第18話 3日目の放課後、屋上4


 私の心配を他所に、賢者は武闘家の男子にさらりと答えた。

「特定生徒のプライベートに関わることだから、立場上、私は君に説明はできないわ」

 賢者、上手いっ!

 さすが、賢い者というだけあるっ。


 賢者に答えてもらえなくて悔しそうな武闘家男子を、私はさらに追い込んだ。

「どう?

 逃げてもしかたないから、きちんと自分と向き合いなさいよ。アンタ、武闘家でしょ。この辺見くんは貧弱だし筋肉も偽物だけど、それでも気配とかはお馴染みのもののはずよ。

 実はアンタ、この辺見くんに負けた記憶が蘇っているでしょう?」


 本当は顔を近づけてその眼を見たいのだけど、屋上の広い空間の中で30cm以内に近づくなんて無理。しかも放課後でそろそろ日が陰ってきているから、「黄金の夜明け」なんて感じの虹彩の色のグラディエーションなんか、とてもじゃないけどわからない。そういうのを見るのに、今は一番わかりにくい時間帯だと思う。

 それに、なんらかの形で自覚しているものを自白させてからでないと、いきなり目の話をしても逃げられるかもしれない。


「では、戦ってみようではないか。寸止めでもなんでも、そちらのルールに従ってやる」

 武闘家らしい言葉だわー。戦って決着をつけるだなんて、感性が前時代的でいいっ。

「負けたら、納得できるの?」

 私の質問に、武闘家男子は嫌々という感じで頷いた。「負けることなど、あるはずもない」って答えが返ってこないあたり、実は不安なんだってわかる。


 そこで橙香が私の袖を引いた。そして、小声で聞いてくる。

「……ねぇ、勇者。

 魔法を使えない元魔王の辺見くんが、貧弱のままで武闘家に格闘で勝てると思ってるん?」

「いや、負けるでしょ。間違いなく、ぼこぼこにされると思う。だって、武闘家、マジで強そうだよ」

「じゃ、なんでけしかけているのよ?

 元魔王の辺見くんが負けたら、武闘家は合流しないじゃん」

「貧弱な元魔王がぼこぼこ。うふふふふふふ、笑いが止まらないわ。あーっはっはっはっ」

 思わず笑い出した私に、橙香は責めるような眼差しを向けた。


「アンタね、勇者のくせに、性格に問題ありすぎなんじゃない?」

「なーにを言っているのよ。魔王と仲のいい勇者って方が問題でしょ」

「ひょっとして、勇者……」

 と、今度は賢者が口を挟む。


「なによ?」

「それ、『反動形成』ってヤツなんじゃないの?」

「なにそれ?」

 私が聞き返すと、賢者は私から目を逸らした。オイ、コラ、しっかり眼を見て話さんかいっ。アンタ、保健室の先生だろうが。


 私の圧に負けたのか、賢者はひそひそと続けた。

「勇者、辺見くんのことが好きなんでしょ?

 で、好きな相手をいじめる小学生みたいな反応している……」

「……は?」


 そこで橙香が再び口を挟む。

「阿梨、アンタさ、勇者としての判断していないよね。おかしいよね?」

「仮にも勇者の私が、魔王と?

 絶対ないっ」

「そう思っているからこその、『反動形成』なんじゃないの?」

 と、賢者。

「その『反動形成』って言葉すら知らないよ、私」

 私の言葉に、戦士と賢者は揃ってため息をついた。


「心理学でいう、自我の防衛機制よ。抑圧された欲求によって、反対傾向の態度が強調して示されることをいうの。例えば、好意の感情に対抗して、反対の憎しみが生じたりね。まんまじゃない?」

「私、憎んでなんかいないよ」

 私、賢者の口にした「憎しみ」という単語の生々しさに、そう答えるのが精一杯だった。


 そこに……。

「そろそろ、始めていいのか?」

 武闘家が、いらいらしながら私たちに聞いてきた。




あとがき

次話、元魔王と武闘家の戦いだー。

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