね、まだ前世を思い出せてないの。聞く限りにおいて、アウレールの言っていることはすべて正しいと思うよ。だから、なんで前世の私が3回目の挑戦をしたのかわからない」

 私のその返答に、ワイバーンのくせに『謀略のアウレール』は呆れ返ったって雰囲気の顔になった。ドラゴンの仲間にもあるんだ、表情。普通の顔と怖い顔だけかと思っていたよ。


「そういうとこだぞ」

「どこ?」

「得たりとばかりに、お約束を返そうとするのはやめろ。

 だから、勇者のその性格だ。馬鹿なのかというくらい学ばず、死の苦痛と恐怖すらすぐ忘れ、自分勝手でパーティーメンバーの死にも無頓着。

 だからこそ、魔王様の前に戻ってきて戦えるのだ」

「やだなぁ、そんなに褒めないでよ」

「褒めとらんっ!!」

 なんでそう、いつもみんなぷりぷり怒るのかな。怒らないときは疲れているし。


 ふと振り返ってみれば、戦士の橙香も武闘家の宇尾くんも賢者の結城先生もみんなおんなじ顔してた。ケイディ、アンタくらい違う顔しなさいよ。

 なんかさ、荷物を積んだ2匹のロボット犬すら同じ顔しているように見えてきちゃったわよ。



「勇者よ。

 今の魔王は恐怖の体現がその本質だ。それは、前の魔王が討たれた結果、魔族が進化したとも言える。だが、その恐怖をもってすら、お前を止めることはできぬようだな。つまり、お前がイレギュラーな存在で、無神経で図太く、あまりにデリカシーなく自己完結しているのだ」

「……『謀略のアウレール』、コレ、褒めてないなら、貶されたの?」


 私の返事に、上将ワイバーン『謀略のアウレール』は深々とため息をついた。

 それはもう、深々と。

「どちらでもない。現状を説明しただけだ。

 我々魔族は、今の魔王が最強であるから従っている。前の魔王の恐怖では勇者パーティーを縛れなかった。今の魔王の恐怖であれば、勇者以外なら縛れる。

 お前がいかに聖剣タップファーカイトを振るおうとも、お前の背を守る者はもはやいない。剣をもってお前の前で血路を拓く者もいない」

「えーっ、そうなの?」

「そう言っておるではないかっ!

 勇者、お前は馬鹿なのか?

 馬鹿だから戦えたと抜かすのか?」

「やめてよ。失礼しちゃうわね、まったくっ!」

 あーー、もう、誰かから聞かされる自分の姿ってなんなんだろうね?

 なんでこんなに私ってば誤解されているんだろ。こんなに繊細なのに。



あとがき

なんか、上将ワイバーン『謀略のアウレール』が可哀想になってきたw

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