同級生のウソは変態が過ぎる。(3)

 コーヒーを溢す小さな事件があってからも、練習場所探しは続いていた。


 スマホを使って色々と調べたり、記憶の中で良さそうな場所を探してみたりだ。しかし、条件に合いそうな理想的な場所は見つからなかった。


 そのまま、その日はお開きとなった。


 6月4日。日曜日。


 俺は2階にある自室でギターのコードチェンジの練習をしていた。美月先輩からの指導がない分、練習の幅は狭くなってしまう。だが、何もしないよりは少しでも練習しておくべきだろう。


 そんな時だった。


 ピンポーンとインターホンが鳴った。


「宅配便なんて頼んでないよな。婆ちゃん! 出れる?」


 1階にいる婆ちゃんに声を掛ける。ただ、返事がない。どうやら聞こえていないようだ。仕方なく、練習を中断して1階に降りていく。


 婆ちゃんはリビングでテレビを見ていた。インターホンの音にも、俺の声もまるで気づいていないようだ。


 やれやれと頭を掻きながら玄関まで行く。もしもの事も考えてドアチェーンをつけておく。それからゆっくりとドアを開けて外の人物を確認する。


「はい、どちら様ですか?」


「あっ、片寄くん。こんにちは」


 そこには、紙袋を持った紗里奈がいた。


「えっ!? 紗里奈っ? こ、こんにちは」


 想定外の人物の訪問に、俺は驚きを隠せなかった。急いでドアチェーンを外してドアを開ける。


 紗里奈は黒色のキャミソール型のワンピースに、ボーダー柄のセーターを合わせている。足元は裸足で白のサンダル。そして、ほんのりとピンク色をしたショルダーバッグを身に着けている。大人っぽさと可愛らしさを両立させた服装だ。


「えっと、なんで俺の家に?」


「この前のYシャツ返しに来たの。はい、これ」


 そう言って、紗里奈が紙袋を手渡してきた。中身を確認すると、丁寧に折りたたまれたシミのないYシャツが入っていた。


「こんなに急いで返さなくても良かったのに」


「いいよ、いいよ。元はといえば、私がコーヒー溢しちゃったのが原因なんだし」


「わざわざありがとう。それじゃあ、俺も紗里奈から借りたパーカー返すから、ちょっと待ってて」


 急いで2階に上がり、洗濯済みのパーカーを丁寧に袋に入れる。その袋を持って1階に降りて、紗里奈に手渡す。


「はい。洗濯しておいたから綺麗だよ」


「ありがとう」


「こんな遠いところまでわざわざありがとう」


「そんなに遠くないよ。電車で3駅だもん。じゃあ、私はこれで」


 そう言って、紗里奈が帰ろうとした時だった。


「あれま。こんにちは。かわいいお嬢さんだね」


 リビングから出てきた婆ちゃんが紗里奈に向かって声を掛けた。婆ちゃんは紗里奈を見て優しくに微笑んでいる。


「こんにちは。片寄くんの同級生で同じ部活をしてる荒川紗里奈です」


「ご丁寧にどうも。純ちゃんの祖母の珠世たまよです」


 婆ちゃんが元々曲がっている腰を更に曲げて頭を下げる。紗里奈も軽くお辞儀をする。


「じゃあ、早くお茶とお菓子の準備をしなくちゃだね」


 そう言って、婆ちゃんがいそいそとリビングに入っていった。


「婆ちゃん! これから紗里奈は帰るからお茶とかいらないよ!」


「……」


 返事が帰ってこない。まったく聞こえていないようだ。


 俺は困り顔で紗理奈を見る。


「俺の婆ちゃん耳が悪くて、全然、聞こえてないんだよね」


「そうみたいだね。っていうか、片寄くんって『純ちゃん』て呼ばれてるんだ〜〜」


 口を小さな手で押さえながら可笑しそうに笑っている。小さな頃から言われていたので気にしていなかったが、考えてみると「ちゃん」は恥ずかしいかもしれない。


 すると、リビングから大声が聞こえてきた。


「お茶淹れたから、早くこっちおいで!」

 

「だから、要らないんだって!」


「……」


 やはり返事が帰ってこない。


 どうしたものかと、ため息を吐く。


 すると、紗里奈が微笑んだ。


「せっかくお茶淹れてもらったなら、少しだけお邪魔させてもらってもいい?」


「全然いいよ。わざわざありがとな」


「ううん。気にしないで。それに、片寄くんちがどんな感じかも興味あるしね〜〜」


 家にお邪魔することは予定外だったようだが、俺の家に興味があるのは本当らしい。キョロキョロと玄関中を見回している。


「それじゃあどうぞ」


「お邪魔しま〜〜す」


 丁寧にサンダルを脱いで、俺が出したスリッパを履いてもらう。そのままリビングまで行き、お茶の置かれたコタツに案内する。俺と紗里奈で相向かいになって座布団に座る。


 紗里奈は「へぇ〜〜」と呟きながら隅々を見回している。


「こんな感じの家なんだぁ。お父さんとお母さんとおばあちゃんとの4人暮らし?」


「いや。俺と婆ちゃんの2人暮らし。元々は父さんと母さんと太田市に住んでたんだけど、上毛中央高校までの距離が婆ちゃんの家からの方が近いから、住ませてもらってるんだ」


「なるほどね〜〜。道理で『田舎のおばあちゃんち』って感じの家なわけだ」


「それ、バカにしてるだろ」


「褒めてるよぉ。私、こういう雰囲気好きだし、なんか落ち着く」


 すると、婆ちゃんがおせんべいを載せたお盆を持ってきた。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


 紗里奈が早速おせんべいを手に取った。小さく口を開けて、少しずつ食べていく。


 俺も1枚手に取って食べる。甘じょっぱい醤油味が1口、もう1口と食欲をそそる。


 婆ちゃんは俺たちを嬉しそうに目を細めて見ている。


「いっぱい食べな。食べなきゃ大きくなれないからね」


 そんなことを言っている。お菓子を食べて大きくなれるとは思わないが。まぁしかし、この甘じょっぱさとお茶の相性は抜群なのでいっぱい食べてしまう。


 お茶を一口飲んで口を潤していると、紗里奈の隣に婆ちゃんが座った。


「ところで、紗里奈ちゃんは純の彼女さんかい?」


「ぶっ!!」


 思わずお茶を吹き出してしまった。コタツがビチョビチョだ。ただ、今はそんな事を気にしている場合ではない。


「ち、違うよ婆ちゃん。紗里奈はただの友達」


「なんだ、そうなのかい。残念だねぇ」


 婆ちゃんがため息を吐く。


 俺は誤解を解くのに慌てて変な汗をかいてしまった。ただ、誤解はあっさり解けたので一安心だ。俺はタオルを持ってきて、コタツの上をさっさと拭く。


 紗里奈はと言うと、可笑しそうにお腹を抱えて笑っている。てっきり、恥ずかしがると思っていたのだが。俺と付き合っているという勘違いがツボにはまったらしい。


 そこまで笑われると頭にくる。


「まぁ、なんにしても、こんな田舎までわざわざありがとうね」


「いえいえ。私、こういう田舎のほのぼのした雰囲気好きなので」


 以前、紗里奈は田舎である群馬県をバカにしていたような気がする。ただ、婆ちゃんの前では気を使ってウソをついているらしい。


 美月先輩の前でもこれぐらい上手くウソをついてほしかった。


「ここら辺には畑しかないからね。紗里奈ちゃんみたいな若い娘が来てくれると嬉しいよ」


「おばあちゃんがいいなら、いつでも来るよ!」


「本当かい。なら、いつでもおいで。若い娘を見ると私みたいな老人は若返るからね」


 冗談混じりに婆ちゃんが笑う。紗里奈も合わせてニコニコと笑っている。


 平和すぎる風景が目の前で流れている。こんなに可愛くて人当たりもいい美少女と友達になれたことは、中々の幸福だろう。これで中身が変態でなければ完璧だったのだが。


 そんなことを考えながら、紗里奈と婆ちゃんとの談笑を楽しんだ。約1時間ほど話し続けて、紗里奈が帰ることになった。


 紗里奈は婆ちゃんに大きな声で別れを告げて家を出ていった。


 俺は最寄り駅である新町しんまち駅まで紗里奈を送ることにした。紗里奈の横を歩幅を合わせて歩く。


「今日はわざわざありがとう」


「もぉ、何回も言わなくたっていいよ」


「いや、『Yシャツ』のことじゃなくて、婆ちゃんと話してくれたことだよ」


「え? なんで?」


 紗里奈が俺の顔を覗き込んで、不思議そうに見つめる。


「婆ちゃん、身体が悪くなってあんまり動けなくなってから、人と話す機会が減ってたんだよ。でも、紗里奈が話し相手になってくれたから。久々に婆ちゃんが嬉しそうに笑ってる姿、見れたよ。だから、ありがとう」


「ふふん。どういたしまして」


 紗里奈が満足そうに微笑む。俺もそれを見て笑顔になる。すると何故か、紗里奈が肘で俺の腰をつついてきた。


「なんだよ?」


「片寄くんも意外と優しい所あるじゃん。うりうり」


 目を細めてニヤニヤとしている。


 ウザったらしいので、仕返しにデコピンをおでこに喰らわせる。


「イタッ! もぉ。意外と痛いんだよ、そのデコピン」


「だからやってるんだよ」


「うわ! やっぱり全然優しくない」


 そんなことを言いながら駅に辿りついた。


「じゃあ、俺はこれで」


「うん。またね!」


 紗里奈が小さく手を振っている。


 俺は軽く手を上げてからその場を去る。


 家に帰ったら、早速ギターの練習を再開するかな。


 そんなことを考えている時だった。いきなり、俺の腕が後ろに大きく引っ張られた。そのままの勢いで体が180度回転する。


 腕を引っ張った犯人は紗里奈だった。


「えっと、なに?」


 紗里奈は俺の腕を引っ張って、俺との顔の距離を近づけた。つま先を伸ばして鼻先が触れてしまいそうなほどまで接近する。黒くまっすぐに伸びたまつげの1本1本まで数えられそうだ。すると、大きな瞳が目の前で瞬きをする。


 思わず息を呑む。


 紗里奈はそのまま微笑んだ。


「いい練習場所、みつけたよ!」

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