彼女らのプライベートは裏表が過ぎる。(1)
5月13日。
軽音楽部に入部してから初めて訪れた土曜日。天気は燦々と太陽が照らす晴れ。気温も春らしく過ごしやすいほんのりとした温かさ。まさにお出かけ日和だ。
そんな日に、俺は電車に乗って
待ち合わせの時刻は14時。俺は13時50分に到着できたので上出来だろう。
駅構内には休日ということもあり、子供から大人まで多くの人々が行き交っている。この中から肉眼で待ち合わせの相手を見つけるのはかなり大変そうだ。
スマホで相手からのメッセージを確認しながら来るのを待つ。
「あっ、片寄くんおまたせ〜!」
小鳥のような可愛い声がした方を見る。そこには、笑顔の花を咲かせた
ワイドめなデニムのパンツに上はシンプルなデザインのTシャツ。その上から春らしい黄緑色の透け感のあるロングシャツワンピース。足元には動きやすそうなスニーカー。
春らしい明るさと、それでいて白い肌を僅かに透けさせて魅せるコーデが、小柄な紗里奈にとても似合っている。
「いやぁ〜。高崎駅で待ち合わせなんて初めてだから会えるか心配だったよぉ」
「待ち合わせとかって、普通ここじゃないの?」
高崎駅は群馬県でも新幹線が止まるような大きな駅だ。その分、人が多く待ち合わせは難しい。しかし、渋谷駅にあるハチ公像のような待ち合わせの目印となるようなものがない。そのため、大抵は改札を出てすぐ眼の前の案内掲示板の前で待ち合わせるのが定番だ。
だからこそ、紗里奈の発言が不思議だった。
「私、群馬出身じゃないから、全然土地勘とかわかんないんだよね」
「え? そうだったんだ」
初耳だった。
「どこ出身なの?」
「千葉。だから、集合場所が案内板の前って言われた時、凄い不安だったんだよぉ。ここって、改札1箇所なんだね。電車も空いているし、群馬って案外いいかも」
なるほど。高崎駅をそこまで利用しない人からすれば、「案内掲示板の前」というのは不安になるのは当然だ。
「なるほど。分かったぞ。わざわざ千葉から群馬に来た理由は可愛い制服を来たかったからだな」
俺がこんなことを言うのには理由がある。
俺たちが通う私立上毛中央高校はとある理由で女子から人気なのだ。その理由とは制服の可愛さだ。
紺色のブレザーにチェック柄のスカート。そして、ストライプの入った可愛さの際立つ大きめな胸元のリボン。これらのシンプルながらもしっかりとした可愛さがあるのが人気な理由らしい。
この制服を求めて県内外から多くの女子生徒が入学してくるのだ。俺のクラスでもそのような理由でこの学校に入学を決めたという女子生徒が何人もいた。
きっと、紗里奈もそのうちの一人ということだ。
「ううん。違うよ」
紗里奈は首を横に振り、俺の推測をあっさりと否定した。
「じゃあ、なんで?」
「そんなの、美月先輩を追いかけるために決まってるじゃん」
さも当然と言った表情で紗里奈は言い放った。
そうだ。そうだった。私服の雰囲気と、にこやかな笑顔で忘れかけていた。なんなら、この前の放課後の出来事は夢なんじゃないかと思っていた。
しかし、あれは夢などではない。
紗里奈は紛れもない変態だ。
「お前、美月先輩のために群馬に来たのかよっ!」
「当然だよぉ。美月先輩がいないなら、群馬なんていう魅力のないド田舎に来るわけないじゃん」
「今すぐ群馬県民全員に謝れ!」
「群馬よりも魅力のある場所から来てしまって、ごめんなさい」
「そういう意味じゃねぇよ!」
「あっ。でも、美月先輩がいる群馬は魅力高いから安心して」
「何を安心すれば良いんだ俺は。ってか、どうやって千葉で美月先輩と出会ったんだ?」
「それは……ピュアな乙女の秘密」
「ピュアな乙女は盗撮なんてしないんだよ!」
さて。そんなわけで紗里奈と合流ができた。と、ここで一つ忠告しておきたい。これは荒川とのデートというわけではない。俺はつい先日出会った女子(変態)をいきなりデートに誘えるような男ではないのだ。
このお出かけは、俺でも紗里奈でもない人物が提案したのだ。そのため、これから行く目的地や、そこで何をするのかも俺たちは全く知らない。
では、一体誰がそんなお出かけを提案したのか。その答えとなる人物は数十分後に現れた。
「おっ。2人共、予定時間にしっかり集合できているなんて。関心、関心」
上から目線の台詞と共に現れたのは、
チェック柄の入ったロングスカートに、上はふんわりとした感じの白いブラウス。足元には大人っぽいローファー。全体的には白い印象のコーデに、ワンポイントとしてブラウンのショルダーバッグ。
美月先輩のスタイルの良さも相まってとても大人っぽく見える。
「美月先輩。今、何分だと思います?」
「う〜ん、14時2分くらいか?」
「残念でした。14時20分です」
「あ〜、惜しいっ! 数字は合っていたのか」
「全然惜しくないですよ! 1桁違うじゃないですか!」
遅刻をしているというのに、まるで反省する様子がない。それどころか、クールに格好つけてさえいる始末だ。
「まぁまぁ、落ち着け。よく言うだろう? 『ヒーローは遅れてやってくる』って」
「美月先輩はヒーローじゃなくて部長です」
「よく言うだろう? 『部長は遅れてやってくる』って」
「それただのダメ人間じゃないですか!」
そんなこんなで、俺たちは目的地へ向けて移動を始めた。
美月先輩を先頭にして高崎駅の西口を出る。そのままバスのロータリー上の通路を歩き、大きなショッピングモールの中に入っていく。
このショピングモールは比較的最近に建てられたものだ。8階まである建物には若者向けのお店が多く入っている。その為、建物の中は20代前後の人々が多く見受けられる。
そして、気のせいだろうか。そんな人々から時折妙な視線を感じる。加えて、なにやらヒソヒソと俺たちに関する何かを言われている気がする。
と、そんな中でとある男性二人組の声が聞こえてきた。
「なぁ。あの2人、めちゃくちゃ可愛くない?」
「それな」
「モデルとかかな?」
「さぁ?」
なるほど。視線を感じた理由を理解した。
みんな美月先輩と紗里奈を見ているのだ。たしかに2人共、すれ違えば必ず二度見してしまうほどの美少女だ。注目が集まらないはずがない。
性格を知ってしまえば、目を背けたくなるような二人なのだが。
しかし、そんな人々からの注目は気にせずに、2人は歩いていく。俺も置いて行かれないようについていく。
「もしかして、これからショピングするんですか?」
美月先輩のすぐ後ろを歩く紗里奈が尋ねた。
「いいや。今日の目的はショピングではない」
その言葉通り、美月先輩の足は洋服屋の前で止まることなくスタスタと進んでいく。
そして、そのすぐ後ろを紗里奈がついていっている。時折、顔を近づけてはクンクンと背中の匂いを嗅いでいる。警察犬にも負けず劣らずの嗅ぎっぷりだ。見ているだけで寒気がしてくる。
しかし、紗里奈の行動に気づかない美月先輩はどんどんと歩いていく。あらゆる店の前を通り抜け、ショッピングモールの出入り口すら通り抜けてしまった。そしてなぜか、駐車場に続く連絡通路に来てしまった。
美月先輩はなにを考えているのだろうか。まさか、何も考えずにここまで歩いてきたとでも言うつもりだろうか。
俺は恐る恐る尋ねる。
「これ、どこ向かってるんですか? もしかして、道に迷ったわけじゃないですよね?」
「純太は何を言ってるんだ。向かってるもなにも、もう目的地に着いたぞ」
「え?」
美月先輩は見ろと言わんばかりに指をビシッと力強く指していた。
連絡通路を渡る手前。そこには、カラオケ店の入口があった。
「こんなところにカラオケがあったんですね」
「当然だ。それなのに、なんで純太は『迷ったわけじゃないですよね?』なんて言うんだ」
「すみませんでした」
素直に頭を下げて謝っておく。
「で、なんでカラオケなんですか?」
美月先輩は得意げにふふんっと鼻を鳴らした。
「あぁ。2人のために入部歓迎パーティをしようと思ってな」
「美月先輩優しい!」
紗里奈が目を輝かせて感動している。
カラオケでの歓迎パーティというのはとても嬉しい。ただ、ここで俺も「美月先輩優しい」なんて言うと、美月先輩は絶対に調子に乗るので言わないようにする。
「おっと、それだけじゃないぞ。このカラオケにはもっと大切な意味があるんだ」
「なんですかそれ?」
「それは……」
美月先輩がわざとらしく間をあけている。紗里奈はそれに合わせてゴクリと息を呑んでいる。
ただ、俺はそんなおふざけに付き合うつもりもないので、外の景色を眺めながら答えを言うのを待つ。
「……私達のバンドでのメインボーカルを決める!」
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