第11話 3日目の放課後5


「とりあえず、カーテンはこのままにしておけない。

 裂けたのではなく大穴だから、繕うこともできない。

 私が担任にはうまく言っておくから、これ以上ボロを出さないのよ」

 はっ?

 どういう意味よ?


 保健室の先生は急に悪い顔になった。

「聖剣タップファーカイトだなんて、なんて懐かしい。

 妄想と取られるかと思って今まで誰にも話さなかったのに、集団転生してきていたとはね。

 勇者、戦士、共に相変わらずの瞳だよね」

 げっ!


 さっきの元魔王の「よくよく見てみれば、賢者ではないか。生徒の中ばかり探していたが、まさか職員の中にいるとは思わなかったぞ」ってのは、マジだったんだ……。

 ……怖っわ。


 それでも、私が好奇心でうずうずしているのは見て取ったらしい。

「ほらっ」

 って、顔を寄せてくる。


 ああ、たしかに虹彩に……、輪がある。これが、翠玉が浮かぶ瞳ってやつかぁ。

 私と橙香は虹彩の中の線だけど、保健室の先生は色の抜けた輪だ。

 これは見つかりにくいな。明るいところだったら、ハイライトにしか見えないだろう。


「賢者よ。

 そなたはどこまで魔法を取り戻したのだ?」

 元魔王の辺見くんの問いに、保健室の先生はちょっと渋い顔になった。


「ここはね、魔素がない世界なのよ。

 魔王、あなたもうすうす気がついているんじゃない?

 ここにいると、魔法は思うように使えないって」

 ……白衣を引っ掛けた保健室の先生と学生服の会話としちゃ、横で見ていてめまいがするほど現実感がないな。


「その魔素を感じ取る魔力さえ、余は奪われて久しい。

 このままでは我が魔界とともにこの人の世も滅びるというのに、勇者と戦士は余に魔法を返してくれないのだ」

「それは困ったわね」

 そう言うと、保健室の先生は迷うことなく橙香ではなく私を見た。そして言ってきた。

「勇者、魔法をちょっとだけ返してあげたら?」

 と。


「『ちょっとだけよ』って、できるんですか?」

 どこかで聞いたよう言葉だなと思いながら、私は問い返した。

「魔法の文法には、呪文ごとに対象とその程度を規定する言葉が入るものよ。

 だから、無理ではないと思うんだけど……」

 あー、そうなん?

 まぁ、賢者がそう言うなら、できるのかもしれないね。


「じゃあ、それこそ、ちょぴっとだけなら返してあげてもいいけど。

 そうよね、ひとまずは、ちょぴっと×ちょびっとくらいなら……」

「それは具体的に何%くらいなのだ?」

 私の言葉に、元魔王はそのまんま食いついてきた。目がマジだよ。怖いって。


 だけど、橙香のツッコミはさらに厳しい。

「魔王の癖に、百分率でものを語るな!」

 だってさ。

 ま、言えてる。「世界の58%を征服しました」とか、興ざめにもほどがあるよね。どこのベンチャー会社よ?


「そんなことを言っても、『ちょぴっと×ちょびっと』などという表現で、伝わるはずがなかろうがっ!」

 怒っているなー、元魔王。

 いいわぁー。怒り顔もなかなか。


「簡単なことよ。

 なんでわからないの?

 魔王に1は返さない。

 返したとしても、0.9よ。魔法は重ね掛けすれば威力を増すもの。1以上であれば重ねれば重ねるほど威力が増すけど、0.9だったら重ねれば重ねるほど威力が落ちる」

「勇者、お前は神か!?」

 あ、ひっどーーい。

 なんてこと言うのよ、元魔王だからって、神様を貶めて楽しいの?


「それより阿梨、アンタ、勇者としての記憶、取り戻したの?

 魔法について詳しいじゃん」

 橙香が聞くのに、私は莞爾と笑って答えた。


「Y◯u Tubeで、×レブという魔法使いが×ラチンという呪文を使うのを見たから。

 あまりに威力がないので、100の重ね掛けとかして効果を増そうとしていた。それでも大したことなかったけど……」

 私の答えに、元魔王が崩れ落ちた。




 あとがき

もちろん、勇者阿梨がY◯u Tubeで見たのは、勇者ヨシ◯コなのだ。


はぁ、辺見くん、可哀想……www

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