俺達の初ライブは波乱が過ぎる。(2)
合同ライブが始まった。
フロアの照明が落ち、ステージが眩しいくらいに照らされる。ステージ手前には、スマホが撮影状態でセッティングされている。ステージ上の様子を記録しているらしい。
そんなステージに、エレキギターを構えた男子生徒が曖昧な笑顔で立っていた。彼はゆっくりとセンターに置かれたマイクに手をかける。
「皆さんこんにちは。高崎南高校のナインセンチです。今日は盛り上がっていきましょーー」
男子生徒の呼びかけに、フロアにいる生徒達は拍手と歓声で盛り上げる。そうして場の空気が温まった所で、ドラムスティックでリズムを刻む音が響く。
「ワン、ツー。ワン、ツー、スリー、フォー」
カウントと共に演奏が始まった。テンポ良く叩かれるドラム。体の芯を揺らすベース。耳の奥まで届く甲高いエレキギター。感情を込めて歌われる歌詞。それらが合わさって、曲としてライブハウス中に響く。
フロアの生徒達はドラムのテンポに合わせて手拍子をし、さらに場を盛り上げていく。
そんな光景を、俺達はステージから離れた位置で眺めていた。
俺達の出番は4番目。1組前にはステージ裏でスタンバイをしておく必要がある。そのため、今の時点で楽器をライブハウス内に運び入れなくてはならないのだ。
しかし、楽器や機材が未だに届いておらず、準備ができずにいた。本来であれば、俺達の出番は4番目。だが、今のままではまず間に合わない。
そこで、美月先輩が他校の顧問の先生と話し合い、出番を遅らせてもらうことを提案していた。
しばらくして、美月先輩が話し合いを終えて帰ってきた。紗里奈が駆け寄って声を掛ける。
「出番、どうなりました?」
「遅らせてくれるそうだ」
「よかったぁ〜〜」
「これで無事にライブができるぞ」
美月先輩の言葉に紗里奈が胸を撫で下ろす。美月先輩も安堵の笑顔を見せている。
しかし、俺は少しも安心できなかった。
「全然、無事じゃないですよっ! 天野先生は電話に出ない。楽器がいつ届くか分からない。それに、Novelendに喧嘩を売って、エレナさんはマジ切れ」
「うん。問題ないな」
「問題大ありですよっ! どこをどう考えたら問題ないんですか」
「菜生ちゃんが起きさえすれば万事解決だ。それに、いくらマイペースな菜生ちゃんでも、午後まで寝てることはないだろう?」
「マジ切れさせたことを問題視するつもりは毛頭ないと。本当に、不安要素しかないですよ……」
「安心しろ。私達なら叩き潰せるさ」
「不安要素そこじゃないですよ!」
何を自信満々に言っているんだ、美月先輩は。
「美月先輩カッコいい!」
「紗里奈はいつも以上に美月先輩を褒めるな!」
「はぁ……。宣戦布告の瞬間。動画で撮っておけば良かったなぁ……」
「そんなことに落ち込んでる場合じゃないだろ」
「そうだね。頑張って叩き潰さないと」
「お前も自信満々かよ……」
こんな2人と一緒にこれから演奏するなんて。仮に同じような宣戦布告をステージ上で美月先輩に言われたら、この場にいる全員から、俺までヘイトの目を向けられてしまう。それだけは避けなくては。
「まぁ、純太。菜生ちゃんが来るまではライブを楽しもうじゃないか」
「……そうですね」
いつまでも落ち込んでいても仕方がない。
同年代のライブを見ることができるのだ。せっかくなら、この場を楽しもう。
ステージではすでに1組目のバンドが演奏を終えていた。
今回の合同ライブでは合計9組のバンドが演奏をする。1つのバンドにつき演奏曲数は1〜2曲まで。演奏が終わると、すぐさま次のバンドが演奏準備を始める。
そのため、そこまでの間を開けることなく次のバンドの演奏が始まるのだ。
「高崎南高校の
2組目は全員が女子のバンドのようだ。美月先輩が倒そうとしているNovelendと同じように、ANTI-LIFEのコピーバンドらしい。ベースを弾きながら、迫力ある歌声を披露している。
「あれ? あのドラムって、さっきの人達のバンドと同じやつだよね?」
隣いた紗里奈が呟いた。
ドラムに目を向ける。そこには、1組目と全く同じメーカーの全く同じ色をしたドラムが置かれている。
「そういえばそうだな。美月先輩。あれってどういうことですか?」
「ドラムセットはバンドごとに別のものを準備していたら時間がかかるから、同じものを使ってるんだ。多分」
「なるほど。……って、多分?」
「あぁ。多分だ。私だって、合同ライブのことをなんでも知ってる訳じゃない」
「そうですか」
少し違和感がある。てっきり、こういったバンド関連の話なら、いつもの通りに詳しく解説してくれるかと思ったのだが。
とここで、俺は天野先生の言葉を思い出した。去年まで、上毛中央高校の軽音楽部は美月先輩1人だったのだ。ということはつまり……と嫌な予感がした。
「美月先輩」
「なんだ?」
「もしかしてですけど、合同ライブに出るのって、これが初めてだったりします?」
「あぁ。もちろんだ」
「初めてなのに、なんであんな風に喧嘩売っちゃうんですかっ!?」
「前にも言っただろう? 私達は屋外大型フェスでのライブを目指しているんだ。こんな所でやってるバンドより下手でどうする。それに、私達の実力ならあの程度、余裕で超えられる」
「……さいですか」
この人の溢れんばかりの自信は一体どこから来るのだろう。不思議で仕方ない。
「みんな上手いよねぇ」
紗里奈が興奮気味に話す。
「俺もそう思う。多分、この人たちは3年生とかなんじゃないかな?」
「かもね〜〜。私も2年間しっかり練習すればあれぐらい上手くなれるかな?」
「なれるさ。多分」
「『多分』は余計だよぉ」
紗里奈と笑い合う。
しかし、紗里奈の言う通り演奏が上手い。自分たちが今日までみっちり練習してきたからこそそれがよく分かる。練習量の違いがハッキリと耳で聞き分けられるのだ。
すると、ここで俺は気づいた。
今日の合同ライブは合計9組。高崎南高校から4組、星麗高校から4組、そして、俺達の1組だ。1つのバンドに3〜5人のメンバー。単純計算で40人前後がステージに上がることとなる。しかし、フロアには明らかにそれ以上の人数の生徒がいる。
俺は恐る恐る紗里奈に問いかける。
「なぁ。もしかして、この合同ライブに出れるバンドって、学校ごとの上手いバンドトップ4なんじゃないか?」
「どういうこと?」
「俺達は人数少ないから特に問題なく出れる。でも、他の学校は部員の人数が多いだろ? その分、バンドの数が多くなるはずだ。でも、出るって決まってるのは各学校4組だけ。これって、明らかに選抜されてるってことだよ」
「なるほどね! ってことは、今日は上手い人たちの演奏をいっぱい聞けるってわけだね!」
とんでもないプラス思考だ。今もステージ上での演奏に目を輝かせている。
しかし、俺はそんな風にプラス思考では捉えられなかった。
「そうじゃない。つまり俺達はこれから、そんな上手い人達しかいない中で演奏するんだよ」
「そっか! じゃあ、頑張らないとね!」
「嘘だろ……」
美月先輩も紗里奈も、置かれている現状を全く理解していないようだった。こんな調子で本当に大丈夫なのだろうか。
そんな不安を感じながらも合同ライブは続いていく。そうして6組目が演奏をしている時だった。美月先輩のスマホにメッセージが届いた。
「2人とも。見てくれ」
美月先輩が画面を俺達に見せる。
『今、到着したよ』
メッセージの送り主は天野先生だった。
俺達は慌ててライブハウスを出て、天野先生の車を見つける。
「お待たせしました」
運転席から、はにかんだ笑顔の天野先生が顔を出した。その表情からは全く反省の色が見えない。
「菜生ちゃん! 運んでくれてありがとう」
「どういたしまして。ライブには間に合いそう?」
「あぁ。他校の先生との交渉で出番を遅らせてもらった」
「なら良かった。寝坊しても案外どうにかなるものね」
そう言って、優雅に微笑んでる。
できることなら怒ってやりたい。しかし、立場的にも、タイミング的にもできそうになかった。
急いで車から楽器といくつかの機材を下ろす。時間はギリギリだが、ドラムセットを下ろす必要がなくなったのは幸いだ。
こうして、なんとか全てをライブハウスに運び終えた。その頃には、すでに7組目の演奏が終わっていた。俺達は大急ぎでステージ裏に入り、エレキギターのチューニング等の準備をしておく。
いよいよ次が俺達の初ライブだ。
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