俺達の初ライブは波乱が過ぎる。(1)

 7月15日。土曜日。


 合同ライブ当日。


 俺と黒瀬くろせ美月みづき先輩と荒川あらかわ紗里奈さりなは高崎駅から徒歩15分ほどの位置にあるライブハウスの前まで来ていた。


「ここがそのライブハウスか」


「ついに初ライブですね」


「そうだな」


 美月先輩がライブハウスの看板を見上げる。その表情は嬉しさと緊張が混ざっているような少し硬さの残る笑顔だ。


「美月先輩。一緒に頑張りましょうね!」


「あぁ。紗里奈のドラム、期待してるぞ」


「任せてください! 美月先輩のためならこの命に変えても叩ききる覚悟です」


 紗里奈はそこまで緊張していないようだった。いつものようなニコニコとした表情で美月先輩を見ている。


 俺はというと、緊張というものはあまり感じていなかった。自分がこれから目の前のライブハウスで初ライブをするという実感が持てずにいるからだ。


「そう言えば、天野先生はまだ来てないんですか?」


 今日、天野あまの菜生なお先生には俺達の楽器や機材を運んでくるという重要な任務がある。そのため、普段のように「趣味の映画鑑賞に」と行かれてしまっては困る。また、他校との合同ライブの場には、顧問として早めに来るべきなのではないだろうか。


「菜生ちゃんなら少し遅れてくると昨日、聞いている」


「『少し』ですか」


「なんでも、家からライブハウスまでかなり距離があるらしくて、車の渋滞で時間がかかるそうだ」


「なるほど」


 ライブハウスがあるのは高崎市の市街地。土曜日であれば渋滞が起きてしまうのも頷ける。


「というわけで、早速、入ってみるか」


 美月先輩を先頭にライブハウスの中に入っていく。


「わぁ〜〜」


 紗里奈が声を出しながらキョロキョロと辺りを見回している。見慣れない光景に驚いているのだろう。


 俺もライブハウスは初めてなので多少は驚いていた。


 ライブハウスのフロアは学校の教室より少し広いほどだ。黒色の無機質な天井にはいくつものライトが吊るされている。暖色のライトがいくつか点いているものの、そこまで明るくはない。


 正面には1段高くなっているステージがある。俺達が初ライブをするであろうステージだ。その両脇に大きなアンプが置かれている。いつでもライブができるようなセッテングができているようだ。


 フロアには制服を着た高校生が数十人ほどいた。合同ライブは俺達を含めた3校で行われる。茶色のブレザーと緑色のチェック柄のスカートが特徴的な制服の群馬県立高崎南高校。そして、セーラー服と青いリボンが特徴的な私立しりつ星麗せいれい高校だ。他校の軽音楽部は人気なようで2校ともにかなりの部員数がいるようだ。


 ぱっと見ただけではあるが、男女比率は3対2で男子の方が僅かに多い。


「あっ、あれ。Novelendノベルエンドのボーカルの人じゃないですか?」


 紗里奈が指をさしている先には、セーラー服を身にまとい銀髪をなびかせた女子がいた。派手な髪色のおかげで遠目でもすぐに分かった。仲よさげに友達と談笑しているようだ。


 すると、美月先輩が彼女に近づき始めた。慌てて俺と紗里奈も後を追う。


「え? なんで近づくんですか?」


「部長として、軽く挨拶をしようと思ってな」


「おお! 美月先輩もたまには部長らしく、いいことをするじゃないですか!」


じゃない。のことさ」


「キャーー美月先輩。カッコいい〜〜!」


 ライブハウスの独特の雰囲気のせいか、紗里奈がいつも以上に美月先輩に興奮している。声のボリュームが大きくて、やかましくて仕方ない。


 ただ、俺は場の雰囲気に流されることはない。


「いや、『いつも』は無いです」


 冷静にツッコんでおく。


 そうして歩いていくと、Novelendのボーカルが俺達の方に目を向けた。いきなり近づいてくる俺達に疑問を抱いたのだろう。不思議そうにこちらを見ている。


「はじめまして」

 

 美月先輩がにこやかに話しかける。ただ、突然、話しかけられて相手は戸惑っているようだった。


「は、はじめまして。えっと……あなたは?」


「私は上毛中央高校の軽音部で部長をしている、2年、黒瀬くろせ美月みづきだ。お前がNovelendのボーカルで間違いないな?」


「えっ!? あたしたちのバンド知ってくれてるの!? 嬉しい!」


 先程の戸惑いの表情が綺麗に消えて、ぱっと笑顔が咲いた。


 しかし、こうして近くで見てみるとかなりの美少女だ。青く透き通った大きな瞳。高くすっとした鼻筋。うすピンクの柔らかそうな唇。雪のように白い肌。


 見慣れない銀髪を揺らして笑う彼女は、まるでおとぎ話の世界から出てきたかのような、幻想的な美しさがある。


「あたしは小見野おみのエレナよ。あなたと同じ2年。ハーフだけど、日本語ペラペラだから変に気を使わなくていいからね。えっと、美月さんの後ろにいる2人は誰なのかしら?」


「片寄純太。1年生です」


「荒川紗里奈。同じく1年生です!」


「2人とも1年生なのね。よろしくね。あっ、あたしのことは『エレナ』って呼んでいいわよ」


 笑顔とともにフレンドリーな態度で接してきた。


 早くも他校の生徒で友好的な関係を持てそうだ。それも、コピーバンドとして人気のある人物。今後の軽音楽部としての活動で、エレナさんにはお世話になる事があるかもしれない。


 すると、俺達の自己紹介を終えた所で美月先輩がゴホンと咳払いをした。


「この2人と私のスリーピースバンドをやっているんだが、今日が初ライブなんだ。そこで、挨拶をしておこうと思ってな」


「そうなの! なら、お互い頑張りましょう!」


 エレナさんが握手を求めてきた。


 美月先輩はそれに応えて、エレナさんの手を力強く握った。そして、笑顔とともにこう言った。


「お前たちを倒すつもりなんで、よろしく」


「……え?」


「ちょっ! 何言ってるんですかっ!」


 俺は慌てて美月先輩を止めに入る。


 エレナさんの表情は固まっていた。美月先輩の言っている事が理解できなかったようだ。すると、苦笑いになって僅かに首を傾げた。


「ご、ごめんなさい。もう1度、言って貰えるかしら?」


 美月先輩の口を押さえる。だが、紗里奈が俺を美月先輩から引き剥がした。


「美月先輩の邪魔はダメだよ!」


「いや、アレは止めるべきだろ。言っちゃ駄目ですよ。美月先輩」


 俺が呼びかけると、美月先輩が俺の目を見て頷いた。どうやら俺の言うことを理解したようだ。もっと平和的に仲良くなっていかなければ。


 にこやか笑顔で美月先輩はこう言った。


「お前たちを叩き潰すつもりなんで、よろしく」


「理解してないんかいっ! なんでさらに強い口調になったんですか!?」


 すると、美月先輩が俺に向けてグッと親指を立てた。


「いや。グッ、じゃないですよ。俺の言いたかったことと違うんですから」


 そんなことを言っていると、目の前のエレナさんが頬を紅潮させていた。目つきが先ほどとは打って変わって鋭いものとなっている。


「『叩き潰す』ですって? あんた、私たちにケンカ売るつもり?」


「あぁ。そのつもりだ。物わかりが早くて助かる」


 美月先輩は余裕の笑みをしている。エレナさんはそんな美月先輩を肉食獣のように睨みつけた。


 2人の間にイナズマでも飛び交っているかのように威嚇しあっている。


 端から見ているだけでも嫌な汗が流れてくる。早く美月先輩の暴走を止めたいのだが、紗里奈がそれを許してくれない。物理的な力では勝てるのだが、女子に力技で勝つということを、道徳が許してくれないのだ。


「いいわ。かかってきなさいよ。私たちを倒せるものならね」


「言われなくてもそのつもりだ。さぁ、2人とも。挨拶も済んだことだし、演奏の準備に取りがかかるぞ」


 そう言い残して、美月先輩はこの場を後にした。紗里奈は「美月先輩カッコいい」と呟きながら、嬉しそうに後を追っていった。


 俺は急いでエレナさんに頭を下げた。


「ごめんなさい! 美月先輩が失礼をしてしまいまして」


 顔を上げて様子を伺う。


 エレナさんは意外にも、フレンドリーな笑顔に戻っていた。もしや、先程のは冗談と受け流してくれたのだろうか。


「安心して。こっちこそ叩き潰してあげるから。楽しみにしてなさい」


 冗談ではない、真剣まじな目でそう言われた。


「お、終わった……」


 せっかく仲良くなれそうだったのに。あんなにフレンドリーな人だったのに。こんな状況で初ライブを成功させるなんて、まさに絶望的だ。


「はぁ……」


 落ち込んでいた時だった。


 トントンと背後から肩を叩かれた。振り向くと、何やら困り顔の美月先輩がいた。まさか、今さら先程の言動の謝罪でもするつもりだろうか。


「なんですか? ってか、こんな状況でどうやってライブ成功させるつもりなんですか!?」


「いや、それがな……」


 美月先輩の目が泳いでいる。何やら様子がおかしい。


「え? なにかあったんですか?」


「実はまだ、機材が届いてないんだ」


「はぁ。でも、車の渋滞で遅れてるだけですよね?」


「それがな……」


 すると、美月先輩の後ろから紗里奈が慌てて走ってきた。手にはスマホを持っている。


「紗里奈、どうかしたのか?」


「菜生ちゃんに何回も電話かけてるんだけど、全然出ないの」


「え?」


 恐る恐る美月先輩の顔色を伺う。美月先輩はぎこちなく微笑んだ。


「うん。菜生ちゃん。今、家で寝てるのかもしれない」


「……」


 俺達の初ライブがどんどん絶望的になっていく。


 そうこうしているうちに、合同ライブは始まるのだった。

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