俺達の軽音楽部は金欠が過ぎる。(4)

 俺と美月先輩と紗里奈の3人はヨージェネのライブスタッフとしてアルバイトをすることとなった。


 美月先輩と紗里奈は女子ということもあり、物販や会場案内などの接客が主な役割だ。対して、男子の俺はイスやフェンスの設置、大小様々な荷物運び等の力仕事が主な役割だ。


 明らかに俺の方が仕事量が多い気がする。しかし、ライブが始まるまでのタイムリミットがあるので文句を言っている暇はない。指示に従って作業を進めていく。


 こうして観客の入場時間になった時、俺はステージ前の監視係に任命された。お客さんがステージに上がることのないように見張りをするらしい。また、あくまで監視係のため、ライブが始まってもステージには常に背中を向けなければならない。


 俺は開演時間までじっと観客席を眺める。


 ゾロゾロと観客が入場してきた。砂時計のように時が経つにつれて空白が埋まっていく。


 客層はほとんどが10代から30代の若者層だ。しかし、時折それ以上の年齢の人も見て取れる。また、男女比率は女性が僅かに多い。


 そうして観客を眺めている内に、ついにライブの開演時間となった。


 照明が落ち、会場中が暗闇に包まれる。それと同時に、観客が歓声と共に拍手をする。


 すると、エレキギターの音がジャカジャカと爆音で鳴り始めた。


「ッカモン!!」


 そんな雄叫びと共に、ドラム、ベース、キーボードの音が増えて演奏が始まった。イントロが終わると、ボーカルの声が響き渡り、その軽快さとオーラを体の芯に伝えてくる。


 曲に合わせて背後から眩いライトが会場中を照らし出し、観客の笑顔を映し出す。観客全員がステージに向けて手を掲げる。それに応えるかのように楽器が鳴る。


「すげぇ……」


 思わず独り言が漏れてしまう。


 背後のスピーカーから爆音で奏でられる音楽。それが、部室で見たことのある楽器によって作り出されているという事実を信じられない。録音しておいた音楽を流しているだけのようにも思える。しかし、楽器1つ1つの音が生々しさを持っている。今この場で作り出されているのだと物語っているのだ。


 そして、それらの楽器の音に負けないほどに、ボーカルの声が耳に良く入り込んでくる。軽々と出る高音。どこまでも届きそうな伸び伸びとした声量。優しさを感じたと思えば、怒りを感じさせるというような、圧倒的な表現力。


 ボーカルとは何かを示しているかのような、才能を見せつける歌声だ。


 俺は背後からの音楽に魅了された。そして、眼の前の観客の興奮が目に焼き付けられた。


「もしかしてこれって、普通にチケット買うよりいい席だったんじゃないか?」


 そう思えるだけの興奮を、俺は全身で味わったのだった。


 ライブが終演すると、観客が退場した後に片付けが行われる。


 俺は疲労がたまっている体にムチを打って必死に働いた。そうして、どうにかライブスタッフとしてのアルバイトを終えるのだった。


 高崎アリーナを出ると、外で美月先輩と紗里奈がロータリー付近で待っていた。


「おつかれ、純太」


「片寄くんおつかれ〜〜」


「2人ともおつかれさまでした」


 2人に向けて頭を下げる。


 すると、紗里奈が嬉しそうな笑顔でに近づいてきた。


「ライブ凄かったよね!」


 興奮気味な紗里奈に、俺も共感した。


「それな! 演奏も上手いし、歌も上手いし」


「分かる。ほんと、口から音源って感じだったよね! できれば観客席から見たかったけど」


「確かにな。でも、普通では見れない景色が見れた気がする。ステージに立ったら、きっとあんな感じで見れるんだろうなって」


「そうだよね! お客さんの表情とか、歓声がよく分かるんだろうな〜〜って」


 アルバイト中は誰かと話をすることができなかった。そのため、今この場で抑えていた興奮が口から溢れ出していた。


 すると、傍から俺達を見ていた美月先輩がおかしそうに笑った。


「良かっただろう? ライブに参加できて」


「「はい」」


 俺と紗里奈の声が重なった。それに気づいて、3人で笑い合う。


「さてと。今日は疲れたし、帰るとするか」


「そうですね。私、立ちっぱなしだったんで脚パンパンですよぉ」


「俺も今日は早く寝るかな」


 こうして、3人で高崎駅へ向かう。


 紗里奈は信越線、俺と美月先輩は高崎線に乗るので、改札を通ってから別れる。


 紗里奈は俺と美月先輩の姿が見えなくなるまで手を振っていた。恐らく、美月先輩をギリギリまで見たかったのだろう。疲れているはずなのに、変態的な行動ができるのは驚きだ。


 ホームに降りてベンチに座り、数分後に来る電車を待つ。


 すると、すぐ隣に美月先輩が座ってきた。


 その時、美月先輩との微妙な空気感を思い出した。今まではライブの興奮と紗里奈がいたおかげで忘れていた。だが、2人っきりになったせいで再び思い出してしまったのだ。


「……」


「……」


 嫌な沈黙が続く。


 そう思った時だった。


「……この前は悪かった」


 美月先輩が電車の来ない線路を眺めながら言った。その表情は本当に申し訳無さそうだった。


「強引に入部させたから、好きなギターなんてすぐには分かるわけがなかったな」


「いや。俺も、この前は強く言い過ぎました。ごめんなさい。それに、その、もう少しぐらいバンドとか、楽器のことに興味持つべきだなって思いました」


「……そうか」


 美月先輩はホッとしたように柔らかく微笑んだ。頬がほんのりとピンク色になり、小さく「良かった」と呟いた。


 そして、すぐに表情をわざとらしくツンとさせた。


「ほんと、この前の純太は強く言い過ぎてて酷かったな。私だって、か弱い乙女なんだぞ」


「ごめんなさいって。でも、美月先輩が『か弱い乙女』ってのにはちょっと違和感ありますよ」


「なんだと?」


 美月先輩が握りしめた拳を俺に向けて掲げる。今にも殴りかかるような体制だ。


 俺は慌てて苦笑いする。


「じょ、冗談ですって。ほんと、美月先輩みたいなか弱い乙女に言う言葉じゃありませんでした」


「そうだろう。そうだろう」


 満足気に美月先輩が鼻を鳴らす。


 そんな態度が俺を苛つかせる。ただ、そんな態度を再び見ることができたことに安心する自分もいた。昨日までは見ることのできなかった態度と表情を、俺は取り戻すことができたのだ。


「なんか、今の純太の表情、気持ち悪いぞ」


 美月先輩が顔をひきつらせている。汚物を見るかのような冷たい視線を俺に向けているのだ。


 俺はすぐに表情をもとに戻す。


「と、とにかく、この前はすみませんでした。それで、先輩に相談なんですけど」


「ん? なんだ?」


「日曜日、付き合ってもらえませんか?」


「ここで告白か。まさか、純太は冷たい視線を浴びせられると興奮するドMだったとは」


「違いますよっ!」


「じゃあ、ドSなのか?」


「SMの違いじゃないですって。告白じゃなくて、日曜日、一緒に楽器屋に行ってほしいんです」


 俺の発言を聞くと、美月先輩の瞳孔が開いた。そして、何かを納得したように1つ頷いて目を閉じた。再び目を開けると、嬉しそうに微笑んでから俺を見た。

 

「なんで楽器屋に行ってほしいんだ?」


 恐らく、美月先輩は俺が楽器屋に一緒に行きたい理由に気づいている。気づいている上で俺の口から言わせたいのだろう。


 俺は恥ずかしさを感じつつも、正直に言った。


「……好きなギターを見つけたんです。買うときのアドバイスをください」


「あぁ、いいぞ」


 美月先輩が意地悪く笑った。


 やはりこの先輩はズルい。

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