02

 最初は、何気ない一言だった。

「生きている光貝を見てみたいわ」

 そう、それだけの言葉だった。

 北の海で採れる光貝から作られた細工物を興味深そうに眺めながら、彼女は言った。

 このようにきらきらした貝殻の輝きは生きているときからのものなのか。それとも、死んでこそ得られる輝きなのか。

 どうなのかしらね、と言っただけだ。是が非でも欲しいとまでは言わず、採ってくるようにとも言わなかった。

 命じれば叶う立場にあったが、彼女はそれを命じなかった。

 麗しき従妹、王女ラーミフ。

 サズがラーミフに恋情を抱くようになったのは、いったいいつ頃からだっただろう。彼自身、よく覚えていなかった。

 ただ、まだあどけない子供と言える年代の王女がそんなことを口にしたとき、彼は彼女の望みを叶えてやりたいと思った。

 北の海の生き物を生きたままで内陸のレンまで運ぶのは、通常の手段ではもちろんたいそう難儀なことだが、まさかレン王家の人間が通常の輸送手段を使うはずもない。王甥という立場にあるサズは、その地位に相応しいだけの魔力を備えており、思うままに北方陸線まで行くことも造作もなかった。

 彼は、王女が何気ない望みを口にしてから半刻と経たぬ間にそれを叶えた。

 王女は、それが生きている間は何の変哲もない貝であることを知り、死が貝を輝かせるのだと知って満足した。そして、サズに礼を言った。

 おそらく、それからだったのだろう。ラーミフがサズの前で何かと、あれが見たいだの、それが欲しいだのと言い出すようになったのは。

 レンの王女ラーミフは、従兄サズが自分に惹かれているという事実に、すぐ気づいたのだ。

 そう、それからラーミフとサズの遊戯がはじまった。

 彼女は、時には何の益体もないものを見たがり、時にはこの世にふたつとない貴重なものを欲しがった。

 薔薇リティアの香りがする便箋も、〈月の涙〉と呼ばれる宝玉も、赤いリボンのついた小さな鈴も、呼べば返事をする人形も、青い目をした黒猫も、伝説に言う黄金蝶も。

 サズは、それを全て叶えた。数ティムで済ませることもあれば数旬かかることもあったが、全てを叶えたのだ。

 そしてラーミフは、礼を言った。

 容易なことでも難儀なことでも、ただ礼を言った。

 有難うサズ、大好きよ、と。

 若い男と女の間の遊戯は、しかしそれだけで済むはずもなかった。

 やがて若い男は礼の言葉以上のものを求めるようになる。女はそれを知りながら、ただ笑んで礼を言い続ける。

 ラーミフはサズを試していた。計っていた、と言うのかもしれない。

 いったいいつ、サズがそれを口にするか。

 それとも、行動に出るか。

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