唯お姉様は学内3大美女で裏(♀)表(♂)がない素敵なお姉様です

「……てっきり、唯は何かしらの対策を取っているものとばかり思っていたのだが」


「……僕はお嬢様が何かしらの対策を考えているものばかり」


 朝食を済ませた僕たちは登校の為の準備を行うと下冷泉霧香に言い残して、僕の自室に逃げ帰っては2つ分の溜息を吐きだしていた。


 本当なら今ごろはきっと僕は何も考えずにのんびりと食器を洗ったりだとかしていたのだろうけれど、色々と他人にはとても話せないような内容を話すためだけに僕は生まれて初めて女の子を自分の部屋――まぁ、女子寮の個室なのだけど――に連れてくるだなんて、なんて因果なのだろう。


 もっとも、僕たちは全く別の意味でドキドキしていた訳なのだが。


「……はぁぁぁぁぁぁぁ……」


「……胃が痛い……」


 本当に胃が痛いのであろう茉奈お嬢様はげっそりとやつれたような表情であり、僕自身もお嬢様と似たような表情を浮かべては大きい嘆息を吐きだしていた。


 ちなみにもう1人のお嬢様である下冷泉霧香にこの会話を盗み聞きをさせないように食器の洗濯を任せており、事態が事態であり、学校に遅れない為にも以前やったような筆談ではなく速さを重視した口での会話をする事にしている。


 そんな提案をしたのは茉奈お嬢様本人であるのだが、意外なことに下冷泉霧香はいつものような薄笑いを浮かべながら了承してくれた。


 「まさかあの下冷泉霧香が私の言う事を聞いてくれるとは」とお嬢様が口にして驚いていた事から、先ほど見せてくれた先輩の行動は中々のレアリティのようであるらしいけれど……そんな些細な事よりも、僕たちには取り組むべき問題が山積みだ。


「君の為に用意させた演劇用の胸パッドはかなり精密な作りにはなってはいる。現に制服の上から見ても大丈夫だ。貼り付け形式にしてるから体操服に着替えたとしても激しすぎる動きをしなければ、ぽろっと落ちることもない」


「上はいいかもしれませんけど問題は……その……なんて言いますか……」


「皆まで言うな。問題は下半身だな?」


「言っちゃってるじゃないですか⁉」


「とはいえ、別にブルマを履く必要はない。そもそもブルマって古臭いだろう。私は素直にハーフパンツを履いて体育の授業に参加している」


「あ、それぐらいなら難易度がぐっと下がりますね」


「うん。唯は当学院指定の長ズボンかジャージ一式を着ればいい。……問題は、、だ」


 そうなのだ。

 恰好を誤魔化すこと自体は今までに出来ていたが、体育の際の着替えともなれば話は変わってくる。


 当然ながら、体育の授業前の休み時間に生徒は個室に赴いて体操服に着替える。

 だがしかし、ここは女学院であるので当然ながら生徒全員が僕1人を除いて女性なのである。


 当然ながら、僕の下半身の……もっこりと隆起してしまいそうになるを見られる可能性があるという訳で、もしもその瞬間を見られてしまったらと考えるだけでも――。


「……うぅ、お嬢様。何か女性ならではの視点とかやり方で履くようなコツとかってありませんかね……?」


「ふむ。はしたないやり方だがある事はある。スカートの下からズボンを履いてから制服を脱ぎ捨てればいい」


「あ、なるほど。確かにそういうやり方がありましたね」


 ……あれ? 意外と……いけそう?

 着替えること自体は話を聞く限りでは普通に簡単そうだ。


「なぁんだ! そのやり方さえ分かれば後は簡単じゃないですか! 本当にありがとうございます、お嬢様! おかげ様で気がとても楽になりました!」


「そうか。それなら良かった――と私が言う筈がないだろう、君。馬鹿なのか君? 着替えるのは全然問題じゃない。本当に問題なのはだぞ?」


「――あ」


 良くない。

 それ、全然良くない。

 

 僕が体操服に着替えるってことは、当然ながら僕以外の女子生徒も体操服に着替えるってことだ。


 余りにも当たり前すぎて、全く考えに至らなかったのでお嬢様の指摘は本当にありがたかった。


「質問だが。唯は女性の裸体を見た経験はあるか?」


「……姉です……姉だけです……僕は童貞です……」


「女子寮の中でそんな言葉を口にしないでくれないか。もし外に変態がいてその発言を聞かれていたらどうするつもりだ君」

 

 僕は母親の裸ぐらいは多分、赤ん坊の時に見た事はあるのだろうけれど、余りにも昔のこと過ぎて論外だし、全く記憶にない。


 姉の裸に関しては幼稚園に上がる時ぐらいにはよく一緒にお風呂にも入っていて――あ、そうだ。僕は確か姉以外の誰かとも一緒に入っていた記憶があるような?


「……下冷泉先輩と一緒にお風呂に入っていた時の記憶が蘇ってきた……」


「良かったな。経験が生えてきて」


「よくないですよぅ……⁉」


 まさか、僕に女性経験がない事でここまで窮地に立たされるだなんて夢にも思わなかった。


 清いだけでは女装をやってはいけないと思うと、常日頃から女装をしている人に僕は畏怖の念すら感じている。


 流石に女子校に入るような女装癖の人は少人数だと思うけれど。


「とはいえ経験が浅いのは致命的だ。要するにキミがついつい他の女性の着替えている姿を見てしまうかもしれないんだろう? そうなったら、キミの下半身は、なぁ?」


「僕の下半身を見ながらそんな事を言わないでくれませんか⁉」


「ほぅ。では君は周囲が女性だらけの環境で、女性の裸を全く見ないで着替えが出来るというのかな?」


 無理。

 そんなの、絶対に無理だ。


 僕は男だ。

 そう、僕は男なのだ。

 いきなり裸の女性が目の前に現れたら思い切りガン見した後に、自分は全然見ていませんよと言わんばかりに視線を逸らすような卑怯極まりない生物なのだ。


 とはいえ、これは理屈どうこうで何とかなるような問題ではなく、生き物の本能とでも呼ぶべき領域の問題だ。


 だって、そうだろう⁉

 例えば、同年代の2年生で一番美人でモデル体型のお嬢様と同じ空間で一緒になって着替えるだなんてことを想像してみて欲しい!


「……っ!」


 いつもいつも笑顔でお代わりを要求してくる健啖家でもある茉奈お嬢様の体型は本当に大食いとは思えないほどに細くて、出るところが出ている。


 普段は男のような高圧的な口調をしているけれども、そんな彼女には服越しからでも分かるぐらいの実に見事な双乳がぶら下がっていると思うと、それはそれで興奮してしまいそうな自分がいる。


 それに僕と同じ百合園女学園の制服を着ている事で強調されている彼女のボディラインは本当にお見事としか言いようがなくて、油断してしまえば僕は彼女をずっと見つめてしまいそうになる自信しかない。


 また、茉奈お嬢様はいつも寮や学園の中で理事長代理としての仕事をしている事も理由だろうけれど、外出する際にはブランドの日焼け止めを絶対に忘れないマメな性格をしている為か見惚れてしまいそうになるぐらい色白である。 

  

 だからこそ、そんなお嬢様が僕の隣で着替えて、その色白な肌の色と同じ素晴らしい胸を見てしまうと思うと、僕は、僕は――!


「勃起しているぞ、君」


「――な⁉」


「ふふ、安心しろ。冗談だ――って、え? なんで本当に大きくなってるの……?」


 本当に信じられないものを見た人間特有の声を出して見せる茉奈お嬢様であるのだが、彼女の視線は僕のあるモノに釘付けであった。


 そのあるモノとは、もろちん……いや、もちろん、僕のアレであった。


「ち、違っ……⁉」


「……そっか……唯は私で興奮しちゃったんだ……? へぇ……? ふーん……? ふぅん……? ふぅぅぅん……? 唯は私で興奮する変態さんなんだねぇ……?」


 慌てふためく僕とは対照的に、茉奈お嬢様は口端を引きつらせつつもまるで悪巧みを考えついた悪ガキのような笑顔を浮かべており、その顔は実に嬉しそうにも、恥ずかしそうにも、どちらにも取れるような複雑な表情であった。


「あ、朝の生理現象ですっ! こればかりはどうしようもなくてですね……!」


「ふふ、そういう事にしてあげよう。全く、唯は可愛いな」


「可愛くなんてありませんよぅ……⁉」


 面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりに、にこにこと、実に楽しそうに笑っているお嬢様に可愛いと言われてしまった僕であるのだが、もしもこの勃起を他の人に見せてしまったと思うだけでも身体中に悪寒が走る。


 ……茉奈お嬢様の全裸を想像しただけでこの有り様だ。


 もしも、僕が他の女性の裸姿を一目でも見てしまえば、僕は一体全体どうなってしまうのか。


 これから先に僕に襲い掛かってくるであろう身体測定に体育の授業を想像するだけでも僕の女装生活が上手くいくというビジョンが全くと言っていいほどに見えてこない。


「……もうこうなったら、いっそ体育の授業は全部サボって、身体測定も個人で病院に行くことにしますかね……」


「最終手段だな。とはいえ、体育で身体測定に参加しかなかったという事実の所為で周囲から注目を集めてしまうのもリスクの1つであるというのも、努々忘れないように」


「実は僕は病弱だとかそういう設定とかで何とかゴリ押せませんかね」


「そういうのは医者の診断書が必要だろう。君は至って健康体じゃないか、なぁ?」


「だったら作ってくださいよ、偽の診断書」


「誉れ高き我が百合園一族がそのような悪事に手を出すとでも?」


「こんな僕を女学園に送り込んでいる時点で充分にダメダメだと思いますよ百合園一族」


「そんな一族に雇われているのは果たして誰かな。いっその事、君を管理しているのが誰なのかを明確にするためにも、百合園一族の家紋が入った貞操帯か何かを着けてやろうか、ん? そうすれば君の秘密は私以外の誰にもバレないぞ? よかったな、早速作ってあげよう」


「謹んでお断り申し上げます。人権を剝奪するような倒錯的なプレイと僕の排泄行為を制限する行いは本当に止めてくれませんか。頭が段々と下冷泉先輩になりつつありますよお嬢様」


 何かいい解決案がないかどうかを2人であぁだこうだ言い合っていると、ポケットの中に入れていたスマホがぶるぶると何度も振動してた電話の着信音をけたたましく鳴り響いた。


 僕はいきなり鳴り響いたスマホの音を黙らせるべく手に取るの同時にスマホの電話着信が途絶えたので、一体誰が連絡をしたのだろうかと着信履歴を見ると、そこには先日連絡先を交換したばかりの下冷泉霧香からであった。


「……あ、やばっ! お嬢様! 急がないと学校に遅刻してしまいますよ⁉」







「フ。人が洗い物をしている最中に一体どんな話を雇用主としていたのかしら。私、唯お姉様が気になって仕方がないわ」


 春風が桜の花びらをはらはらと躍らせる。

 鮮やかな薄桃色の桜の葉の隙間から木漏れ日が差し、歴史と伝統ある百合園女学園の長い長い桜並木に、少女達の黄色い笑い声と軽い靴音が弾むように響く最中、僕と茉奈お嬢様に下冷泉霧香は堂々と桜小路を歩いていた。


「別にこれといった内容は話していない。1学年上の先輩と言えども私たちの関係にとやかく言わないで貰いたい」


「フ。道理。とはいえ、そんな小難しい顔をしていたら登校中の女子生徒たちに怖がられるわよ、茉奈さん」


「私はいつもこんな顔だが?」


 いつも通り、茉奈お嬢様と下冷泉霧香は朝早くから元気に日課とも言えるような小競り合いをしながらも僕を挟んで上品で優雅な歩き方をして登校している訳なのだが、先ほど下冷泉先輩が僕に直接連絡をしてくれなかったら僕たちは2人そろって学校に遅れていたりする。


 何だかんだでこの変態は常識がある先輩なんだなぁ……と思いながらも、僕は周囲の女子生徒の様子を伺う。


「学園3大美女の1人であらせられる茉奈お姉様は今日も凛々しくてお美しいですわ……! 異国の姫と騎士が同居したような神秘性が本当に素敵……!」


「学園3大美女なら霧香お姉様も負けていませんわ! あぁ! 霧香お姉様! 去年の演劇の男役も素敵でした! どのような役でもこなしてみせる霧香お姉様は本当に魅力的……! 話しかけるのをためらってしまうぐらいのあの存在感は憧れるしかありませんわ!」


「グヘヘ……! 唯お姉様ァ……! 唯お姉様は襲いたくなるぐらいに可愛いですわねェ……! 興奮してきましたわァ……! 茉奈お姉様と霧香お姉様がいなければ物陰に連れ込んでいたのにィ……! グヘヘ……! 悔しいィ……! こうなったら学園3大美女の唯お姉様を脳内で徹底的に穢すゥ……!」


 周囲の女子生徒が口にする黄色い歓声を聞いてみるに、随分と僕の隣を歩いている彼女たち2人はこの学園の女子生徒に慕われているようだ。


 というのも、彼女たちが只々歩いているだけでモーセが出エジプトの際に海を割ったエピソードのように女子生徒たちが僕たちに道を譲るのである。

 

 茉奈お嬢様も下冷泉霧香は家柄が家柄という事情があるのだろうが、それでも彼女たちの学園内でもとびきり最上位の人気の持ち主であるらしいのは黄色い声を嬉しそうにあげている周囲の女子生徒たちの様子を見れば分かる。


「……本当に百合小説みたいな内容の光景なんだよね……」


 まぁ、そんな素敵なお姉様2人のカリスマのおかげで僕に声を掛けようとする物好きがいなくて本当に助かる。


 彼女たちはあくまでも『手の届かない領域にいる凄い人』と思われている為か、そんな彼女たちに羨望の意からか挨拶こそする人は数いれど、一緒に登校しようだなんてする人は少ない……というか皆無であり、茉奈お嬢様と下冷泉霧香の半径3m以内には冗談抜きで僕以外の人間が1人もいない状態なのだ。


「あぁ、まさかこうして朝から茉奈お姉様と霧香お姉様を拝見できるだなんて……! 眼福ですわ……! 今日の学校もさぞかし素敵なものになるに違いありませんわ……!」


「本当にそうですわね……! 私、この学園に入学して良かったと心の底から思いますわ……!」


「あぁ……! 唯お姉様ぁ……! 唯お姉様の両手を手錠で縛って永遠に逃げられないようにした後に唯お姉様の銀髪をペロペロ舐めて監禁したぁい……! 猿ぐつわもされて悲鳴を満足に出せない唯お姉様を一方的に襲いたぁい……! そして、私もお嬢様って呼ばせるようにたぁっぷり調教したぁい……! うふふ……! 私は普通の淑女だったのにぃ……! 唯お姉様が本当の私に気づかせてくださったのが悪いんですよぉ……? うふふ……!」


 ――いや、本当に何なのこの落差。

 

 どうして僕だけにそんなどす黒い欲望丸出しの黄色くない声を出しやがる訳なんだよ。


 ここお嬢様学校だぞ?

 お嬢様しろよ。

 

「……はぁ……」


 とはいえ、もしも僕がそんな彼女たちの前で勃起をしてしまったと思うだけでもかなり憂鬱な気分に陥ざるを得ないのであった。


 ……勃起で思い出したけれど、本当に今週あるという身体測定をどうやればやり過ごせばいいのだろうか。


「フ。大きな溜息という名の唯お姉様の二酸化炭素。美味しくて酸素が出来そう」


「先輩は人間を止めて植物になられたんですか。僕の二酸化炭素を吸って過呼吸になっても知りませんよ」


「フ。最高級の花に対する賛辞をどうもありがとう。とはいえ、そんなため息を吐いてしまうぐらいには唯お姉様は身体測定が厭なのね」


「当たり前じゃないですか。むしろ身体測定が大好きな女子なんているんですか」


「フ。それは確かに。だったらその言葉で直談判すればいいんじゃないのかしら。例えば隣にいる理事長代理じゃなくて、もっと大きな権限を持っている本人に、ね?」


「あ」という僕と茉奈お嬢様の声が2つ分重なると同時に「フ」といういつも通りの下冷泉霧香の薄ら笑いが桜小道に小さく響いて消えた。

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