同級生のウソは変態が過ぎる。(4)

 6月9日。金曜日。


 バイト終わりの放課後に、俺は紗里奈と美月先輩と共に電車に乗っていた。背中にはエレキギターを背負い、両手にも大きな荷物を持っている。美月先輩も紗里奈も同じように大量の荷物を持っている。


 普段なら下校の際に電車に乗らない紗里奈がなぜ一緒に乗っているのか。


 その答えは、これから行く目的地にあった。


 新町駅で降りる。荷物を持ったまましばらく歩き、たどり着いたのは俺の家だった。


「美月先輩。ここが新しい練習場所です!」


「なるほど」


「って、なんで俺の家なんだよっ!!」


 紗里奈に向かって大声でツッコむ。


 なんとなく嫌な予感がしていたのだ。俺の家に来たタイミングで、紗里奈が「練習場所を見つけた」と言った時点で。まさか俺の家が練習場所になるなんて。


「だって、お金もかからないし、近所迷惑にもならないし、電気も使えるし。それに、おばあちゃんにも会えるからね」


「ぐっ」


 最後の一言があるせいで、文句を言えなくなってしまった。


「文句ばっかり言ってないで、荷物を運ぶぞ」


「はぁ……」


 諦めて荷物を2階の空き部屋に運び入れる。


 ちなみに、アンプやコード類は部室で余っていたものを持ってきた。また、ドラムは美月先輩が小学生時代に使っていた電子ドラムを持ってきた。


 これで土曜日であっても、無料で好きなだけ練習をすることができる。俺のプライベートスペースが失われるという代償付きではあるが。


 30分ほどで持ってきた機材と楽器の諸々のセッティングが完了した。アンプを部屋の両端に設置し、音響は申し分ない。電子ドラムはサイズが大きかったために、元々置かれていた机や衣装ケースを庭にある物置小屋へ移すことで置くことができた。


 結果、元々、使われておらず空き部屋だった部屋は音楽大好き人間の住処のような場所になった。このビフォーアフターには、リフォーム番組に出てくる匠たちもきっと驚くことだろう。


 一通りセッティングを終えた所で、美月先輩が一度休憩を挟むように言った。そのまま、美月先輩は部屋を後にした。一応、部長として俺の婆ちゃんと話をしておくらしい。


 俺は自分の部屋に入り、ベッドに寝っ転がり疲れを取ることにした。重い機材を運び、いくつもの家具を物置小屋に移動させたのだ。階段のアップダウンを繰り返していて疲れないわけがない。


 すると、ガチャと部屋のドアが開く音が聞こえた。それからしばらくして、俺の左側のスプリングが僅かに沈んだ。体を起こしてみると、紗里奈がちょこんと座っている。ここまでの長時間の肉体労働で、紗里奈も疲れたらしい。


「お疲れさま」


「うん。おつかれ。これで土日も練習できるね」


「そうだな」


「それでさ、ちょっと言いたいことがあるんだけど」


 紗里奈がチラチラと俺の様子をうかがっている。それになにやら恥ずかしげだ。


「なんだよ。改まって」


「あのさ……ありがとね。見つけるの手伝ってくれて」


 まっすぐに見つめられながら言われた。


 紗里奈の改まった態度のせいか、妙に恥ずかしくなる。恥ずかしいのがバレないように、適当に目線を外しておく。


「別に大した手伝いはできなかったけどな。ほとんど紗里奈が見つけたようなもんだし」


「でも、一緒に考えてくれたから。嬉しかった。エヘヘ」


 紗里奈は目を細めて満面の笑みを見せた。


 こんな表情を見れたのなら、面倒な手伝いも悪くない。


「それで話は変わって、例の件なんだけど」


「例の件?」


「な、『なんでもしてあげる』ってやつだよぉ」


 紗里奈が声を僅かに大きくした。


 そう言えばそうだ。俺が手伝いを引き受けた理由は「紗里奈になんでも1つだけ俺の言うことを聞く」という権利を得たかったからだ。


 姿勢を正して、紗里奈の言葉がよく聞こえるようにしておく。


「それがなに?」


「今、片寄くんが私にして欲しいこととかあるかなって思って」


「して欲しいことか……。ちなみに、『なんでも』ってどのくらいのことまでしてくれるの?」


 すると、紗里奈の顔が真っ赤に染まりだした。そして体育座りで小さく縮こまり、顔を隠した。


「……少しぐらいなら、えっちなことでもいいよ。男子ってそういうのが好きなんでしょ?」


「っ!」


 思わず、ゴクリとツバを呑む。紗里奈からの「えっち」発言に、俺の心臓が暴走するかのごとく心拍数を上げていく。このままでは心臓の音が紗里奈まで届いてしまうかもしれない。


 一度、深呼吸をして落ち着く。


「ち、ちなみに、どこまでオッケーですか?」


 少しも落ち着いていられなかった。喋りはたどたどしくなり敬語まで使ってしまった。普段の紗里奈が今の俺を見れば、相当、気持ち悪がられるだろう。


 ただ、今、俺の目の前で縮こまっている彼女には、そんなことを気にしていられる余裕はないようだ。


「……おっぱい触るぐらいなら、いいよ」


 紗里奈の声がしりすぼみに小さくなっていった。


 ただ、俺はその声の全てを聞き逃さなかった。再度つばを呑み込み、呼吸を整える。


「じ、じ、じゃあ、そ、それで」


 すると、紗里奈のがゆっくりとその場で寝転がった。俺を一瞬見ると、すぐに目を背ける。


 俺は立ち上がり紗里奈の真正面に移動する。少しずつ距離を縮めていく。


「い、1回だけだからねっ!」


 そう言って、紗里奈がゆっくりと目を閉じる。


 スカートから伸びる健康的な色をした脚。Yシャツの上からでも分かる2つの胸の小さな膨らみ。恥ずかしさを隠すために、か細い腕で顔を隠そうとする仕草。


 目の前に無防備に寝転ぶ美少女に、俺の興奮は抑えきれなかった。心臓がバクバクと音を激しくする。


 ただ、こんな場を誰かに見られてはまずい。一度冷静になって、出入り口を確認する。美月先輩の姿は見えない。こちらに近づいてくるような足音もしない。できれば鍵をかけたかったが、俺の部屋のドアにはないのが残念だ。


 しかし、環境としてはベストだろう。


「さ、触るぞ」


「んっ」


 紗里奈が声にならないような声をだした。普段は聞けないような声に、更に興奮してしまう。


 ゆっくりと両手を伸ばす。数センチ先には紗里奈のおっぱい。ただし、味わえるのはたったの1回。その1回だけで味わい尽くせるように、全神経を指先に集中させる。


「2人とも! おばあちゃんからお菓子もらった……ぞ?」


「っ!」


「っ!」


 突然、お盆を持った美月先輩が現れた。


 俺と紗里奈が、同じように美月先輩を見つめる。


 美月先輩は眼の前の状況に目を見開いて驚いた。あまりの衝撃にお盆を落としてしまう始末だ。だがすぐに、俺と俺の指先を訝しげに睨み始めた。冷静に状況を分析しているようだ。


 今ならもしかしたら、言い訳ができるかもしれない。


「み、美月先輩。これはですね……」


「美月せんぱぁい!」


 俺が言い訳するよりも早く、紗里奈が美月先輩に向かって走り出した。そのままの勢いで、飛ぶように美月先輩の胸に抱きつく。美月先輩は紗里奈を俺から守るかのように優しく抱きしめた。


「片寄くんが、私のおっぱいを触ろうとしてきてぇ」


 紗里奈が涙ぐんだ声で助けを求めている。ただ、俺にはすぐに分かる。あれはどう聞いてもウソ泣きだ。


「なに?」


 ただ、美月先輩はそのウソを見抜けなかった。刃物のように鋭い視線で俺を睨みつけてくる。


 あまりの気迫に後退りしてしまう。


「純太。紗里奈の胸を触ろうとしたのか?」


「し、しました。だけど、そうじゃなくてですね」


「もういい。言い訳など聞く必要もない」


 美月先輩は紗里奈を抱きしめたまま部屋を出ていく。紗里奈を自愛に満ちた笑顔で見つめ、よしよしと頭を優しく撫でている。さながら現代に生まれた聖母のようだ。


 紗里奈もその優しさを存分に味わっていて「もっと撫でてください」と要求しているほどだ。


 そんな優しい美月先輩の表情も、俺を見る時にはゴミを見る目に早変わりだ。優しさの欠片もない冷たい視線が、俺の心を深くえぐる。


「このクズめっ!」


 そう言い残して、美月先輩がドアを勢いよく閉めた。


「なんでこうなるんだよぉぉぉ!」


 残された俺は、ただ床に膝をつくことしかできなかった。


 それから数日の間、俺のあだ名が「不純太ふじゅんた」になったのは言うまでもない。

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