第6話 魔王への試練


 元魔王の辺見くんが魔族の前に身を晒す前に、私、確認せずにはいられなかった。

「その前に1つだけいい?

 今の辺見くん、魔王として魔族とどれくらい戦えるの?

 いきなり死なずに済む?

 なんたってここは魔王城なんだから、スライム1匹だけが出てきてくれるなんてことはないと思うんだよね」

 私の問いに、元魔王は少しだけ胸を張った。


「戦う必要はない。攻撃魔法を受けるかいなすかだけなら、今の体内の魔素量でもなんとかなるだろう。星を降らせるような、魔王としての威を示す魔法を使うのは無理だがな。

 あとは、交渉次第だ」

 ハッタリで勝負するってことかな?

 ……なら、一任するからがんばってよ。

 今晩の晩ごはんは、魔王城の食事の間で落ち着いて食べたいからね。野宿も嫌だしさ。シャワーも浴びたいな。


 私たちは、岩陰に身を潜ませて、元魔王の辺見くんが巨大な畝の地形の中に出ていくのを見守った。

 ケイディだけは、例によって銃を肩付けにして、背後の警戒に抜かりがない。



 それで、だけど。

 ……だめだな、これは。

 そうだった。私たちの世界でも、辺見くんはスポーツができるってタイプじゃなかった。

 まずは岩陰から畝の底に降り、次の畝の上を歩こうと考えていたらしい辺見くんだけど、その畝に登れないでやんの。2mの高低差ってこんなにあったかなってくらい、辺見くんの前に立ちはだかっている。片手に提げたツヴァイヘンダーが、辺見くんの動きをさらに妨害している。


「みっともないから、さっさと登りなさいよ!」

 のたのたと畝の底でもがく辺見くんに、私は声を掛ける。

「この畝、粘土で固められていて、濡れた表面がぬるぬると滑るんだ。足が掛けられない。手も粘土でぬるぬるで掴まれない」

 ……魔王にしちゃ情けない言い訳ですこと。


「魔王としての威厳がなくなっちゃうから、魔法でもなんでも使って登っちゃいなよ。服、泥だらけだよ」

「……そうだな」

 ……なんか悔しそうだね、辺見くん。やっぱり男子って、身体能力に誇りを持っていたりするのかな。


「シュヴメンっ」

 そんな辺見くんのつぶやき声が聞こえて、次の瞬間、ゆらゆらとその身体が浮き上がり始めた。

 ああっ!

 こんな具体的に魔法を見るのは初めてだっ!

 前にも片鱗は見ていたけど、まじまじ観察するなんてできなかったからね。

 すごいぞ、魔法は本当にあるんだ!


 元魔王の辺見くんは、畝の上に上がると、こちらを見てため息をついてみせた。

 そして、ツヴァイヘンダーを片手に提げて登る向きに歩きだす。

 で、5歩も歩かないうちに、その全身が炎に包まれた。

 あーあ、もう案の定だよ。


 だけど、炎が燃え盛る中、その中心にいる辺見くんの身体は平気で歩き続けている。魔法ってすごいな。魔王は燃えないだろうけど、その身体は別の世界の辺見くんのものだ。それが燃えないのはまだいいとして、さらに着ている泥で汚れたTシャツも燃えていないのは奇跡みたいに見える。


 そして次の瞬間、辺見くんは氷に包まれた。

 炎が駄目なら凍結って、発想が単純だけど、でもこうやってしらみつぶしに弱点を探られるのは怖いな。

 辺見くんはさらに歩き続ける。身体に付いた氷が砕け、剥がれ落ちる音が私たちのところまで聞こえている。


 さらに、次は立て続けに落雷が辺見くんの身体を襲った。

 さすがに私、光と音の衝撃に震え上がった。至近距離だもん。そりゃ怖いよ。

 それでも、辺見くんは平然と歩き続けた。

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