俺の同級生は偏愛が過ぎる。(3)

 俺と荒川さんが握手をしてから数分後、美月先輩が帰ってきた。


 俺と荒川さんは並んで美月先輩の前に立つ。


「では、早速活動を始めるか」


 美月先輩はやる気満々で目を輝かせていた。それもそのはずだ。初めての部としての活動。部長として指揮する立場にやる気がないわけがない。


 俺はそんな彼女に素朴な疑問を投げかける。


「活動って、具体的に何をするんですか?」


「まずは当然、楽器のパート決めだ。2人はやりたい楽器の希望はあるか?」


 美月先輩が投げかける。


 すると、ビシッと勢いよく荒川さんが手を挙げた。必死に腕を上に伸ばす姿が小柄さも相まって小学生のようだ。


「私、ドラムやりたいです!」


「おぉ。紗里奈はドラム希望か!」


 美月先輩が目を見開いて食いついた。


 荒川さんがドラムを希望するとは驚いた。どうにも見た目からはドラムを叩く彼女の様子が想像できないからだ。


「ドラム経験があるのか?」


「いいえ。ただ、カッコいいし、やりたいなって気持ちが強くて」


「それは良いことだ」


 美月先輩がうんうんと頷いている。


「……それに、後ろからなが……るし」


 荒川さんが小さな声で何か言ったのが僅かに聞こえた。


「ん? 何か言ったか?」


「い、いえ、いえ。なんでもないですよ〜〜」


 美月先輩にも聞こえていなかったようだ。まぁ、そこまで気にすることでもないだろう。


「では、純太はギターかベース。どっちがいい?」


「……正直どっちも経験がないんでどっちがいいとかは……。美月先輩は希望とかないんですか?」


「私か? 私はギターもベースもドラムも全てできるからな。どれでもいいぞ」


「え? 全部できるんですか?」


「美月先輩凄いです!」


 荒川さんが尊敬の眼差しを美月先輩に向ける。


 美月先輩は僅かに頬を赤らめて恥ずかしそうだ。


「ま、まぁな。小学生の頃にドラムをやっていて、中学生の頃からはギター。ベースは高校に入学してからできるようになった」


「凄いですね。っていうか、ベースって、1年であんなに上手く弾けるようになるんですね」


 素人目ではあるが、先輩のベースはかなり上手く弾けていたように見えた。となると、ベースは弾くのが簡単な楽器なのだろうか。


「別に私のベースはそこまで上手くないぞ」


「え? そうなんですか?」


「ギターをやっていた分、習得するまでのコツを掴むのが早かっただけだ」


「なるほど。ギターとベースって、弾き方似てるんですね」


「それなりにな。ってそんなことより、純太はどっちをやりたいんだ?」


「うーーん……」


 ギターもベース弾き方が似ているという話を聞く限り、弾けるようになるまでの難易度は同じようだ。美月先輩はどちらも弾けるようなので、俺がどちらを選んでも問題はないはず。


「……俺はギターやりたいです」


 というわけで俺は、言葉としての馴染みの深いギターを選んだ。


「ギターか……」


 美月先輩がポツリと聞こえないような声量で呟いた。僅かにうつ向いたその表情はなぜだか悲しげだ。しかし少しすると、また普段の凛とした表情に戻っていた。


「なら、私はベースだな。では、2人にはアレを渡そう」


 美月先輩は棚から2冊の雑誌を取り出した。


「なんですか、それ」


「これは練習本だ。もちろん、私がいる時はある程度やり方を教えるつもりだ。だが、その本があれば私がいなくても練習できるだろう?」


 そう言うと、俺と荒川さんそれぞれに1冊ずつ練習本を手渡した。


「ありがとうございます」


「ありがとうございま〜〜す」


 俺が渡された練習本の表紙にはでかでかと「ゼロからはじめるエレキギター 入門編」と書かれている。荒川さんのものには「ゼロからはじめるドラム 入門編」と書かれている。


 いかにも、初心者向けの練習本といった感じだ。


「その本は家に帰ってからしっかりと読んでおくように。よし、それじゃあ、最初は楽器のイメージを湧かせるためにも実際に構えてみるか。紗里奈はそこのドラムに座ってみろ」


「は〜〜い」


 紗里奈が部室の奥に置かれている赤色のドラムの後ろに回る。そして、緊張した表情でそおっと慎重にイスに座る。


「どうだ。実際にドラムに座ってみた感想は?」


「そうですね……、なんか、太鼓いっぱいって感じです」


 なんと言うか、安直な感想だ。まぁ、しかし、実際そんなものかもしれない。


「それじゃあ、試しにこのドラムスティックで叩いてみろ。あっ、ドラムは学校の備品だから、壊さないようにな」


 そう言って、美月先輩は荒川さんにドラムスティックを手渡す。


 荒川さんはドラムスティックを受け取ると、ギュッと握って構えた。


 手始めに、左前の小太鼓を軽く叩く。ドッという単音が鳴る。それに「おぉ〜〜」と呟きながら、今度は左前のシンバルを叩く。シャーーンという長く甲高い音が鳴る。それにまたまた「おぉ〜〜」と呟く。


 今度は5つの小太鼓をランダムにダンダンと叩きだした。そして、ある程度叩き続けた所で、それを締めるかのように、両端にあるシンバルを同時に叩いた。


 リズムを刻むなど、ドラムっぽいことはしていないが、最後にシンバルを叩くと、なんだか一曲を叩き切ったかのように聞こえるから不思議だ。


 叩き終えた荒川さんは満足げに微笑んでいる。


「どうだった? 初めてドラムを叩いた感想は?」


「音がすごい大きいですね! それに、叩いている時、すごいストレス発散できそうな感じで気持ちよかったです。2人から見て、私の演奏はどうでした?」


「うん。よく叩けていたと思うぞ」


「俺もそう思う。最後にシンバルで締める感じなんて、いかにもドラムやってますって感じだった」


「そ、そうかなぁ〜〜エヘヘ」


 荒川さんは頭に手を当てて嬉しそうに微笑んでいる。褒められると素直に顔に出るようだ。


「よし。じゃあ今度は純太だ。私のギターを貸すからちょっと待ってろ」


 そう言って、美月先輩は黒いケースからギターを取り出した。色は赤色。持ち手は濃いめの茶色で派手さが印象的だ。


「これはFenderフェンダー Mustangムスタングというエレキギターだ。高いから気をつけてくれ」


「分かりました」


 俺は慎重にエレキギターを受け取って、ベルトを肩にかける。見かけによらず、案外ずっしりとした重さがある。そして、想像よりも遥かに厚みがない。


 俺が肩にかけている間に、美月先輩は手際よくエレキギターとスピーカーをコードで繋いでいる。そして、スピーカーのいくつかのつまみを左に回してから電源を入れた。


「純太。そのギターのつまみを少しひねってみてくれ」


「分かりました」


 俺は言われたとおりにいくつがあるつまみをひねる。


 すると、美月先輩は俺に角の丸い正三角形をした黒い小さなものを渡してきた。俺の知識が間違っていなければ、これがピックというものだろう。


「そのピックで弦を軽く弾いてみろ」


 俺はピックを上から下に弦に当てるようにして下ろす。


 すると、ジャーーンとギターらしい音が聞こえてきた。


 音は俺の想像よりも音は遥かに低い。てっきり、キーンというような頭に響く音がすると思っていたがそうではないようだ。


「どうだ。初めてのエレキギターの感想は?」


「ギターだなって感じです。あと、想像よりは音が低いです」


「それは弦を押さえてないからだな。まぁ、やり方は後で教える」


「美月先輩っ!」


 突然、ドラムの後ろに座っている荒川さんが声を上げた。


 美月先輩はくるりと後ろに振り向く。


「なんだ?」


「せっかくなんで、写真撮りませんか?」


「写真か! 良いな!」


「それじゃあ、私がスマホセッティングしておくんで、美月先輩はベースの準備していてください」


「分かった」


 荒川さんはイスを部室の中央に持っていくと、そこにスマホを置いて位置を調整し始めた。筆箱などを利用して上手く角度が合うようにしている。


 カメラの向きから察するに、画角は恐らくドラムを中心としている。その為、俺はドラムの右前の位置に立ち、服装とギターの持ち方を決める。


 その間、美月先輩はせっせと白色のベースを準備している。手際の良さは素晴らしいが、ドラムの左前に立つ位置を決めてからの振る舞いが、凛とした雰囲気を急に醸し出し始めた。


「スマホの準備できました〜〜」


 荒川さんが手を振って合図を出している。


「俺は準備できてます」


「私も大丈夫だ」


「それじゃあ、タイマー10秒にセットしますよ」


 そう言って、画面をタッチした荒川さんが慌ててドラムの後ろに立つ。ドラムスティックを掲げて、嬉しそうな笑顔をしている。


 俺も美月先輩もそれを見て笑顔になり、そのままの表情をカメラに向ける。


 数秒後、パシャリという音と共に写真が撮られる。


 写真には俺たち3人の笑顔が綺麗に収められていた。


 ただし、俺はギターの持ち方がなんだか不格好に見える。また、荒川さんも大きなドラムに対して小柄な体型がミスマッチしているように見える。唯一、美月先輩だけはベースを華麗に構えた慣れた感じの雰囲気を出せているように見える。


 流石に経験者であると実感させられる。


 荒川さんは写真をじっくりと見ると、テキパキと画面を操作している。


「それじゃあこの写真は後で送るんで、RAINレインのID交換してもらって良いですか?」


 荒川さんの言う「RAIN」とは、無料で使えるメッセージアプリのことだ。


「分かった。それじゃあ一度楽器を片付けるか」


 美月先輩の指示を聞いて、俺たちは片付け方を教わりながら楽器を元の位置に戻した。


 とここで、俺はとある事を思い出した。


「あっ。そういえばまだ美月先輩ともRAINのID交換してなかったですね」


「あぁ、そう言えばそうだな」


 昨日は突然の入部で忙しく、今日は部活から逃げようとしたり、ベースを習ったりで忙しかった。そのため、RAINのIDの交換なんてまるで頭になかった。これを機会に交換しておくとしよう。


「えっ!? 意外!」


 なぜか荒川さんが驚いている。


「意外って、なにが?」


「私てっきり、2人はもう交換しているかと思ってました。2人って、もうすでに知り合ってから一週間以上経ってそうじゃないですか」


「俺と美月先輩は昨日知り合ったばかりだから」


「それにしては仲良すぎません? どんな出会い方すれば、そんなにすぐに仲良くになれるんですか?」


「それは……」


 とても言う気にはなれない。まさか、パンツを拾った所を写真に撮られ、それで脅される形で出会ったなんて、言えるはずがない。


「え? 片寄くん、なんで黙ってるの?」


 荒川さんが純粋な目で俺の顔を覗いてくる。そんな彼女に事実を伝えてしまえば、少なからずこの目は軽蔑の目に変わってしまう。そんなことは、何が何でも避けたい。


「いや、ええっと……」


「純太が私のパンツを盗んだ所を、私が見つけたのが出会いだ」


 美月先輩が自然な口調で言った。


「えっ!?」


「ちょっとっ! なに言ってるんですか!」


「ハハハッ。冗談だ、冗談」


 美月先輩は可笑しそうに大笑いしている。涙まで流しているほどだ。


 ただ、冗談の内容が内容なだけに、俺は少しも笑えない。これでパンツの件が荒川さんにバレたら、今後どのように接していけば良いのか分からなくなってしまう。


「本当は私が落としたハンカチを純太が拾ってくれたんだ。そうだろう?」


 美月先輩が意地の悪い笑みをこちらに向けてくる。この人には人の心がないのか。


 俺は必死に苦笑いをする。誤魔化せれば良いのだが。


「……やっぱり…………んだ」


 よく聞こえないような小声で荒川さんが何かを呟いた気がした。


「え? なんか言ったか?」


「いえ。別に」


 荒川さんは特に何もないといった様子だった。


 パンツの件がバレていないようだったのが幸いだ。


 一方、美月先輩は未だに可笑しそうに俺を口元を手で隠して微笑んでいる。


 こんな人とパンツの件がバレないようにこれから過ごしていがなければならないのか。


 俺はただため息を吐くばかりだった。


 こうして、なんとか軽音楽部としての初日の活動を終えた。


 美月先輩は自身の楽器のメンテナンスをするとのことで部室に残るらしい。そこで、俺と荒川さんは先に帰ることとなった。


 俺のすぐ右隣を荒川さんが歩いている。小柄なため歩幅が小さい。そのため、少し歩く速度を遅くしておく。


 時折、すれ違う生徒から視線を感じる。それもそうだ。こんな美少女を隣に連れて歩いているのだから。


「ん? なんか私の顔についてる?」


 荒川さんが不思議そうに俺の顔を上目遣いで覗いてくる。


 目の前には大きくて輝く瞳。まつ毛もスッと長く伸びている。それでいて幼気のある童顔だ。


 そんな彼女に至近距離で見つめられて緊張しないはずがない。


「い、いや、別に」


「そっか……。ねぇ」


 突然、荒川さんが俺の制服の裾を摘んだ。


「なに?」


 荒川さんは何故か頬を赤らめていた。変に地面を見て、反対の手はスカートをギュッと握りしめている。時折、こちらを見て、目が合うとすぐに視線を下に落としてしまう。


 何か俺に言いたいことがあるのだろうか。


 しばらく、そんな状態が続いた。そして、荒川さんは何かを決心したように俺の方を向いた。そして、静かに口を開いた。


「あ、あのさ、このあと……私の部屋に来ない?」

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