俺達の軽音楽部は金欠が過ぎる。(3)

 突然アルバイトを始めさせられたあの日から2週間が過ぎた。


 現在、上毛じょうもう中央ちゅうおう高校は中間テスト期間に突入している。中間テスト期間では、勉強に集中させるために部活動が一時活動禁止となる。そのため、放課後はすぐに帰宅することになる。また、アルバイトも中間テスト期間中は休みにさせてもらえた。


 そんなわけだが、俺には1つの悩みがあった。中間テストが原因の悩みではない。


 美月先輩との関わりでの悩みだ。


 俺は美月先輩と楽器屋に行った際、言い争いになった。いや。正確には、俺が一方的に文句を言い続けた。その結果、美月先輩の機嫌を損ねてしまったのだ。


 あれからというもの、美月先輩は俺に話しかけてくることがなくなった。部室では、練習のためにエレキギターを貸してくれるものの、世間話などをすることはない。バイト中も仕事に関する話はするものの、それ以上の話はしない。


「ねぇ。最近、美月先輩と片寄くんってなにかあったの?」


 と、微妙な空気感を察知したのか、紗里奈に理由を問いかけられることもあった。


 しかし


「なんでもない」


 と言って、理由を有耶無耶にしていた。


 そんな日々が続いてから、中間テスト期間に突入したのだ。テスト勉強に集中できるわけがなかった。


 数式を書いてはあの日の美月先輩の言葉を思い出してしまう。英単語を1つ暗記してはあの日の美月先輩の表情を思い出してしまう。化学反応式を暗記してはあの日の美月先輩の背中を思い出してしまう。そんなことを繰り返していた。


 結果、俺の中間テストは散々なものとなった。


 5月26日。金曜日。


 自信がないなりに解答欄を埋めて最後のテスト科目を終える。それから短いホームルームを行って放課後となる。


 中間テスト期間が終わったので、部活動が再開されるのだ。


 俺は微妙な空気を再び味わうことに嫌悪感を抱いていた。できることなら帰宅したい。ただ、ズル休みをすればあの写真をバラされる可能性がある。諦めて部室へと向かう。


 部室には紗里奈がいた。椅子に座ってスマホをいじっている。


「あっ、片寄くんおつかれ〜〜」


 部室を見回すが美月先輩の姿はない。あまり会いたくないので幸いだ。


「おつかれ。テストどうだった?」


「う〜〜ん、英語は結構できた気がするけど、他はイマイチかも。片寄くんは?」


「俺は……まぁ、全力は尽くした」


「あちゃ〜〜。……再テストとかになったら、いろいろ教えてあげるね!」


 小さく拳を握りガッツポーズをして励ましてくれる紗里奈の優しさが温かい。


「はぁ〜〜。それにしてもテスト期間って辛いね。ずっと美月先輩に会えないんだもん。早く美月先輩と同じ空気吸いたい」


 マジ無理〜〜、と嘆きながら机に突っ伏した。紗里奈の変態は相変わらずだ。むしろ、会えない期間が長かった分、思いが強くなっているかもしれない。


 奇行をとらないかが心配だ。


 すると、背後のドアが開く音がした。


 美月先輩が来たのだ。


「あっ、美月先輩お疲れさまで〜〜す」


 紗里奈が大きく手を挙げて笑顔で迎え入れる。なんなら、大きく息を吸い込んで味わっている。さながら、三ツ星グルメを食しているかのように幸せそうだ。


「あぁ、おつかれ」


 美月先輩は紗理奈を見ながら僅かに微笑んだ。ただ、俺と目が合うとすぐに表情をもとに戻した。赤の他人を見るかのような無表情だ


 中間テスト前後で、微妙な空気感が自然と治るなんて都合の良いことは起こらないらしい。


 どうしたものかと考えつつ目線を逸らす。


「2人とも、明日は暇か?」


「え?」


 突然、美月先輩が尋ねてきた。表情は先程と変わらず無表情だ。しかし、ただひたすらに俺の顔を見つめている。


「私は暇ですよ」


 紗里奈があっさりと返事した。


「そうか。なら良かった」


 俺はというと答えに迷っていた。実際、暇ではある。しかし、美月先輩と関わることは極力避けたい。こんな空気をテスト明けの土曜日に味わい続けるなんて絶対に嫌だ。


 適当なウソを考える。


「俺は……」


「純太は強制参加だ」


 ウソを付く間もなく、美月先輩に言い切られる。


「え? で、でも……」


「今日の部活はここまでだ。明日に備えて解散」


 そう言うと、あっという間に美月先輩は部室をあとにした。


「あっ、美月先輩。一緒に帰りたいで〜〜す!」


 紗理奈が慌てて立ち上がった。エヘヘと不気味に笑いながら、荷物を持って美月先輩の後を追いかけていった。


「鍵閉めめんどくせぇ……」


 独り言を呟きながら、紗里奈が机の上に置いていった鍵を拾う。すると、1つのギターケースが視界の隅に入った。俺が練習の際に借りている、美月先輩のエレキギターが入っているケースだ。


 試しに、ギターケースを開けてエレキギターを眺める。


 赤いボディが特徴的なストラトキャスター。


 あの楽器屋でも似たようなストラトキャスターが売られていた。値段は10万を超えていたはずだ。美月先輩はしっかりとした知識を持った上で、楽器に大金を費やしているということだ。


「知識もろくにないのに、どうやって選べばいいんだよ」


 分からないままギターケースを閉じて、部室の戸締まりをするのだった。



 5月27日。土曜日。時刻は午前7時55分。


 俺は高崎駅から徒歩15分ほどの距離にある高崎アリーナに来ていた。


 高崎アリーナは真っ白な壁に格子状の屋根が特徴的な大きな体育館である。普段はスポーツイベントやコンサート等で使われている。


 今日はと言うと、アーティストのライブが行われるらしい。


 さて。なぜ俺がここに来ているかといえば、美月先輩に呼び出されたからだ。


 昨日の放課後。家に帰ってからRAINレインを確認すると、美月先輩からメッセージが届いていた。それには、土曜日の集合の場所と時刻が簡潔に書かれていた。そして、動きやすい服装を着てくるようにとのことだった。


 そのため、俺は上はカジュアルなシャツを着て、下は伸縮性のあるジーンズと運動靴を履いている。動きやすさは申し分ないはずだ。


 ただ、こんなところで動きやすさを求めるような用事があるのだろうか。まさか、これから1日をかけて高崎市街地をランニングする気だろうか。だとすれば、運動不足な俺には辛い。


 そんな不安を感じていると、遠くの方から美月先輩と紗里奈がこちらに歩いてくるのが見えた。二人とも俺と同じような服装だ。


「片寄くんおはよ〜〜」


「おはよう。……美月先輩もおはようございます」


「おはよう」


 俺に向けられた美月先輩の表情は硬い。こんな状態で、一体今日は何をするつもりなのだろうか。


「では、早速、入るぞ」


 そう言って、美月先輩が高崎アリーナに向かって歩き出した。


「え? 入るってどこにですか?」


「決まっているだろう。高崎アリーナにだ」


「でもこれ、誰かのライブがあって、入れないんじゃ……」


 すると、美月先輩がくるりと振り向いた。そして、俺の方を見るとニヤリと笑った。


「なにを言ってる。そのライブに参加するために来たんじゃないか」


「……えっ!?」


 あまりの衝撃に、俺は驚きの声を隠せなかった。


 すると、俺の隣にいる紗里奈がおかしそうに笑った。


「知らなかったの? 美月先輩が私達のためにライブに参加するために色々とやってくれてたんだよ」


「そ、そうだったんですか?」


「ふん、当然だ。部長だからな」


 美月先輩が腕を組みながら、誇らしげに胸を張った。にんまりとした笑みはなんとも満足げだ。恐らく、部長らしいことをすることができた自分に酔っているのだろう。


 そこに紗里奈が「流石です!」と、わかりやすくおだてている。


 美月先輩はますますご満悦だ。


「で、これって誰のライブなんですか?」


 高崎アリーナの外にはライブの宣伝用の垂れ幕がいくつも掲げられている。ライブ名が英語で書かれているが、意味は良くわからない。また、アーティスト名も書かれていない。


 できれば知っているアーティストだと嬉しいのだが。


「聞いて驚け。ヨージェネだ」


「ヨージェネ……ヨージェネですか!?」


「そうだ」


 「ヨージェネ」とは「EuropeanヨーロピアンGenerationジェネレーション」という男性四人組バンドの略称だ。


 俺は以前カラオケで彼らの曲を歌ったことがある。まさか本人たちのライブに参加する機会を、こんなにも突然得られるなんて。


「そんなことより、早く中に入るぞ」


 美月先輩が早足で高崎アリーナに入っていく。


 俺と紗里奈は急いで美月先輩の後を追う。


「それにしても、良くチケットが3人分も取れましたね。高くなかったんですか?」


 ヨージェネは若者にとても人気なバンドだ。必然的にチケットの倍率は高い。それに加えて、3人分のチケットを買うとなればそれなりの金額になるはずだ。


 アルバイトをするほどお金がなかったはずなのに、どうやってそんな大金を得たのだろうか。美月先輩の財布事情は理解しがたい。


「高くなんてない。むしろ、無料だ」


「無料!?」


 無料とはどういう意味だろうか。俺が知らないだけで、会場に早く来た人たち優先でライブを見ることができるなんて制度でもあるのだろうか。


「むしろ、お金がもらえるくらいだ。アルバイトだからな」


「……ん?」


 そこまで言われて、俺は違和感に気づいた。


 動きやすい服装を指定されたこと。ライブに参加するにしては集合時間が早すぎたこと。倍率の高いライブに3人も参加できる権利を得ていたこと。


「これってまさか……」


 恐る恐る美月先輩に尋ねる。


 すると、美月先輩が答えるよりも早く、会場内にいたおじさんが答えを示した。


「ライブスタッフのアルバイトの方はこちらに集まってください」


「……」


 美月先輩は相変わらずズルい。

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