俺の部屋はハーレムが過ぎる。(2)

 夕食とお風呂を済ませた現在時刻は午後8時。


 俺は自身の部屋のベッドで美月先輩と紗里奈を待っていた。


 2人は一緒にお風呂に入っている。時折、紗里奈がキャッキャッと、はしゃぐ声が聞こえてくる。美月先輩の裸をさぞかし楽しんでいることだろう。


 美少女2人が自宅の風呂に入っているなんて、数ヶ月前には考えられなかった。普通の男子高校生にはありえない状況のはずだ。ただ、それを素直に喜べない。なにせ、2人の性格に難アリだからだ。


「なんか、日に日にモットーから遠ざかっている気がするな」


 俺のモットーは「波風立てず、穏やかに」だ。しかし、今の状況は、波風が常に起こり穏やかとは言い難い。


 せめてお風呂から出た後の2人が何も問題を起こさずに寝てくれればいいのだが。

 

「どうしてこうなったんだ……」


 そんな独り言に返事をするかのように、部屋のドアがガチャリと音を立てて開いた。


「お風呂いただいたよ〜〜」


 部屋に入って来たのは茶髪ボブの小柄な美少女、紗里奈だ。「ん〜〜」と腕を上げて伸びをしている。ゆったりとしたサイズ感の俺が貸したTシャツがめくれ、健康的な白い肌を露出させている。


 いくら変態という本性を知っていると言っても、僅かに見える肌にはドキリとしてしまう。


 そして、彼女の後ろに連なるようにしてもう1人部屋に入ってきた。こちらは腰まで伸びる黒髪ロングのスタイル抜群な美少女、美月先輩だ。長い髪をサラリとなびかせ、シャンプーの香りを漂わせている。


 どことなく漂う色気に、思わず息を呑む。


 そんな彼女は俺と目が合うとニヤリと笑った。


「さぁ、楽しい夜を始めようじゃないか」


「……楽しい夜って、正確にはどういう意味ですか?」


「一晩中、演奏練習だ!」


「……ですよね」


 大人しく寝てくれるなんて夢は叶うはずがなかった。まして、エロい雰囲気になることも決してなかった。


 今後、俺のモットーに近づくことはないのだろう。



 それから2時間ほど練習をした午後10時頃。


 休憩を挟みつつも長時間の練習をしたせいで指がかなり痛くなった。弦を押さえる指先の皮が剥けている。


 これ以上は痛い思いはしたくないので、今日の練習は辞めることにした。弦を布で拭いて軽く手入れをした後、ギターケースに丁寧にしまっておく。


 ベッドに寝転び腕を伸ばす。できることならこのまま寝たい。


 しかし、隣の部屋からは電子ドラムをテンポ良く叩く音が聞こえてくる。


「美月先輩。これってどうやるんですか?」


「あぁ。これはだな……」


 そんな声が時折聞こえてくる。


 紗里奈が練習しているのに、俺だけ寝てしまうのは流石に申し訳ない。


「美月先輩に言われた通りに、動画でも見てみるか」


 スマホで「アダルターズ 火花」と調べる。


 画面の1番上にはアダルターズの公式アカウントが投稿しているミュージックビデオが表示された。その下に連なるようにいくつもの関連動画が表示された。アダルターズの知名度と人気度も相まってその数は100個を軽く超えている。


 その中から人気のある動画を参考にする。


「ん?」


 数ある動画の中で気になるものがあった。


 動画のタイトルは「アダルターズ『火花』弾いてみました」というシンプルなもの。サムネイルには赤色の細文字で「火花」。青い色のベースを構え白いセーターを着た女性の上半身が映っている。ただし、顔は映っていない。画角的に見えなようになっているのだ。


 何と言うか、機械音痴が頑張って作ったサムネイルというような印象を受ける。正直、安っぽい。


 だが、そんな安っぽさとは裏腹に、再生数は異様に多い。


 他の動画の再生数は平均して1万回前後。対して、この動画は86万回という再生数の高さを誇っている。


 その原因として考えられるのがサムネイルの画像だ。腰の前あたりに構えられたベース。その上に大きな胸が載っているのだ。ハッキリと分かるその大きさは、紗里奈や美月先輩の胸を遥かに上回る。肌の露出は少ないのに、エロさが半端じゃない。


「……」


 そっと動画を再生する。


 サムネイルの女性が顔を映さないままベースを弾いている。僅かに体を動かしているので、時折ベースのボディが胸の膨らみにムニャリとあたっている。自然なエロさが溢れ出ている。


 時折、顔の下半分が画角内に入るが、マスクをしているため口元などは良くわからない。ただ、赤い縁のメガネをしていることと、髪型が三つ編みであることは分かった。


 芋っぽさを感じるはずの「メガネ」と「三つ編み」が、ダイナマイトボディと掛け合わざることで逆にエロさを倍増させている。


 これなら再生数が高いのも納得だ。


 すると、俺のスマホの画面を覆うように白くてほっそりとした手が伸びてきた。


「え?」


 その手がぎゅっとスマホを掴む。そして、ゆっくりと上に持ち上げる。


 スマホを目で追っていると、その先には美月先輩がいた。その背後には紗里奈もいる。


「紗里奈。そこの窓を開けてくれ」


「分かりました!」


 美月先輩の命令に従って紗里奈が窓を開けた。そして、何故か美月先輩がスマホを持った手を高く掲げた。まるで、野球のピッチャーのようなフォームをとっている。


「なにをやって……って、ちょっ、ちょっとまさか!」


 慌てて起き上がり、スマホを取り返そうと手を伸ばす。


「ふんっ!」


 だが、あっけなくスマホは宙に舞い、窓から外に落ちていってしまった。程なくして、カタンと外から無機質な音がした。


「ちょ! 何やってくれてるんですかっ!」


「ふぅ。これで問題なし」


「問題大ありですよ!」


「確かに、外に人がいたら問題だな」


「そこじゃないですって」


「『ファー』って言ったほうが良かった?」


「ゴルフじゃないんだよ! っていうか、紗里奈までボケるな!」


 言いながら大急ぎで外までスマホを取りに行く。残念ながら、スマホの画面にはヒビが入っていた。電源がついて正常に動作しているのは不幸中の幸いだろう。


 部屋に戻って美月先輩を睨みつける。


「なんでいきなり投げるんですか?」


「あんなふしだらな動画を見てるからだ」


「ふ、ふしだらって。俺はあくまでも『弾いてみた』動画を見てただけです」


「ふんっ。どうだかな。純太は胸しか見てなかったんじゃないか?」


「ちゃんと演奏も聞いてましたよ」


「『演奏も』ということは、胸を見ていたことは認めるんだな」


「ぐっ」


 しまった。墓穴を掘ってしまった。


 美月先輩が冷たい視線を俺に向けた。そして、不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「どうせそういう動画は、胸を見せびらかして、純太のような馬鹿な男を釣って再生数を稼いでいるんだ。演奏技術は大した事ないくせにな」


「そ、そんなこと無いですよ。上手いなぁと思って見てたんです」


 実際、ベースの良し悪しなんてわからない。ただ、なんの考えもなしに練習中に胸を眺めていたなんて知られたら、本当に「不純太」になってしまう。


「ほら、聞いてみてください」


 苦し紛れの言い訳をしつつ、動画を再生して美月先輩に見せる。紗里奈も気になったようで画面を覗いてきた。


 2人の様子を伺いながら、どんな罵詈雑言が飛んでくるかと警戒する。


「わぁ……確かにおっぱい大きい」


 紗里奈が小声で呟いた。


 そうだろう。そうだろう。俺が見てしまったのも頷ける大きさだろう。だから、今回の事は見逃してくれ。


「……」


 美月先輩は凛とした表情で動画を見続けている。どうか、俺が見てしまったことを許してほしい。


 すると、美月先輩がゆっくりと口を開いた。


「……うん。上手いな」


「え?」


 想定外の言葉に、間の抜けた声が出る。


「私よりも遥かに上手い。今後のベースのお手本にしたいぐらいだ」


「そ、そうですよね!」


 なんとか場を凌ぐことができた。必死に笑顔を作って和やかな雰囲気を醸し出す。


「さっきは偏見で『演奏技術はない』と決めつけてしまった。済まなかったな」


 美月先輩が軽い謝罪と共にスマホを差し出した。


「いや、良いんですよ。分かってもらえれば」


 スマホの画面はヒビ割れてしまったが、「不純太」と呼ばれずに済んだのは幸いだ。


「あっ。そう言えば」


 紗里奈が何かを思い出したようで、スマホを操作し始めた。


「これ見てください」


「ん?」


 紗里奈がおもむろにスマホの画面を美月先輩に見せた。紗里奈が俺に向けて手招きをしている。俺にも見ろと言っているのだ。


 美月先輩の隣に行き画面を覗く。


 そこには4人の男女が演奏する映像が映っている。歌っているのはキーボードを弾いている女子だ。銀髪ロングに真っ白な肌と、ハーフであろう見た目の綺麗な美少女だ。見た所、俺達と同じ高校生だろうか。演奏している曲には覚えがあった。


「この曲って……」


ANTIアンチ-LIFEライフだな」


 「ANTI-LIFE」は女性4人組のバンドだ。美月先輩がボーカル決めの時に彼女らの曲を歌っていた。今現在、若者に大人気のバンドだ。


「このコピーバンドがどうかしたのか?」


 美月先輩が問いかける。


「えっと、この人たち。半年前ぐらいから『ANTI-LIFEのコピーバンドの中で一番うまい』ってネットでバズってて」


「そうなのか。美月先輩が聞いてみてどうですか?」


「確かに上手いな。特に、キーボードとベースはほぼ原曲と同レベルだな」


 美月先輩が言うのなら上手さは間違いないのだろう。


 ボーカルは本家に似てはいないが、歌唱力という面ではかなり上手い。もちろん、音楽ド素人の俺目線の意見ではあるが。


「で、そんな人たちが、実は、合同ライブで一緒に演奏する人たちなんです」


「へぇ、そうなのか」


「こんな人たちの演奏聞けるなんて、ラッキーだよね!」


「そうだな」


 自分たちの練習に必死で、合同ライブの相手のことを考えてなかった。初めてのライブで人気な人たちと一緒にライブができるとは光栄なことだ。


「バンド名は何か分かるか?」 


 美月先輩が静かに尋ねた。


「ちょっと待ってください。えっと……ごめん、片寄くん。これ、なんて読むと思う?」


「ん……」

 

 スマホの画面には「Novelend」と書かれている。


 見たことのない単語だ。造語なのか、実際にある単語なのかも分からない。ただ、「Novel end」と分ければ読むことはできそうだ。


「たぶん、Novelendノベルエンドだと思う」


「なるほど。だそうです。美月先輩!」


 手柄を横取りされた。まぁ、そこにいちいち文句を言っても仕方ない。


「『Novelendノベルエンド』か。では、合同ライブでの私たちの目標が決まったな」


 美月先輩が不適な笑みを浮かべる。


 嫌な予感がする。


「美月先輩。目標ってなんですか?」


「打倒! Novelendだっ!」


「なんで倒す気マンマンなんですかっ! 合同ライブなんですから、仲良くやりましょうよ」


「純太。お前は何か勘違いしているようだな。いいか。こんな小物コピーバンドに負けるようでは、『屋外大型フェスでライブ』なんて、夢のまた夢だぞ!」


「だから、合同ライブに勝ち負けなんてないですよね?」


「よぉ〜〜し。打倒! Novelend!」


「おっ。さすが紗里奈だな。打倒! Novelend!」


 美月先輩と紗里奈が仲良く腕を掲げて鼓舞している。


 いくら俺が美月先輩の意見に反対しても、紗里奈がいる限り、多数決で俺が勝てることはないのだ。


「そうと決まれば、早速、練習再開……と言いたいところだが。流石に時間が遅いな」


 時刻を確認する。現在は午後11時14分。


「深夜まで練習していては、タマちゃんの睡眠の邪魔になるかもしれない。よし。今日はこのへんで終わりにして寝るとするか」


「美月先輩! 一緒に寝てもいいですか?」


「あぁ。いいぞ」


「やったぁ! エヘヘ」

 

 美月先輩と紗里奈がどんどん話を進めていく。そこに水を差すように、俺が会話に入り込む。


「布団はどうするんですか? この家には1人分の布団の準備もありませんよ?」


「安心しろ。純太のベッドに私と紗里奈で寝るつもりだ」


「俺の寝る場所がなくなったじゃないですか! あっ、もしかして、美月先輩の荷物の中に布団が」


「そんな物は持ってきてない」


 自慢気にそう言い切った。人の家に泊まろうとする身分でなぜそんな態度がとれるのだろうか。


「じゃあ、何をもって安心しろっていうんですか?」


「安心して床で寝ていろ。踏まないように気をつけるから」


「床!?」


「美月先輩。私、寝ている間にこの前みたいに襲われそうで怖いです」


 紗里奈が子猫のように潤んだ瞳で美月先輩に抱きついた。ただ、こいつの目論見はすぐに理解できた。美月先輩と2人っきりの夜を過ごしたいのだ。


「それもそうだな。よし。純太は特別に廊下で寝ていいぞ」


「何が特別だ!」


「ほらほら。つべこべ言わずにさっさと出ていけ」


 こうして、俺は廊下に追い出された。


 俺の部屋からはきゃっきゃっと紗里奈がはしゃぐ声が聞こえてくる。


 俺は硬い廊下に寝転んだ。窓から見える星空は相変わらず綺麗だ。幸いな事に、室温は熱くもなく寒くもない快適な温度。風邪をひくこともなさそうだ。


 ……まぁ、だからといって廊下で満足に寝られるわけがないのだが。


「はぁ……。いつになったら2人は帰ってくれるだろうか」


 この時。俺は知らなかった。こんな生活が合同ライブの日まで続くなんて。

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