俺達の初ライブは波乱が過ぎる。(3)

 ステージ裏で準備を終えた俺達は、ステージ袖に向かい、いつでも出られるように待機していた。


 ステージではNovelendの4人が演奏をしていた。曲は当然ANTI-LIFEのもの。


 どうやら本来であれば、彼女らが今日の合同ライブの大トリであったらしい。俺達の都合でその場を譲ってもらったのだ。喧嘩を売った上に順番まで譲ってもらうなんて申し訳ない。


「よしっ! これで大トリで演奏ができるぞ!」


 だが、美月先輩は少しも申し訳無さを感じていなかった。むしろガッツポーズをして喜びを噛み締めている。相変わらずズルい。


 そんなことを思っていると、フロアから異常なまでの歓声が聞こえてきた。今までのバンドの演奏中に聞こえた歓声は、お世辞のような、参加賞として送られているようなものであったのだ。しかし、今の歓声はそれの比ではない。熱のこもった、熱狂的な歓声だった。


 何事かとステージを見る。どうやら、1曲目を演奏し終えたようだ。


 キーボードの鍵盤からそっと手を離したエレナさんがマイクの位置を調整する。それから大きく息を吸った。


「皆さんこんにちは! Novelendですっ!」


「フォ〜〜!!!!!」


 ライブハウスが熱狂に包まれる。フロアにいる全員がNovelendの演奏を歓迎しているのだ。やはり、1度インターネット上でバズれば知名度と人気度が跳ね上がるのだろう。


 エレナさんは笑顔で歓声を全身から受け取っている。余裕を感じられるような立ち振舞だ。


「ありがとうございます。今日は合同ライブということで、本当は大トリやりたかったんですが、色々とあって8番手です。でも、大トリかどうかなんて関係なく、私達は全力でやりますよ。皆さん。付いてきてくれますか!」


「イェーー!!!!!」


「ラスト! 『オリオン』!」


 ドラムがリズムをとる。キーボードが軽やかなメロディを奏でる。そこにエレキギターとベースが加わって、音に厚みが増していく。


 キャッチーかつアップテンポなイントロから流れるようにAメロに入る。エレナさんの透明感のある歌声が響き渡る。フロアの期待を上げつつサビまで持って行く。


 そうしてサビに入った瞬間、爆発するかのような爆音と美声がフロア中に響き渡る。


「……上手いですね」


 無意識にそう呟いていた。


 もちろん、以前、動画で演奏を聞いた時点で上手いとは思っていた。しかし、こうして実際に聞いてみるとその上手さが身に染みて分かる。


 男子生徒が叩くドラムは、しっかりとしたリズムを刻みつつ、フロア全体を確実に盛り上げている。


 女子生徒が弾くエレキギターは、テンポの速い曲ながらもミス1つなく弦の1本1本を確実に弾いている。


 美月先輩が上手いと話していた男子生徒の弾くベースは、リズムが全く崩れることなく安定している。強弱もハッキリとつけていて、それでいて自己中のような主張はない。あくまでバンド全体の中での強弱だ。それらが自然とできている。まるでベースが体の一部になっているようだ。


 そして、エレナさんが弾くキーボードは何よりも存在感がある。ミスのない1音1音を力強く奏でていく。その上で安定感のある伸びやかな声を響かせる。ビブラートをかけたロングトーンはどこまでも届くのではないかと思えるほど、気持ちよく伸びる。


 こうしてライブハウス中を魅了し、盛り上げたまま演奏しきった。


「今日はありがとうございました!」


「フォーーーー!!!!」


 拍手と歓声で溢れかえる。


 満足気な表情でNovelendのメンバーがステージ袖にはけていく。ただ、俺達と目が合うとすぐに不機嫌そうに目を鋭く細めた。


「ふん。せいぜい無様な演奏はしないことね」


 そう言い残して、不機嫌そうに楽器を運んでいった。これはどう足搔いても関係改善はできなそうだ。


 気を取り直して、目の前のステージに注目をする。


「紗里奈、純太。最後に一言だけ言わせてくれ」


 美月先輩が俺と紗里奈を呼び集める。美月先輩は口角を上げて嬉しそうに微笑んだ。


「初ライブ、全力で楽しもうじゃないか」


「そうですね」


「頑張りましょぉ〜〜!」


 3人で心を揃えてステージに歩き出す。


 フロアには大勢の生徒たち。ステージ袖で見たときとは違った威圧感がある。


 その光景を前にして急に緊張してきた。


 手が震わせながらケーブル、エフェクター、アンプを繋げる。急いでつまみを回して音を作る。いつも通りの数値に合わせて、試しで音を出す。しかし、何故か普段と違う音が出た。慌てて調整して、なんとか近い音まで持って行く。


 そうして準備を終えた所で、美月先輩と美月先輩に目を向ける。


 紗里奈はドラムスティックを持ったまま親指を立てている。そこまで緊張していないのか、いつも以上にニコニコとした笑顔だ。


 美月先輩は頷いて準備完了と合図を送ってきた。長い黒髪と白いボディのベースが照明に照らされて、ステージ映えしている。


 俺の黒いボディのエレキギターも照明によって輝いている。フロアから見れば、俺も少しは様になっているのだろうか。


 全員の準備を終えた所で振り向く。目の前には沢山の生徒たち。緊張で鼓動が早くなるのを感じる。それでも心を落ち着かせて、一呼吸おいてからマイクに手を置いた。


「こんにちは。上毛中央高校軽音部です。よろしくお願いします」


 拍手で迎えられる。ただ、その拍手にはNovelendの演奏の時のような熱はこもっていない。お世辞程度の拍手だ。


「曲は、アダルターズで『火花』」


 もう一度、拍手が起こる。


 それが鳴り止んでから、紗里奈がドラムスティックでリズムを刻む。


 1 2 3 4


 最後の拍を聞いて、エレキギターをかき鳴らす。1音目は上手く鳴らせた。紗里奈も普段通りに叩けている。美月先輩は余裕げに音を鳴らしている。出だしは完璧だ。


 その調子のまま歌い出す。


「夏の〜〜」


 歌い出しは僅かに声が裏返った。緊張で喉に力が入りすぎたのかもしれない。それでも、しばらくすれば声も安定してきた。これなら行ける。


 Aメロ、Bメロと進めてサビに入っていく。


 俺のボーカルに合わせて美月先輩がハモリを入れる。美月先輩の歌声は一切ブレることなく、落ち着きのある声で俺の歌を支えてくれる。


 その時だった。コードチェンジのタイミングが僅かにズレた。しかし、練習量が多かったお陰もあって、すぐに立て直す。


 次は何度も練習してきたサビのハイトーン。このハイトーンを出せるように何度も練習してきた。カラオケの時から俺は成長したのだ。そう思っていた。何故か裏返ってしまった。喉は安定しているはずなのに、練習通りに声が出ない。


 不完全燃焼のまま2番に入る。すると、再びコードチェンジのタイミングがズレた。練習ではできていた箇所がどんどん崩れていく。急いで立て直そうとするが今度は間に合わない。


 その時、俺は気づいた。紗里奈のドラムのリズムが練習の時と比べて速い。曲が進むにつれてどんどん早くなっている。


 リズムが早くなれば必然的にタイミングがズレる。すると、コードチェンジが失敗する。それに焦ってさらにテンポが速くなる。負の連鎖が始まった。


 必死に弦を押さえる指を見てミスを減らす。たが、それに気を取られて歌詞が飛んだ。慌てて次の小節から入り直す。


 まずい。これじゃあ最後まで演奏しきれるかすら危うい。せめて歌うスピードを遅くして紗里奈にリズムを遅くすることを伝えないと。


 そう考えたのが間違いだったのかもしれない。


 2番目のサビの入りが大きくズレたのだ。紗里奈のリズムは遅くなったが、今度は逆に遅くなりすぎたのだ。それをさらに伝えようと今度は速めに歌う。


 紗里奈はそれに気づいてくれてリズムを速くした。だが、今度は紗里奈のリズムがあやふやになった。速くなったり遅くなったりを繰り返している。悩んでいるようだった。


 立て直せないままCメロに入る。


 一体どうすれば良いんだ。どうすればこの場から立て直せる。


 そう焦っていた時だった。


 静かにベースの音が耳の奥に響いた。


 左を向くと、美月先輩が俺を見ながら余裕の笑みを浮かべていた。こんな状況でも余裕に、それでいて堂々とベースを弾き続けている。


 美月先輩は後ろを振り向き、紗里奈にも視線を送った。それが「大丈夫だ」と言っているのだと、言葉を交わさずとも理解できた。


 自然とベースの音に2人でリズムを合わせていく。


 そうして、ラストの大サビに持って行く。


 グダグダになった。ハイトーンもまるで出なかった。歌詞が飛んだ。コードチェンジで何度もミスをした。他校の演奏と比べて、俺の演奏と歌唱はあまりにも下手だった。


 それでも、美月先輩は俺を支えてくれていた。低音で。ハモリで。笑顔で。どんな状況でも部長として、余裕そうな笑みで一緒に弾いてくれていた。


 その安心感が俺の背中を押してくれた。


 こうして、俺達は「火花」を演奏しきったのだった。


「ありがとうございました」


 頭を下げると大きな拍手が起こった。その拍手は熱のこもっていないお世辞としての拍手だったのかもしれない。それでも、俺の記憶に強く残る嬉しい拍手だった。


 拍手を浴びながら、ステージ袖にはけようとした時、美月先輩が俺に駆け寄ってきた。何かと思うと、肩を軽く叩かれた。


「良くやった」


 美月先輩は今まで見たこと無いような、会心の笑顔を見せていた。

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