第38話 転移


 ケイディが最後の最後ということで、私たちに注意喚起する。

 私がこれを聞くの3度目だけど、ケイディからしたら100回だって言いたいに違いない。

「磁場は30秒しか維持できない。だから、魔界への通行口の形成と、荷物と身体の移動は速やかに済ませる必要がある。磁場展開からの最初の5秒で勇者が聖剣タップファーカイトを振るってゲートを構築し、残りの20秒で物資とともに我々もゲートをくぐりきる。どうしても時間が足らない場合、物資を捨ててでもパーティーメンバー全員の転移を優先、完了させる」


 あー、わかったわかった。

 という内心を押し隠して、私は真面目な顔で頷く。

 さすがにここはおちょくっちゃいけない場面。そのくらいは私だってわかる。


 今度はケイディ、この場にいる全員に声を張り上げた。

「Countdown, start!」

 そしたら、もしゃもしゃで長髪、白衣の博士がでかい声で、「Five, Four, Three」って。


 なんで「10」から始めないのか、でも抗議の時間もなく、私、少し焦り気味に竹の物差しに聖剣タップファーカイトを重ねた。

「Two, One, Zero!」

 最後のゼロって叫びと同時に、聖剣タップファーカイトが白く輝いた。

 前回のときより遥かに強い。きっと、前回より強い磁場に反応しているんだ。


 聖剣タップファーカイトが見えているのはとてもありがたい。

 ここを斬れという指示がレーザーで空中に描かれている。私は、それをなぞるように聖剣タップファーカイトを振るった。見えていなかったら、ここまで正確に振ることはできなかっただろう。


 したら……。

 白い大地と遠くの山脈の灰色と空の青しかない単調な世界に、灰色と茶色

の空間がぽっかりと生まれた。

 でも、あまりに時間がなくて、焦っているし、よく見ている暇なんかない。


 ケイディと武闘家の宇尾くんが、2人がかりで一番重い防磁ケースを灰色と茶色

の空間に放り込む。

 橙香と結城先生も、次の防磁ケースを2人がかりで持って、でも放り出すほどの腕力はないから、そのまま自分たちごと運び込む。

 ケイディと宇尾くんがもう一箱を運び込み、私がそれに続いた。


 そこからさらに、荷物と自分自身をゲートから離れるように置き直す。だって、ゲートが閉まるときの空間干渉に巻き込まれたくはないからね。頭の4分の1だけどっかいっちゃうとか、絶対避けたい。

 で、上半身を起こして、白い大地と遠くの山脈の灰色と空の青しかない単調でも私たちの世界を見納めに見て、次の瞬間にゲートは音もなく閉じた。


 帰る時は、魔王と賢者が魔素を大量に使って、磁場と同じような空間干渉を起こす。だから、魔界でさっさと魔素を溜め込んでもらわなきゃ。

 というかそもそも、魔素がないと帰る以前に偵察も戦いも治癒もなにもできない。


 ケイディは専用ケースから素早く取り出した銃を肩付けにして、周りの観察を始めている。

 宇尾くんも、肩を落としてリラックスしているみたいだけど、視線は偵察モードだ。

 私も、竹の物差しを握り直す。

 あれっ、握り心地がさっきと違うぞ。竹のはずなのに、なんかずしりとした重さも感じるんだ。

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