第10話 3日目の放課後4


 保健室の先生の金切り声は続く。

 私、職員紹介のときの話を思い出した。採用2年目の若い女性の先生でパワフルだって言われていたよね、この人。

 ほんと、そのとおりだわ。肩から掛けた白衣が、闘気で翻っているみたいに見える。


「あなたたち、なにやってんのよっ!?

 私がたまたま通りかかったからいいようなものの、高校生にもなってやっていいことと悪いことの区別もつかないの!?」

「いや、ついてますけど」

「いや、ついているからこそだが」

 橙香の声と元魔王の声が重なる。

 アンタら、案外息が合っているじゃん。


「学級委員の五月女阿梨ですけど、私が書いた台本で、演劇の練習しているんですけど、なんの問題があるとでも?」

 とりあえず、立場を盾に、デマカセを口にする私。だって、他に思いつく言いわけなんか思いつかない(あ、私、なんだかんだ言って動揺して日本語が変……)。

「台本なんか、どこにもないじゃない」

「やだなぁ、先生。

 今はスマホで共有して、どんどん改良していくんですから、紙の台本なんかプリントするだけ無駄ですって」

 と、これは橙香。

 とたんに、保健室の先生の視線が泳ぎだした。


 私、正常化バイアスの強さを目撃した気になった。

 そうだよね、生徒たちが殺し合っていたと言うより、演劇の練習していたという方が納得できるよね。たとえコトナカレ主義じゃなかったとしても。


 私がうんうんと橙香に向かって頷いてみせると、保健室の先生の表情は納得を表すものとなった。

「……ま、まぁ、誤解されないように気をつけるのよ」

 なんか捨てゼリフみたいだけど、どうやら言い包められたらしい。担任に言いつけるとか言い出されたら、めんどくさいところだったもんね。

 ちょっと、いや、かなり安心した。


 なのに……。

「よくよく見てみれば、賢者ではないか。生徒の中ばかり探していたが、まさか職員の中にいるとは思わなかったぞ」

「へ、辺見くん、もう劇はいいって!」

 私の声は、悲鳴に近かっただろう。

 同時に橙香は椅子を振り上げた。練習再開を装ったんだ。無理はありすぎるけど。

 もう、元魔王ったら、でっすソースで腫れた唇でなにを言っているんだよ?




「ふーーん。面白そうね。見ていくってあげるから、最初からお願い」

 ほらっ、元魔王、コレ、どうしてくれんのよっ! 「ふーーん」が、猜疑心のカタマリじゃないかぁ。


「旧世界のヴァレーゼ王国に、魔界が口を開いた。

 魔王による魔界の統治は一見うまく行っていたが、それゆえに魔界の人口が増えすぎ、民が飢えたのだ。

 ヴァレーゼ王国が滅びる寸前、人の中から勇者、戦士、武闘家、賢者が生まれた。魔族からみれば、当初は滅びゆくものの最後の輝きに見えた。だが、その輝きは予想外に強く、聖剣タップファーカイトを手に入れたのちの勇者は、魔王の手におえなくなった……」

 さすが、元魔王。

 とくとくと語るじゃない。

 でも、これだけ設定してあるとなれば、保健室の先生もきっと演劇だと信じてくれる。


「ふーーーーん。で、聖剣タップファーカイトを振り回した結果が、あのカーテンってことね?」

 忘れてたっ!

 そうだ、大穴の空いたカーデン!

 こっちはリアルだぞっ。

 どうしたらいいんだ。

 って、もう白を切る以外の道はないのに、元魔王の辺見くんは絶対に邪魔をする。


 あ、いっそ、すべてを元魔王の仕業にして、押し付けちゃえばいいのか。大変な事態が起きているのかもしれないけど、今は、今の大変なこの場の方が大変だ(あ、私、やっぱりなんだかんだ言って動揺していて日本語が変……)。


 うん、そうしよう。

 それがいい、そうしよう。




  あとがき

唇をでっすソースで腫らした魔王のイメージを頂きました。

花月夜れん@kagetuya_ren さまからです。

感謝なのです。

https://kakuyomu.jp/users/komirin/news/16817330666704601495


「或る男子高の非日常」

と一日おきで更新していますー。

https://kakuyomu.jp/works/16817330656374979911



他のイラストも花月夜れん@kagetuya_ren 様からいただいております。

感謝ー。

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