俺達の軽音楽部は金欠が過ぎる。(2)

 俺は美月先輩に連れられる形でバスに乗った。


 放課後で部活もちょうど終わる時間。上毛中央高校から最寄りのバス停で乗ったので、社内には上毛中央高校の生徒の姿が多く見て取れる。


 俺のすぐ隣に座る美月先輩は、凛とした佇まいで外の景色を眺めている。中身を知らずにこの美少女を見れば、さぞ絵になるだろう。僅かに香る柔軟剤の香りもおしとやかさのようなものを醸し出している。


 まぁ、見た目通りのおしとやかさが中身にあれば、俺に無断でアルバイトをさせるなんてことはないのだが。


「美月先輩」


「うん?」


 美月先輩が俺の方を見る。


 至近距離で美少女に見つめられるのは慣れない。中身を知っていても少し恥ずかしくなる。


 目線を逸らしながら話を続ける。


「なんで楽器屋に行くんですか?」


「決まっているだろう。純太のギターを買うためだ」


 美月先輩が笑みを浮かべる。


「え? 俺、今、そんな大金持ってないですよ」


 財布は持ってきている。だが、そこまで大金は持ち歩いていない。入っていてもせいぜい3000円ほどだ。エレキギターの値段の相場は知らないが、それほど安くはないはず。


 美月先輩はあっさりとした態度で答える。


「安心しろ。『買うため』と言っても、今日、買うわけじゃない。あくまで下見だ。せっかく買うのなら、良く見て、良く選んでからの方がいいだろう?」


「たしかにそうですね」


「まぁ、どうしても今すぐ買いたいのであれば、私がお金を出してやらんこともないけどな」


 美月先輩が鞄の中から財布を取り出した。俺の目の前で軽く揺すり、チラつかせている。


「えっ!? 良いんですか?」


 美月先輩にはたくさん振り回されている。その分の借りが溜まっているはずだ。借りを返して貰えるの絶好のチャンス。買ってもらえるのなら、是非、その好意に甘えたい。


「利子は300パーセントな」


「ボッタクリじゃないですかっ!」


 やはり美月先輩はセコい。


 そうしてバスに揺られること約30分。たどり着いたのは高崎市の市街地から離れた位置にある大型ショッピングモールだ。


 この大型ショッピングモールは郊外に住む人々が多く訪れている。たとえ平日であっても、その賑わいがなくなることがない。現に、駐車場はほとんど埋まっている。


 それもそのはずで、郊外には住宅地と畑と田んぼしか無い。そのため、このショッピングモールが唯一の商業施設なのだ。


 言わば、地方のオアシスのような場所である。


 そんなオアシスに入ると、美月先輩は迷う様子もなく、すぐにエスカレーターで3階へ上がる。3階には映画館があるので、ポップコーンの香りがほのかに漂ってきた。そうして、エスカレーターで上がってすぐ、お目当ての楽器屋が見えた。


「あぁ、そう言えば、ここに楽器屋ありましたね」


「純太は来たことがなかったのか?」


「はい。映画館には良く行ってたんで、前を通り過ぎることは良くあったんですけど」


「楽器屋よりも映画館とは。軽音部員の風上にもおけないな」


「いや、そこまで言うことないでしょ」


 そんなことを言いながら楽器屋に入る。


 暖色のライトで明るく照らされる店内。お店の左半分にはピアノが置かれており、それ以外の楽器がや道具が右半分に置かれているようだ。棚には見慣れない商品がずっしりと並んでいる。


 そして、お店の右半分の壁にはたくさんのギターとベースが掛けられている。それらが照明に照らされてキラキラと輝いている。


「おぉ〜〜」

 

 初めての見る光景に、思わず声が漏れてしまう。


「どうだ。初めて楽器屋に来た感想は?」


「こうやって並べられていると壮観ですね。これ全部ギターとかベースってことですか?」


「そうだ。かっこいいだろう?」


 正直、かっこいいとは思えない。でも、鮮やかだとは思う。特に、エレキギターはシンプルな黒色以外にも赤色や青色や木目調のものまで、幅広いカラーバリエーションがあることが見て取れる。


「私はギターの弦を買ってくるから、その間に、純太はどんなギターがあるかを見ておけ」


「分かりました」


 美月先輩は棚をじっと眺めて、どの弦が良いかと物色し始めた。ぱっと見ただけでも数十種類の弦が置かれているので、しばらくは悩み続けることだろう。


 その間、俺は言われたとおりにエレキギターを眺める。


 様々なカラーバリエーションがあるだけに、この内のどれかを買うとなったら迷ってしまう。また、ボディが同じ色でも、ネックが違う色というパターンもある。加えて、ネックの先端のヘッド部分の形もメーカーによって異なる。それらの組み合わせを考えれば余計に迷ってしまう。


 ちなみに「ボディ」とはギターの胴にあたる部分。「ネック」とは持ち手の部分のことだ。


「えっ!?」


 エレキギターの見た目だけを見ていて気づかなかったが、値段がかなり高い。


 10万円台から40万円のものが多く置かれている。ギターの相場を知らないので何とも言えないが、これが普通なのだろうか。


 これでは金欠になっても仕方ないかもしれない。


「お待たせ。いいギターは見つかったか?」


 弦を購入した美月先輩が声をかけてきた。


 俺は苦笑いをしながら応える。


「いや、ちょっと値段で驚いちゃって」


「なるほどな」


「エレキギターって、全体的にこんなに高いんですか?」


 美月先輩が首を横に振る。


「いいや、そんなことはない。ネットで買えば、新品で2万円台、中古だったら1万円台で買えるはずだ」


 美月先輩の言葉に俺は安心した。桁が1つ少ないだけで十分にありがたい。


「まぁ、純太のような初心者が買うとなると、ギターの質や性能を考慮して、3万円から5万円台が妥当だな。安い物には不良品や粗悪品があるからな」


「なるほど」


 普段はどうしようもない美月先輩だが、音楽関連の話だととても頼りになる。有り難いアドバイスだ。


「ちなみに、値段以外の判断基準で初心者におすすめの物ってどれですか?」


「そんなものはない」


「え?」


「どれもほとんど同じだ。まぁ、強いていうなら、ゲンコウが低いものを常に選ぶべきだな」


「ゲンコウ?」


 聞き馴染みのない言葉だ。ギターの練習本にも書かれていたか覚えていない。


弦高げんこう。フレットからの弦の距離のことだ。フレットから弦が離れていればいるほど、弦は押さえづらくなる。だから、それほど離れていない物を選ぶんだ」


「なるほど。じゃあ、おすすめのメーカーはなんですか?」


「さっきから、私のオススメしか訊かないじゃないか。私のオススメなんかより、もっと、自分の直感で好きな物を選べ」


「いや、直感とか分かんなくて」


 俺自身、好きなエレキギターなんてものはない。それも当然で、俺自身が楽器のパート決めでエレキギターを「言葉としての馴染みが深い」という理由で選んだからだ。


 俺の返事に、美月先輩は不服そうに目を細めた。


「分からないだと? 好きな色とか、好きな形とか、色々とあるだろう」


「……正直、どれでもいいかなって」


「なんだと?」


 美月先輩の声が普段よりも刺々しく感じる。こちらを見る視線も威圧的だ。


 しかし、そんな美月先輩に臆する俺ではない。この人が強気な時に下手に出てしまえば、思うツボだ。いつまでも負けてばかりではいられない。


「どれでもいいんですよ。だから、美月先輩にオススメを訊いてるんじゃないんですか」


「ということは、お前は最初から、自分で選ぶつもりはないということか?」


「はい。ギターにそんなに興味はないんで」


 すると、美月先輩の瞳孔が急に見開いた。そして、勢いよく俺に近づいて両手で俺の胸ぐらを掴んでくる。


 その勢いで俺は僅かに後ろに仰け反る。


「ふ、ふざけるな! ギターに興味もないのに『ギターをやりたい』なんて言ったのか」


 美月先輩が大声で怒鳴り始める。店中にその大きな声が響き渡る。そのせいで、店内にいた数人のお客さんと店員さんがこちらに注目しだした。


 美月先輩のズルい手口には慣れている。だが、周りからの視線には慣れていない。なので、美月先輩をひとまずは落ち着かせるようにする。


「み、美月先輩。いっかい声のボリューム落としてください。落ち着いて」


「落ち着いていられるか! 純太が買いやすいようにアドバイスをしてあげたのに、それでも『興味がない』なんて!」


 美月先輩は少しも声を小さくしていない。むしろ、俺に反論するかのように声を大きくしている。まるで、反省する様子がない。


 加えて、胸ぐらを掴んだ手を前後に激しく動かしてきた。もはや、俺に意見を言わせないようにしているかのようだ。


 そんな彼女の態度に、俺は我慢の限界が来ていた。


「私がどんな思いで、お前がギターをやることを許したと思ってるんだ!」


「美月先輩の気持ちなんて知らないですよ!」


 俺の大声に、美月先輩は驚いたようだった。ぱっと両手を離して一歩後ろに下がって俺の様子を伺っている。


 俺は乱れた胸元を整えながら話を続ける。


「『許した』とか、その上から目線の物言いがウザいんですよ。何様のつもりなんですか」


「そ、それは……」


 美月先輩が俺を睨みつけながら口を開こうとした。


 俺は反論の隙を与えないようにその言葉を遮るように話を続ける。


「それに、俺を無理矢理入部させたのは美月先輩じゃないですか。バンドとか、楽器とか、興味がないのに、入部させられてるんですよ。ギターに興味がないに決まってるじゃないですか。それなのに、ギターを選んだことにいまさら文句を言われるなんて筋合いは、美月先輩にはないと思うんですけど」


「……」


 美月先輩は黙り込んだ。何かを言い返す気も起きないような様子だ。しばらくすると、俺を睨むことすらやめて、視線を足元の方へ移した。


「……そうだな。すまなかった」


 目も合わせず、震えた声でそう言われた。


 そうして、美月先輩は向きを変えると、何も言わず店の外へ出ていった。いつものように凛とした立ち振舞で。それでも、彼女の後ろ姿は普段よりも小さく見えた。


「……さすがに言い過ぎたかもしれないな」

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