彼女らのプライベートは裏表が過ぎる。(2)
カラオケ店内で受付を済ませた俺たちは、12号室に案内された。
案内された部屋は三畳ほどで三人がけのソファーとコンパクトなイスとテーブルが置かれている。壁にはテレビがついており、猫の可愛らしいキャラクターがダンスをしているコマーシャルが流れている。
美月先輩と紗里奈は一緒にソファーに座った。
3人がけなのでサイズ的には座れるのだが、俺は女子のすぐ隣に座れるほどのメンタルがないので、一人でイスに座っておく。
ちなみに、カラオケの料金はフリータイムでドリンクバー付きで1人当たり500円程らしい。高校生のお財布事情にとっては有り難い料金帯だ。
「これは歓迎パーティだからな。好きなものを頼んで良いぞ」
美月先輩の言葉通り、フライドポテトとからあげとピザを一皿ずつ注文する。ただし、これ以上注文すると流石に美月先輩のお財布が可哀想なので辞めることにする。
ドリンクバーでコップに飲み物を入れている間に、注文した商品が全て届いた。そうしてパーティらしく食事の準備が出来上がった所で、座っていた美月先輩が立ち上がった。
「二人とも。コップを持て」
俺と紗里奈は言われたとおりにコップを持つ。
美月先輩は左手にコップ、右手にマイクを持った。
「えぇ〜〜、ゴホン。今日は集まってくれてありがとう。そして、入部おめでとう。今日は遠慮せず楽しんでいってくれ。では、軽音楽部の未来にカンパイ!」
「カンパイ」
「カンパ〜〜イ」
お互いのコップを当てて乾杯をする。
こういったパーティは中々味わったことがないので、これだけでも結構楽しい。加えて言えば、一緒にいる二人が美少女であるという点もとても良い。
まぁ、中身が残念なわけだが、それでも、彼女いない歴イコール年齢の俺にとっては満足だ。
「よぉ〜し、まずは部長として、私が最初に歌うか。あっ。ちなみに、ボーカル決めはみんなで数曲歌った後にやるからな。その間でしっかりと喉を慣らしておくように」
「美月先輩」
「なんだ、純太?」
「俺、ボーカルやりたくないんで、辞退してもいいですか?」
ボーカルは何よりも目立つはずだ。もちろん、俺が選ばれると決まった訳では無いが、可能性があるなら、すぐにでも可能性を断つべきだ。何より、ボーカルとしてステージ上で歌うなんて、俺の「波風立てず、穏やかに」のモットーに最も反している。
俺の言葉を聞いて、美月先輩は目を尖らせた。
「それは、あの写真を職員室でバラしてもいいという意味か?」
「なんでそうなるんですかっ!?」
「なら、文句を言わずに喉を慣らしておけ」
どうやら、ボーカル決めからは逃げられないようだ。
とは言っても、本番で手を抜けば、ボーカルに選ばれることはないはずだ。そこまで気にする必要もないだろう。
そんなことを考えている内に、美月先輩が歌い始めた。
美月先輩は歌っているのは、女性ボーカルの4人組バンド「
「わぁ〜、美月先輩うま〜い!」
紗里奈がスマホで撮影し始めた。
こういう場では堂々とカメラを向けられるので、何とも嬉しそうだ。ただ美月先輩が背中を向けている際は、明らかにスカートの中が映っていそうな画角で撮っているのが気になる。
流石は盗撮のプロである。
美月先輩は最初は恥ずかしそうにカメラに背を向けていた。しかし、曲後半になると、むしろカメラ目線になり、変なポージングまでし始めた。心の底からノリノリだ。
紗里奈にとっては最高のご褒美だろう。
それにしても、美月先輩はとても歌が上手い。俺自身、音楽のプロではないので、どこが上手いのか説明は難しいが、曲を自分のものにして歌っている感じだ。
思わず聞き惚れてしまう。
まぁ、カメラ目線でポージングしている姿を見てしまえば、惚れている自分が馬鹿らしくなってしまうのだが。
そんなこんなで美月先輩が歌い終える。
「次、私が歌います!」
名乗り出た紗里奈が美月先輩からマイクを受け取る。
「美月せ……がつか……マイク。エヘヘ」
小声で紗里奈が何か言った気がする。しかし、スピーカーから流れる曲の音が大きく、あまり聞こえなかった。
まぁ、どうせ変態的なことだろう。
歌いだしたのは、韓国の女性アイドルグループの曲だ。ダンスがインターネット上で話題となりブームを起こしており、中高生を中心に大人気となっている。学校でも女子たちがキャッキャと甲高い声を上げながらそのアイドルについて語っている所を目にする。
曲の歌詞が韓国語と中国語のみのため、正直、どのようなことを言っているのかは、俺には分からない。
しかし、楽しそうに歌う紗里奈とアップテンポなメロディが合っており、聞いていて飽きなかった。
「あぁ、やっぱこの曲、可愛いなぁ〜。はい次、片寄くんの番」
紗里奈からマイクを受け取る。
俺はマイクを一度机に置くと、カラオケのリモコンを操作して曲を入力する。俺が歌うのは男性4人組バンド「
「おっ。純太はヨージェネの曲を歌うのか」
美月先輩が俺の選曲に驚いていた。ちなみに、美月先輩の言う「ヨージェネ」とは「European・Generation」の略称だ。
「はい。ドラマ観てるうちにハマっちゃって」
「良いセンスしてるじゃないか! 純太のくせに」
「『くせに』はいらないですよ」
「さすが、自ら軽音楽部に入部しようとしただけだあるな」
「あれは美月先輩に無理矢理……」
「おい。歌が始まるぞ」
「あっ、ちょっ」
文句を言い切る前に歌が始まってしまった。
俺は慌てて歌詞を追う。
慌てたせいで音程がまるで合わない。ようやく音程が合うようになってからも、サビ部分は高音がまるで出ない。
横目で美月先輩の様子を伺う。
美月先輩は可笑しそうに手を叩いて笑っていた。本当にこの人のやり方はズルい。
どうにか1曲歌い終えた所で、俺はコップを持ってドリンクバーへ向かった。
ドリンクバーにはメロンソーダやオレンジジュース、コーヒーやカフェオレと様々な種類のドリンクが提供されている。これだけ種類があると迷ってしまう。
すると、背後から肩を叩かれた。
「ん?」
振り向くと、視界の下の方に紗里奈がいた。俺と同じように飲み物を取りに来たのだろうか。しかし、手にはコップを持っていない。
「どうしたの?」
「助けて」
短く一言、紗里奈はそう言った。
俺の腕を小さな手で掴んで引っ張っている。大きな瞳を潤わせ困り顔で俺を見つめている。
「なにかあったの?」
「うん。大事件」
大事件? まさか、俺達の部屋に不審者でも入ってきたのだろうか。
紗里奈の発言に良く耳を傾ける。
「美月先輩と密室空間で二人っきりになれて、幸せすぎて死にそう」
「……。なにが大事件だっ! さっさと、部屋に戻れ!」
「無理だよぉ。緊張しすぎて呼吸し忘れちゃうもん」
「緊張って、さっきまで普通に話したり、写真撮ったりしてただろ」
紗里奈は不機嫌そうに口を尖らせる。
「あれは片寄くんが一緒にいたから大丈夫だったの。でも、二人っきりになったらなんか、変に意識しちゃって」
「めんどくせぇ」
「そんなこと言わないでよぉ。私と美月先輩を恋人にしてくれるんでしょ?」
今度は俺の腕に、木に掴まるコアラのように強く抱きついてきた。腕に紗里奈の胸の触感が伝わってくる。身体は全体的に細いのに、胸は僅かに膨らんでいて柔らかい。
この感触を意図的に伝えているのだとしたら恐ろしい。
それに、さっきよりも顔が近い位置にある。潤んだ瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
俺はこの恥ずかしさに耐えることができなかった。
「……はぁ。分かったよ。ジュース選んだらすぐ行くから、とりあえず離れろ」
紗里奈のおでこにデコピンをする。
「イタッ。エヘヘ。良かったぁ」
紗里奈は安心したようで、微笑んでからそっと俺の腕から離れた。
俺はため息を吐きながらメロンソーダをコップに注いだ。できることなら、もう少し迷う時間が欲しかった。
「ほら、早く来て来て」
「はいはい」
こうして、紗里奈に引っ張られるような形で部屋に戻ることになった。
この後、俺がドリンクバーに行くたびに紗里奈がついてきたのは言うまでもない。
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