第35話 4日目の朝3


「阿梨、わかった。

 魔王の辺見くんが嫌でなければ、私が行く。その代わり、聖剣タップファーカイトの力は出し惜しみしないで協力してね」

 燈香の言葉に私、なんの反応もできなかった。口を開きかけ、でも言葉なんかでやしなかったし、そもそも反対したら良いのか、賛成したら良いのかすらわかっていない。


「辺見くん。私じゃ役者不足だとは思うけど、深奥の魔界と共に戦おうね。この世界を救うために、私、がんばるから」

「なぜ……」

「……勇者1人に犠牲を強いるのは、よくないことだもんね」

 魔王の問いに橙香はそう応える。

 その覚悟が示された顔はとても美しく見えた。


「あの……」

 私が言いかけるのを、橙香は遮る。

「もういいよ、勇者阿梨。それより魔王、あなたの意志が聞きたい。私でも良い?」

「そんな、人身御供に差し出される村娘みたいな顔で言われても……。あのな、余は最初から勇者の協力は求めはしたが、それだけぞ。『余と勇者で子を成し、2つの世界の融和の象徴とせよ』というは、そちらの賢者の案。かつて戦士であった蓮見橙香が余と、その、あの……」

 ……なにをテレているんだ、この魔王は?

 ……余と勇者で子を成しって言っていたときはテレなかったよな、コイツ。

 なんか、猛然と腹が立ってきたぞ。


「成敗っ!」

 私がそう叫んで、元魔王の辺見くんの頭を張りとばすのと、一時間目の授業で数学の掛川先生が入ってきたのが同時だった。


「五月女さん、なにをしているのっ!?」

「……あっち向いてホイの手が滑りました」

「どういうこと?」

 ……そうだよね、これじゃ納得しないよね。この間、隣の県でいじめで自殺者が出た事件もあったし、疑われるよね。うう、とはいえ、いじめですって告白できたらどれほど楽だったんだろう。2つの世界を救うための痴話喧嘩……、いいや、痴話喧嘩なんかじゃない。私は魔王をキライなんだからっ!


「あっち向いてホイで勝ったら攻撃、コレで防御できたらセーフ、できなかったら痛いというゲームで……」

「五月女さん、あなたがいうコレって、辺見くんの数学の教科書じゃない。どういうことよ?」

「いや、あの、その」

 うわぁ、地雷踏んじゃったよ。なんでノートの方を持たなかった、私?


「高校生にもなって、教科書を人を叩くようなゲームに使うのは……」

「それはごめんなさいっ。机の上のものならなんでも良いってルールだったんで、つい……」

「つい、じゃないでしょ?」

「……はい」

 しーん。

 クラス中が静まり返っている。

 ああもう、私のバカ。なにをやっているのよ?


 そこへ辺見くんの声が響いた。

「……先生、五月女さんが言っていることは本当です。蓮見さんが審判でした。クラスの学級委員同士で、そんないじめとか、バカなことはしません」

「本当なのね? いじめじゃないのね?」


 その追求に、今度は燈香が答えた。

「はい。辺見くんの言うとおりです」

「本当? ならいいけど、妙に五月女さんの腕に力がこもっているように見えたのよね……」

「それは盾がある前提だからです。でも僕、実際には教科書を盾にするのは躊躇ってしまい、つい叩かれてしまいました」

 くそ、得点稼いだな、元魔王め。


「……辺見くんがそう言うなら、まあ、いいわ。五月女さん、あまり調子に乗らず、次からは自分の行動に気をつけるのよ」

「ちぇっ」

「五月女さん?」

「……ごめんなさい」

 私はそう、しぶしぶ謝ったんだ。



あとがき

今年最後の更新が「……ごめんなさい」で終わろうとは……w

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