第7話 交渉開始


 炎、氷、雷、いずれの攻撃も元魔王の辺見くんには通用しなかった。

 さすがだなぁ。目の当たりにすると、奇跡感半端ないよ。

 でもさ、前世のパーティーも、賢者の魔法頼りだったにせよ同じことができたに違いない。

 魔法ってすごいなぁ。


 そこへ、ざわざわと足音が聞こえてきた。

 よくよく聞くと、たくさんの足音、そしてそれがすたすたとか、ぱからぱからとか、ずるずるとかの音が混じり合っているので、結果としてざわざわになっているんだ。

 で、それが私たちの登ってきた道を登ってくる。


 でもって、元魔王の辺見くんの前にも、黒い霧みたいなものが揺蕩いだした。

 なんかさ、記憶の戻っていない私にもわかる。魔族がワープしてやってくるんだ。でもって、ワープという単語がこの状況に適切な単語なのか、そぐわない単語なのか、今の私にはわからないんだけれど。


 正念場だな。

 ケイディは、ってアンタ、手榴弾なんか持ち込んでたの?

 でも、ソレ、魔族に効くの?

 効き目がなかったら、まったくの無駄なんですけど?


 戦士は長巻の柄を握りしめ、武闘家もなんか構えている。だけど、私からはそのなんかがなにかはわからない。

 賢者も、チタンの杖を握りしめて、口の中でなにかをぶつぶつ唱えだしている。魔法を使う気だ。だけど、まだ体内の魔素は貯まってはいないんだから、無茶と無理をして時間稼ぎをするつもりなんだ。


 うん、マジで時間稼ぎ。

 魔族が襲ってきたら、私たち、10分で全滅するかもしれない。それが15分になればいいなという、不毛な時間稼ぎ。

 だけど私たち、そこで生じる5分に希望をつなぐしかないんだ。


 私、聖剣タップファーカイトを現出させるために、竹の物差しを握り直した。

 ああ、なんかコレ、竹の物差しのくせにずしりと重くて、頼り甲斐があるんだかないんだか、よくわからないわ。


「皆の者。余は帰ってきた!」

 そこへ、元魔王の辺見くんの高らかな声。

 うっわ、ここでマジで交渉始める気だ。でもって、辺見くんの前には……。

 これ、ワイバーンって奴だよね。思いっきり低空で羽ばたいているけど、なんかとっても怖い絵柄だ。火なんか吹かれたら、元魔王、間違っても逃げ場がないよ。

 まぁ、今は岩陰にいる私たちも、逃げ場がないって意味じゃそう違いはないんだけれど。いや、岩に囲まれている分、火を吹き込まれたら輻射熱でよりこんがり焼けるかもしれないな。勇者パーティーのオーブン焼きだ。


 

 金属的な燦めきを持つ青い鱗、長大な翼、だけど浮いているのは羽ばたきだけじゃない。魔法の力もあるはずだ。瞳は金色、それが元魔王を睥睨している。

 文字どおりでそこには、尊敬とか忠誠の意は感じられなかった。

 うん、辺見くん、アンタ、王としてやっぱりダメだったんじゃないの?


さきの魔王よ、お前は己を殺した者と手を結び、この世界を征服しようと企みしか?

 岩陰から、聖剣タップファーカイトの気配を感じるぞ!」

 あーあ、元魔王、やっぱり思い切り疑われているじゃん。


「余はいてもたってもいられなく、転生せし世界から帰ってきたのだ。

 魔界からの侵略が始まっているのわかっておろう。余は余の世界を守りたいだけだ。現王と諍うつもりはない。

 侵略を退けしのちは、元の世界に帰る所存」

 あ、なるほど。

 私たちからすればここが魔界で、攻めて来るのが深奥の魔界だ。だけど、この世界の住人からしたら、ここが普通の世界で、攻めて来ているのが魔界になるんだな。

 じゃあ、逆にここの世界からしたら、私たちの世界はなんと呼ばれているんだろうね?

 神界やら仏界でないことは確実だと思いはするんだけれど……。

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