明日死ぬと思って食べなさい 。永遠に生きると思って食べなさい(3/3)

「ところで。そろそろ2つほどお聞きしたい事があるんですけれど宜しいですかね?」


「え、なになに? キミと私の仲じゃん! 何でも言ってみて言ってみて!」


 食事の後片付けを終えた僕は改めて、金髪の美少女にそんな質問を投げかけてみると、僕が作った手抜きの澄まし汁をご馳走された影響かとんでもない程に上機嫌であった。

 

 確かに同じ釜の……いや、同じ鍋の澄まし汁を飲んだ仲ではあるけれども、いささか単純すぎやしないだろうか。食欲というものは実に素直なものだ。

 

「さっきから素みたいな喋り方が出てますけど、男口調はもしかしなくても作っているキャラですか?」


「はっ、君は何を言っている? 私は最初からこういう喋り方じゃないか。今度、私が贔屓している耳鼻科でも紹介してやろう」


 どうして今の今まで隠し通していると思っているんですかね、この人。

 とまぁ、そんな疑問を胸の奥にしまい、今度は2つ目の質問として彼女と姉の関係性について尋ねてみる事にした。


 今までの彼女が口にした内容から察するに、彼女は姉の友達あたりの関係性が妥当なのではないのかと高を括っていたのだが……そんな彼女の口から飛び出てきたのは、予想だにしていない内容であった。


「私は彼女の主人だ。和奏わかなの雇用主とも言う。ところで君は『百合園ゆりぞの』という名前を知っているか?」


 挑発的な視線を向けてくる彼女――確か、百合園ゆりぞの茉奈まなと言うのだったか――がそんな事を口にしたけれども、生憎と僕の知人にそのような名前の人間はいなかった。


 だけど、姉に関する知人……というよりも、利用していた施設の名前になるのだけど。


「関係あるかどうかは知りませんけれど、都内に百合園女学園とかいう学園があったような。姉が高校生の時に学費免除の特待生として通っていましたので名前だけは」


 百合園女学園。

 日本の近代化に合わせて、女性にも男性相応の教養を学ぶ必要があるという理念に基づかれて、大正時代に創立された歴史のある私立の女子校であり、世間で言うところのである。


 具体的にどのように運営しているかは詳しくは知らないのだけれども、明治時代から続く大金持ちにして名家である百合園家によって運営されているというのが世間の知るとこ、ろ、で――。


「――百合園?」


「そうかそうか、君は人の苗字を呼び捨てにするのか」


「――百合園、さん?」


「うん、百合園ゆりぞの茉奈まなだ。百合園女学園の現理事長の妹であり、理事長不在の時は理事長代理を務めている。ついでにここのマンションの運営管理も将来の経営の勉強がてらやってる。宜しく頼むよ」


 あぁ、だから僕の部屋の合鍵を持っていた訳なんですか、管理人さん。


 にっこりと花咲くような……若干、意地の悪そうな笑みを返す彼女だが、そんな人の正体を知ってしまって、尚更、どうしてこんな場所にやってきたのかが分からない僕は困惑する一方であった。


「というか、君は和奏の身内だろう。身内が何の仕事をしているのかだなんて知っていて当然だと思っていたんだが?」


「そんなつもりはなかったんですけど……えっと、僕は恥ずかしながら姉が何の仕事をしているのか知らされていなくてですね……? いや、何かしらのバイトをしていたのは知ってますけど。実際、バイトに行く姉の為に毎日弁当を作ってましたし」


「え⁉ 弁当って和奏の弁当を作ってたのキミなの⁉ ……ではなく! こほん、やはりあの美味な弁当は全て君が作っていたのか?」


「美味って、もしかしなくても食べました?」


「食べた食べた! 和奏と弁当のおかずの交換は昔からよくしてた! 特にあの水筒に入れられた味噌汁が一番大好き! あ、でもやっぱ唐揚げ。うん。というか全てのおかずが好き。何なら毎日当然のように用意されていたデザートも好き――で、は、な、く!」


「もう観念して普通に話しましょうよ」


「誉れ高き百合園の一族たるこの私の威厳に関わるだろう⁉」


 なんてこった。

 僕は知らず知らずのうちに大金持ちで有名な百合園一族の人間を餌付けするのに成功していただけに飽き足らず、威厳まで剝ぎ取っていたようである。


 まさか姉の為に作った弁当でこんな事になっているだなんて知らなかった僕個人としてはどう対応すればいいか分からなかったので、何度目かになるか分からない苦笑を再び彼女に投げかけた。


「……こほん。うん、私は君が気に入った。あんなに美味しい料理を作れる人間で、顔も私好みで、しかも和奏の忘れ形見。うん、気に入る要素しかないな。君、行く宛てがないのなら拾ってやる。とはいえ、先約があるようなら別に無理してとは言わないが」


「お話を聞く限りですと、姉の代役という事でしょうか? 姉がどのようなバイトをしていたのかを知らないのですぐにはお返事を差し上げられないのですけれども……というか、姉は何の仕事をしていたんです……?」


 話を聞く限り、僕と同じぐらいの年齢に見える彼女は僕の姉の雇用主であるという。

 であるのなら、仕事上で欠員――退職だとか辞職だとか殉職だとか――してしまった場合、その穴を埋める為の人員を探さねばならないのが、雇用主の役割の1つでもある。


だ。君の姉は私の専属メイドをしてくれていたんだ。君の性分から考えて実に天職だと思うのだが」


「――メ、メイド⁉」


 ちょっと待ってほしい。

 メイドって、あのメイドだよね?

 アニメや漫画に出てくるような……あのメイドさんだよね?


 待った。

 待って。

 メイドだなんて、そんなの冗談じゃないぞ……⁉


「君は仕事をしていた和奏を知らないからこそ自慢させて頂くが、和奏はかなり優秀でな。食事も清掃も何でもござれ。というか、何をやらせても何でも出来る美人で姉のような存在でな。彼女には私が小学生の時から面倒をよく見て貰っていたんだ」


 百合園茉奈は本当に姉の事が大好きだったのか、生き生きと饒舌になりながら僕の知らない姉の事を語ってくれていた。

 

 にしても、あの姉がまさかそんな大金持ちの家で、そんな高収入で働いていただなんて知らなかった。

 道理で両親や親戚がいないっていうのに、孤児施設から出ながらもまだ幼い弟の面倒を見つつ、自分の勉強が出来ていた訳だ。


「……それだけに、本当に今回の件はお悔やみ申し上げる。彼女は本当に才媛だった。メイドという職業は雇用主の一存で簡単に辞めさせられるから、基本的に長続きする人間は少ないのだけど、彼女は一族の皆に愛されて止まない素敵な人だった。私もあんな女性になりたい。そう思う程の人物だったよ」


 少しばかりの暗い声に表情になってしまった彼女だが、そんな彼女の表情と感情だからこそ、僕は改めて姉が本当に愛されていたのだと強く実感する事が出来た。


「そんな和奏に1つだけ難癖をつけるのであれば、彼女が余りにも優秀すぎた事ぐらいか。おかげさまで彼女の代役なんてそうはいないし、いてたまるかとさえ思う」


「そ、そうだったんですねぇ……」


 僕は何とも歯切れの悪い言葉を返す事しか出来なかったが、僕の脳内はメイド喫茶で見るような衣装を身にまとった自分の姿で溢れかえっており、想像しただけでもげんなりとした気分になってくる。


「しかし、私は立ち場上、代役を探さねばならなかった。というのも彼女は来月の4月から百合園女学園の寮母をやって貰う手筈だったからな。……さて、そろそろ本題に入ろうか。私は和奏に何か遭った時、彼女の代わりに君の面倒を見るようにとお願いされている」


「え、姉さんがそんな事を?」


「うん。だから、君、百合園女学園に来て寮母をやってみないか?」


「り、りょ、寮母……⁉」


「掃除は出来る。料理は上手い。こうして話をしていても特には問題はなさそうに見える。私からして見ても君は普通に好物件なんだ」


 まぁ、確かに掃除も料理も僕は得意ではあるから、確かに寮母の仕事は適任かもしれないけれど。


「いや、でも……えぇ……?」


 話は変わるのだけど、寮母っていう単語は実に面白い組み合わせだよね。

 だって、女子寮の母と書いて寮母だよ?

  

「先にも話した通り、我が百合園家の当主は代々理事長をする習わしでね。だから色々と便宜を図れるし、寝床になる寮もあって家賃も必要ない。何なら学費も私の紹介で免除に出来ると思う」


「それは余りにも好条件過ぎますけどね? そんな事よりも僕はですね?」


「はは、皆まで言うな。むしろ、和奏から受けた恩を考えたら少なすぎるぐらいだ。それに寮は私も利用している。というか、私以外に利用している人間はいない。人間で溢れかえるような生活は嫌いだが、和奏の身内である君なら話は別だとも。思う存分、君を特別扱いしてあげよう」


「あの⁉ 僕はですね⁉ あ、そうだ、僕! そう僕! 僕の一人称を聞いて何か疑問に思うことはおありでは⁉」


「ん? 一人称? あぁ、僕っ娘。うん、別にいいんじゃないか? そもそも私がこんな女っ気のない喋り方をしている時点でな。ふふ、大丈夫だ。この百合園茉奈に二言はない。君がどんな人間であろうとも君の生活は私が絶対に保証する」


「いや、その、あの! 違うんです! お嬢様は僕を根本的に間違えているんですよ⁉」


「間違えている? 私が何を間違えていると言うんだ。君は菊宮唯だろう? 菊宮和奏のの――」


















⁉」

















「――は? 何を言うんだ君? いや、本当にいきなり何を言うんだ君は? 君みたいにとってもかわいくて、和奏にそっくりな素敵な女の子が男性である訳がないだろう? というか和奏には何回も妹がいると聞かされていたんだが? 何なら写真も見たんだが? 君は写真通り、女だろう?」


「男ですッ! 僕は男ですッ! 僕は生物学上でも男ですッ! 姉の妹発言は完全な噓ですッ! 姉は基本的にそういうくだらない嘘を吐くのが大好きなどうしようもない人間ですッ! 確かに僕は昔から女の子みたいだって言われましたけども! 男子トイレにいるだけで何度も男性にチラ見されましたけども! ナンパにも何回も襲われましたけども! 電車に乗ったら何故か痴漢された挙句『付いてんじゃん』と嘆息混じりに言われながら『まぁ、これはこれで』と痴漢を続行されましたけれど! 警察に捕まった痴漢が僕を見ながら『おじさん、君の所為で男の娘じゃないと興奮できなくなっちゃった……』とか最低な置き土産も頂きましたが! 男子校の同級生にラブレターとか何回も貰いましたけれど! それでも! 僕は! 男ですッッッ!!!」


「……あぁ、そういう事か。理解した。全く、あの和奏の妹らしいな。和奏は昔から冗談が好きだった。だが残念だったな。昔から和奏の悪ふざけで鍛えられた私はそのぐらいでは騙されないぞ? こういうのは手っ取り早く分かる方法があるんだ」


「ちょっ、待っ⁉ 何でいきなり近づいて……⁉」


「心配しなくていい。胸とか、下半身を触るだけだからな」 


「いや、いやいや……⁉ それは駄目ですって、本当に駄目ですって⁉ 不味い

ですよ⁉ きゃっ……! だ、駄目……! い、いや……! さわ、触らないで……! 慣れた手付きでズボンを脱がさないでくださいよぉ……⁉」


「いいじゃないか。私たちは同じ女同士なんだから……ほほぅ? 君は胸が無いんだな? 私の方が胸が大きいのは気分が良い。にしても……ふふ、ブラもつけないで実に不用心じゃないか。誘っているのか、ん? 肌はすべすべとしていて実に触り心地が良いじゃないか、君。さてさて、お次は下半身と洒落こもうか」


「や、やめ……っ! やめっ……! やめてぇ……! 触らないでよぉ……! いやっ……! いやぁ……!」


「ふふ、実に嗜虐心がそそられる悲鳴だな。さぁ、この私に嘘をついた罪を――え? え? え? え、なに、これ……? ……ふぇ? なに、この、大きいの……? え? うそ、キミ、ちょ、待って。話が違う。誰がどう見ても顔とか女の子じゃん。こんなの罠じゃん。待って。私は悪くない。違うの。全然違うの。私はそういうつもりでキミを脱がした訳じゃ、いや顔とかはすっごく好みだけど……えっと、その……あの、ごめんね? その、責任とか、そういうの、ちゃんと取るから。百合園茉奈に二言はないし、うん……だから、ね? えっと、ね? その……末永く宜しくというか、幸せにしてねというか……、とってね?」


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」


 拝啓、天国の姉さん。

 僕は貴女の雇い主に汚されました。

 あぁ、姉さん。

 なんで僕の事を雇用主相手に妹だって嘘をつきやがったんですか、この野郎。


「……私よりも綺麗な顔と身体してるのに……えぇ……? 私、本当におかしくなっちゃうよ……? ふへへ……! こんなの、もう普通の男の人に一生興奮できないよ……!」


 追記、天国の姉さん。

 僕はどうやら貴女の雇い主の性癖とやらを壊してしまったようです。

 頬を赤らめながら、瞳の光が弱くなった状態でこちらを舐めまわすように見てくるお嬢様の目つきのソレは誰がどう見ても犯罪を犯す寸前の変質者のソレでした。







~後書き~

 プロローグまでお目通し頂き、誠にありがとうございます……!

 ここまでなんと約15000文字。

 というか1話の時点で約5000文字が通常運転ですし、これからも5000文字が通常運転。

 WEB小説とは思えないギチギチっぷりかつ、全然流行りではないマイナーなジャンルで非常に申し訳ございませんが、だからこそ尚更ここまで読んで下さった読者の皆々様には感謝してもしきれません……!


 次話以降から、女学園&女子寮生活編!

 ようやく本編の開幕にてございます。


 果たして唯くんは女性だらけの環境で勃起をしないでいられるのか……!

 唯くんに頭を壊された茉奈お嬢様の性癖は回復できるのか……!

 

 そんなヒロインたちに、新ヒロインにして変態ヒロインかつ中ボスヒロインの魔の手が襲い掛かる……!


 男子ぼくが勃起したら御嬢様わたしが社会的に死ぬ……そんなヒロイン2人を本格的に応援してくださるようでしたら、何卒、フォローや☆等で2人の応援を宜しくお願い致しますー!

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