同級生のウソは変態が過ぎる。(1)
天野先生への交渉が失敗し、土曜日の部室での練習は不可と決まってしまった。そのため、練習時間不足の問題が残ってしまった。
しかし、それを嘆いていても仕方がない。
土曜日の件は諦めて、俺たちは合同ライブに間に合わせるために練習を始めた。
俺は主にコード弾き練習をしている。
ちなみにコード弾きとは、弦を複数本同時に鳴らして和音を奏でる弾き方だ。
左手で決まった位置の弦を押さえる必要があるので、覚えるまでに少し時間がかかる。しかし、一度覚えてしまえば、反復でどんどん弾けるようになる。少しずつではあるが、弾ける実感があるのは嬉しかったりする。
紗里奈は主に
美月先輩は俺と紗里奈への指導を主にしている。そして、その合間合間でベースを練習している。
俺たちへの指導時間が多い分、ベースの練習時間が足りないのではないかと心配だ。しかし、訊いてみた所、すでに粗方は弾けるようになっているそうだ。
そんなこんなで練習を続けていた。俺と紗里奈の技術は、演奏するにはまだまだ程遠い段階にあった。
6月1日。木曜日。
この日は朝から梅雨らしい雨が降っていた。そのため、部活動中はドンヨリとした気持ちのまま練習をしていた。練習を終えるころには成長速度の遅さに焦りを感じていた
そうして楽器を片付けている最中、美月先輩が突然こんなことを言い出した。
「この中で、実は親が大金持ちで海の近くに別荘を持っている、なんて人はいないか?」
俺と紗里奈がお互いを見合う。
俺の親は残念ながら別荘を買えるほどの大金持ちではない。どこにでもいるような普通の親だ。
紗里奈も俺と同様のようで首を横に振っている。
「そうか。いないか」
「なんでいきなりそんな質問したんですか?」
「土曜日に部室が使えないと分かっただろう? それなら、部室以外に練習のできる場所があれば良いじゃないかと思ってな。別荘があれば、合宿なんかもできて練習時間が増やせるだろう?」
「なるほど。それで別荘。でもそれだったら、『海の近くに』は要らないんじゃないですか?」
「海に行きたいからな。群馬県民なら当たり前だ」
美月先輩が拳を握りしめて悔しがっている。
普段であればツッコむところかもしれないが、これに関しては俺も同感だった。海がない群馬の県民である以上、海への憧れは捨てきれない。
海のある千葉県で生まれ育った紗里奈には到底、理解できないだろう。その証拠に、悔しがっている美月先輩をキョトンとした表情で見ている。
「はぁ……。どこかに練習のできる場所はないものか……」
美月先輩が嘆く。
楽器の練習ができる場所を見つけるのは容易ではない。最低限の条件としては、電気が通っていて、楽器が入り切る広い空間があり、騒音で近所迷惑にならない環境だ。そんな条件を満たすような場所を、通いやすい近所で見つけなくてはならない。
もちろん、スタジオ等を借りられればそれらの条件は全て満たせる。ただし、スタジオを借りられる程のお金がないのが一番の問題だ。
やはり、諦めるしかないだろう。そう思った時だった。
「美月先輩っ!」
紗里奈が突然、ピンっと手を伸ばして挙手をした。
「ん? なんだ紗里奈?」
「私、練習場所、見つけられるかもしれません」
「っ! 本当か!」
美月先輩が紗里奈に近づいて、肩をがっしりと掴んだ。じっと紗里奈の目を見つめている。
見つめられた紗里奈は頬を赤らめ、目をとろけさせた。
「ひゃい。見つけましゅ」
美月先輩からの期待の眼差しを向けられたせいだろう。紗里奈の返事がヘニャヘニャと溶けている。
美月先輩は太陽のように明るい笑顔をした。そしてそのまま楽器の片付けを再開した。
しかし、紗里奈が練習できる場所に見当がついているとは意外だ。引越してきて間もない分、土地勘が俺等よりもないと思っていたからだ。
すると、紗里奈がなぜだかこちらにコソコソと近づいてきた。どうやら、美月先輩にあまり気づかれたくないようで、チラチラと美月先輩の様子を伺っている。
俺は不思議に思いながらも、紗里奈に小声で声をかける。
「どうしたの?」
「どうしよう! 美月先輩にいいところ見せたくって、練習できる場所知ってるってウソついちゃった!」
「なにやってんだよっ!?」
大声で怒鳴る。
「どうした純太?」
美月先輩がこちらに振り向いた。
すると、紗里奈が俺の口を小さな手で覆う。
「ば、ばか〜〜。大声出さないでよ!」
「ん? 2人で何をしてるんだ?」
美月先輩が疑いの目を向ける。紗里奈は汗を流して慌てている。ウソを隠すのに必死なようだ。この場で正直に白状してしまえばいい気がするのだが。
「か、片寄くんが私の手の匂いを嗅ぎたいって」
「っ!?」
言い訳をしようと口を動かす。しかし、塞がれていて喋れない。両手で強引に紗里奈の手を動かそうとしても紗里奈が力をまるで緩めてくれない。
それにしても、なんて酷い言い訳をしてくれるんだ。「手の匂いを嗅ぎたい」だなんて、これまでの人生で1度も聞いたことがない。加えて言えば、今後も一生聞くことがないはずだ。もう少し、マシな言い訳はなかったのだろうか。
すると、美月先輩が顔をひきつらせた。そのまま冷たい視線を向けてくる。まさに、ゴミを見るかのような目だ。
「純太。そういう趣味は良くないと思うぞ」
「っ!」
「そ、そうだよ! もぉ、片寄くんっの変態!」
とんでもない濡れ衣を着せられた。更に言えば、嘘をついた紗里奈にまで「変態」と呼ばれる始末だ。
変態はお前だろうが。
心の中でツッコみながら紗里奈を睨む。
紗里奈は申し訳無さそうに小さく頭を下げていた。その程度で許すほど俺は優しくない。あとで何かしらの形で償ってもらうとしよう。
すると、ようやく紗里奈が手を俺の口から離してくれた。
「誰が『変態』だって?」
「ご、ごめんって。あはは」
笑ってごまかそうとしている態度に、無性に腹が立つ。せめてものしかしにデコピンをおでこに喰らわせる。
「イタッ。もぉ〜~、痛いよぉ」
「これぐらい当然だ」
「そんなに怒んないでよぉ」
「怒らない訳あるか! 『手の匂いを嗅ぎたい変態』って勘違いされたんだぞ!」
「じゃあ、どんな変態って勘違いされたかったの?」
「変態をやめろって意味だよ!」
「って、そんなことより」
「『そんなことより』で済ませるな!」
ツッコミを無視して、紗里奈が手を合わせた。
「お願い。私と一緒に練習できる場所探して」
上目遣いですり寄ってきた。前にもこんなことをされたような気がする。
ただ、濡れ衣を着せられた上で手助けをしてあげるほど、俺の器は大きくない。
「イヤだね。絶対に手伝わない」
「そこをなんとか」
「イヤと言ったらイヤだ」
「手伝ってくれたら、なんでも1つだけ言うことを聞くから」
「イヤ……ん? 今『なんでも』って言った?」
「うん」
紗里奈がコクリと頷く。
「マジで?」
「まじで」
今、紗里奈は「なんでも」と言った。もし本当になんでも言うことを聞くのなら、可能性は無限大だ。ただ、ここで軽々と返事をしてはいけない。一度、冷静に事態を整理する。
眼の前にいる紗里奈は変態だ。だが、それと同時に美少女でもある。大きな瞳にぷっくりとピンク色をしたくちびる。健康的でハリのある肌。小柄ながらもやんわりと膨らんでいる胸。
それらを好きなようにできる可能性が俺の手に握られている。これを逃せば、今後一生、こんな機会はないかもしれない。
それなら、俺の返事は1つだ。
「分かった。手伝おう」
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