2章 ~ 身体測定編 ~

女子生徒に囲まれながら体操服に着替える僕が勃起(♂)したらお嬢様が死ぬ

 菊宮唯ぼくの朝は早い。


 朝の5時に鳴るように予め設定しておいた目覚まし時計の鳴る音で目を覚ました僕はまだまだ眠い目を擦りながら、僕自身の人肌でポカポカに温まった最高品質の羽毛布団――確か、ポーランド産のホワイトマザーグースをふんだんに使用した10万円以上はする茉奈お嬢様が贔屓していて、やべぇぐらいにモフモフしている魔性の布団――による二度寝の誘いから脱した僕は女装の準備をする。


「……うぅ。なんで朝になると勃つんだ……理不尽……」


 この生理現象を見て分かる通り、僕は男である。

 女装が趣味という訳ではなく、女装をしないといけない環境にいるからこそ僕は女装をする。


 幸いにも僕は世間一般で言う所の女顔であるらしく、体型も下半身のアレさえ除けば女性そっくりであるので、百合園女学園の指定した制服に身を包めば誰がどう見ても立派な女子である。認めたくはないが。


「……」


 だが、念には念という言葉がここ日本には存在する。


「……うん、だから、仕方、ない……」


 予め、言っておく。

 これは言い訳でもなく、ただの事実だ。


 


 朝に軽く隆起してしまったアレが女性用の下着に直接当たっているが、僕は変質者ではない。

 

「……だからといって、だからといってぇ……! なんで女の人のパンツやブラジャーを着ないといけないんだよぅ……⁉」


 どうして、それを着用する事が段々と小慣れてくる訳なんだよ……⁉

 おかしいだろ、本当におかしいだろ……⁉


 何で僕が単身で女性専用の衣料店に行っても女性店員の誰もが僕を男だって気づかないんだよ……⁉


 女性専用店に男性が入店したら追い払うだとか、そういう仕事をしてよ……⁉


「……うぅ……今日も、着ちゃった……」


 鏡を見なくても分かるぐらいに赤面していた僕は、一応念のために全体を写せるほどに大きな鏡に自分の姿を写すと、そこには誰もが見惚れるような銀髪の美少女が涙目を浮かべて立っていた。


「……くそぅ……なんで僕はこんなにも見た目だけは美少女なんだ……⁉ なんでこんな変態みたいな事をしてるのにそこら辺の女子よりもかわいいなって思いやがるんだよ、僕は……⁉」 


 今日も今日とて自分のアイデンティティがどんどん崩壊してしまいそうになるが、こうして30分ぐらいかけて僕は毎日女装に取り掛かる。


 僕が今いる環境は百合園女学園……つまり、未成年男子禁制の女性の園であり、本来であれば僕のような存在はとても許されるようなものではない。


 つまり、言ってしまえば僕の女装が周囲にバレてしまえば僕は異常者としてお縄につくことは確実であり、そんな目に遭わない為にも僕は全力で厭々ながら女装に取り組む訳だ。


「……よし……」


 最後の仕上げに下冷泉霧香から頂いた髪紐で髪を結うという作業を終えて、今日も今日とて完璧な女装をしてみせた僕は意を決して自室の扉を開ける。


 僕の部屋と、大正時代に建築されたという百合園女学園第1寮という男子禁制の世界が繋がる――と同時に。


「フ」


 ヤツがいた。

 今日も今日とて、ヤツは僕の部屋の扉の前に正座をして待機していたのであった。


「おはようございます、下冷泉先輩。どうして今日も僕の部屋の前で待機しているんですか。いい加減、警察に突き出しますよ」


「朝一番に目にしたい唯お姉様を毎朝一番最初に視界に入れる……フ。それがこの下冷泉霧香の流儀。まぁそれは表向きの理由であって本音を言えば唯お姉様の全裸をあわよくば見たいなぁと思ってグヘヘブヒヒ……フ。つまりはそういう事」


「どうしようもないですね」


「フ。今日も唯お姉様が私の髪紐をしてくれていて嬉しい。自分は私の所有物だってアピールしてくれているようでとても嬉しい」


 彼女は下冷泉霧香。

 変態だ。

 しかも空気が読める変態という質の悪い生命体であり、厨房に時偶に現れる黒色の昆虫のような存在と思って貰ってもいい。

 

 つまり、無視するのが一番の最適解。

 そんな答えに辿り着くまでに僕は1週間も要したので、この7日分の時間を本当に返して欲しいと思う。

 

「フ。朝の挨拶も終わった事だから私はこれで失礼するわね」


 相変わらずの不敵な笑みを浮かべて、彼女の名前である霧のように掴みどころがない下冷泉霧香はそんな言葉を口にすると、流れるような動作で僕の部屋に堂々と侵入しようとしてきたが、それを見逃すような僕ではない。


 感謝の気持ちを忘れないようにしながらも彼女を押しのけて、がちゃりと部屋の鍵を閉めておく。


 当然ながら、僕の部屋には人目につかない場所に隠してはいるけれども僕自身の個人情報が載っている情報……病院に行くときに必要な保険証だとか、僕が男であるという確たる証拠が保管されている以上、ここは僕以外の人間が入ってはならない禁足地のようなものだ。


「フ。流れでベッドの上で唯お姉様に可愛がられると思っていたのだけど残念。まだ好感度稼ぎが足りなかったみたいね。悲しい」


「そういう事をしているから好感度が下がるんですよ。僕から先輩に対する好感度はほぼ最低ですよ」


「つまり今後は伸びしろしかないって事ね」だなんて素っ気なく口にした彼女と簡単な朝の挨拶を交わして別れた後、僕は自分自身の職場にして第2の自室と言っても過言ではない食堂に足を運び、電気ポットに水を入れて沸騰ボタンを押して放置し、ついでに米を洗って炊飯器に投入し、炊飯器の高速炊飯ボタンを押してという作業をやり終えてから冷蔵庫の前に立つ。


「さて、と……」

 

 今日は月曜日。

 先週の休みである土曜日と日曜日の空いた時間にお弁当用のおかずを30品ぐらい作り置きしてタッパーに入れてから冷蔵庫に保存しているので、僕とお嬢様2人を合わせた弁当3人分の内容はひたすら、解凍したおかずを綺麗に並べるだけという簡易的な作業をするだけで事足りる。


 とはいえ、やはり主菜などはその日に作った方が食べる身としても嬉しいものだろう。


「……昨日の夜のうちに解凍しておいた刺身用のカツオもいい感じ。魚を弁当にする訳だから……うん、竜田たつた揚げ。朝ご飯用に適当に時雨煮でも作って、後はズボラすまし汁で済ませよう」

 

 丁度ベストなタイミングで解凍された刺身用として売られていた骨抜きカツオの赤々とした切り身と生姜を取り出す。


 包丁を用いて、生姜を千切りにし、カツオは一口で食べやすい角切りにしつつも、予め温めておいた鍋に砂糖大さじ3杯、醤油大さじ3杯、みりん大さじ1杯を投入してから、千切りにした生姜を加えてから、200㏄程度の目分量の水を入れる。


 お湯が煮立てばカツオを加えて、カツオに時雨煮のタレが充分に染みるまで鍋のフタをして煮込む。 


 その煮込んでいる間に朝食用の生野菜サラダとしてキャベツやトマト、ピーマンなどと言った適当な野菜を食べやすい大きさにカットしたサラダを作る動作を挟んで、1分ぐらい時間を潰したら、鍋の火を弱火にしてからフタをずらし、20分くらいグツグツと煮詰めて放置すれば後は勝手に完成。


「はい、1品」


 予め切っておいた角切りのカツオを半透明のビニール袋に入れ、大さじ2杯の醤油と市販のにんにくチューブを数㎝お好みで入れてから、調味料全体が混ざるように半透明ビニール袋を外側から揉んだら、同じ要領でカツオの肉に調味料を染み込ませるように何回か揉んで馴染ませる。


 キッチンペーパーか何かでカツオの水分を取るのもいいかもしれないが、朝からは面倒なので省略。


 カツオを揉み終わったら、5分程度寝かしておく。

 

 その間に揚げ物用の油の準備をしたり、カツオの時雨煮の様子を見たり、朝食に回す用のごぼうのきんぴらを解凍したりなどの作業やほうれん草のおひたしを作るといった作業で5分過ごしたら、トレイ容器に片栗粉をまぶし、その片栗粉の中にカツオを投入して、カツオ全体に片栗粉をまぶす。


 そして、片栗粉の塊を油が入ったフライパンの中に投入して様子見。

 片栗粉の衣がフライパンの底まで沈まずに、中ほどまで沈んですぐに浮き上がる状態になれば油の温度は大体180度ぐらい。


 180度になった油の中にカツオを入れて揚げ焼きにして、両面が狐色ぐらいになるまで焼けば、竜田揚げの完成である――。







「――という訳で。今日の朝食はカツオの時雨煮にカツオの竜田揚げ、ほうれん草のおひたしにきんぴらごぼうと生野菜のサラダ。余ったカツオで作ったお吸い物です。白いご飯と合わせてどうぞ」


「うわー! どれもこれもすっごく美味しー! 朝から揚げ物なのに全然くどくないどころか生姜の風味のおかげで凄くあっさりしてる! えー! これお昼入らないよー? えへへ……! 今日も朝からすっごくしーあーわーせー! 体重計とか見たくなーい!」


「フ。同感。個人的には唯お姉様が作ってくれたという事実が隠し味。これだけで他の店では出せない味になってる」


 彼女たちは僕が作った簡単な料理を過剰なまでに褒めつつ、見ていて楽しくなるほどの食べっぷりを朝から披露してくれた。


 確かにカツオの時雨煮は甘辛くもやや塩っぽい味付けのおかげでご飯が進むし、生姜のピリッとした風味が眠気をいい感じに醒ましてくれる訳だから朝ごはんにぴったりだし、栄養も良い。


 特に僕の雇用主にして、男装の共犯者でもある茉奈お嬢様に至っては時雨煮をおかずに白飯を4杯ぐらいお代わりしていた。


 予め弁当用の白飯を取り分けていなかったら、弁当に十分な量の白飯を入れられなかっただろうな、なんて思ってしまうぐらいにパクパクと食べていた。


 とはいえ、炊飯器に残った白飯を丸めておにぎりにするという作業を挟まないので僕個人としてはとてもありがたいのだが。


「いや、それは大袈裟では? 流石に百合園家とか下冷泉家のお抱え料理人に負けるとは思うんですけど」


「えー? 私は唯の作ってくれたご飯の方が温かみがあって好きなんだけどなぁ。唯はいつも私の胃腸の事を考えて消化の良い料理を作ってくれるし……ではなく! こほん、それとこれとは話は別だ」


「フ。前々から思っていたけど、唯お姉様のお嬢様像は偏見がある。確かに本館だとか本邸だとかには確かにお抱えの料理人はいるけれども、基本はお手伝いさんが作ってるかしら」


「下冷泉先輩の言う通りだな。私のところも主にメイドが作る。まぁ、家の教育の方針だったり、家族との団欒が目的で料理を作ったりするぐらいは普通にあったが」

 

 意外も意外なお嬢様たちの食事事情を知ることが出来た。

 僕個人としての偏見として、お嬢様たちは毎日毎日、料亭の板前だとか三ツ星のミシェランシェフたちが豪華絢爛な朝食や昼食に夕食を作っているものとばかり思っていた。


 いや、そもそもの話、利用者が3人しかいないこんな女子寮を使っている彼女たちがお嬢様として異端という可能性もあるかもだけど、珍味だとか高級食材以外のモノをは食べられないと駄々をこねられなくて良かったと思う。


 そういう意味では僕が作った料理を美味しいと言ってくれる彼女たちは僕にとっての理想のお嬢様であるのかもしれない。


「まぁ、そもそもの話になるが。美味しい料理が食べられるのなら私は感謝をして食べる。それは人間として当たり前の話だろう」


「フ。同感。美味しい料理には敬意を持って接するのは当然。食事は私たちの身体のエネルギーになる訳だし、今日も頑張る私たちの血肉にもなってくれるのだから」


 ……あぁ。

 この人たちにご飯を作って、本当に良かった。


 彼女たちは、僕が素直にそう思えるに足る人物であり、本当に素敵なお嬢様であった。


「とはいえ……フ。まぁ、そろそろの季節だから、ご飯抜きにする生徒が出てくる季節なのよね。最後の足掻きという理解は出来るのだけどね」


 下冷泉先輩が呼称した『アレ』とは何なのだろうかと思案する僕と茉奈お嬢様であったのだが――。


「……あ。……あ⁉ ああっ⁉」


「え、え、え? あの、お嬢様?」


「そうだ! そうだった! あぁ、そうだった! くっ、この私としたことが完全に忘れていた……! くっ、不覚……!」


「え? ……えぇ? あの、一体どうしたんですかお嬢様?」


 本当に分からない。

 一体全体、どうして茉奈お嬢様はこんなにも悔しそうに取り乱しているのだろうか。


「フ。茉奈さんに代わって私が教えてあげる。というのも今週から身体測定でしょ。ほら、走ったりだとか、身長や体重を測ったりだとか……、だとか。フ。唯お姉様の裸が合法的に見られる神イベントね」


 とんでもないほどの、クソイベントが今週ある事を忘れていた僕とお嬢様なのであった。


「な、な、な……なぁ⁉」


「フ。個人的には同時期に行われる体力テストをする為に体操服とブルマに着替えた唯お姉様が見られるのも見逃せない」


「た、た、た……体操服ぅ⁉」


 そ、それって……それって!

 姿ってことじゃないか⁉


 それも、あのブルマに!

 下半身が調されるような! 

 あの! 

 ブルマに!

 男の僕が!

 着替える!

  

 そうなってしまえば僕の下半身のアレは一体どうなるというんだ――⁉


「フ。めちゃくちゃ楽しみ。いつもガードが固い唯お姉様の下半身の太股が曝け出されるのがめちゃくちゃ楽しみ」


 ……あぁ。

 拝啓。天国の和奏わかな姉さん。

 弟の僕がどういう因果か女学院の体操服を着用する事になりましたが、僕は変態ではありません。本当なんです。信じられないでしょうけれど信じてください。

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