俺の同級生は偏愛が過ぎる。(2)
「さぁさぁ、イスに座ってどうぞくつろいでくれ」
「あ、ありがとうございます」
突然、軽音楽部に入部したいとやってきた女子生徒。そんな彼女を決して逃がすまいと、美月先輩は優しげな態度で対応する。
「喉は乾いてないか?」
「大丈夫です」
「部屋は暑かったり、寒かったりしないか? エアコンですぐに調整できるぞ」
「いえ、全然大丈夫です」
「イスは硬くないか? 硬かったら、すぐにクッションを買ってくるぞ」
「あ、いや、その、全然大丈夫です……」
だが、美月先輩の必死で過剰なもてなしは女子生徒を引かせていた。気まずそうにして美月先輩と目を合わせていない。たとえ合ったとしても下手な愛想笑いをしている。
見ているだけでいたたまれない。
このままでは、せっかく入部してくれそうなチャンスを逃してしまう。美月先輩のパンツトラップの被害者を増やさないためにも、何とか食い止めなくては。
「美月先輩。それよりも、まずは自己紹介とかしたほうが良いんじゃないですか?」
「はっ。そうだな」
美月先輩はごほんっと軽く咳払いをし落ち着く。
「私は2年、黒瀬美月。この軽音楽部の部長をしている。そして、そこにいるモブキャラみたいな男が1年の片寄純太だ」
俺は女子生徒に向けて軽く頭を下げる。
「よろしく。って、俺のことモブキャラみたいって思ってるんですかっ!?」
「あぁ、そうだ」
「……」
美月先輩のあまりにもアッサリした返事に思わずツッコミたくなる。だが、女子生徒の目の前で言い合いをするのも気が引ける。
ここは黙っておくことにする。
「それで君の名前は?」
「えっと、私、1年の
荒川さんは小さく頭を下げた。
美月先輩はその様子を真剣な眼差しで見ている。その堂々とした態度は部長として相応しく感じる。
「なるほど。では紗理奈。君はなぜ軽音楽部に入部したいんだ?」
「……」
「ん?」
なぜだろうか。荒川さんはぼーっと美月先輩を見つめたまま動かなくなってしまった。心ここにあらずといった感じだ。質問の答えは一向に出そうにない。
美月先輩は困ったように首を傾げた。「おーーい」と声をかけながら荒川さんの目の前で手を振る。
すると、ハッとした荒川さんが慌てて我に返った。
「ご、ごめんなさい。なんかぼーっとしちゃって」
「いいや構わない。入部とは緊張するものだからな。それで、君はなぜ軽音楽部に入部したいんだ?」
「えっと、その……私、今まで部活動ってものをやったことがなくて、経験してみたいなってのが理由です」
「なら別に、軽音楽部でなくてもいいのではないか?」
「それはその……」
そう言って、荒川さんは言葉を詰まらせた。
何か言えない事情があるのだろうか。
荒川さんは気まずそうに美月先輩から目をそらした。そして、なぜだか俺の方を一瞬見て、すぐさま視線を足元に落とした。
「まぁ、言えない事情があるならそれはそれでいい。では、入部届を書いて貰ってもいいか?」
「は、はい!」
美月先輩が俺に目線で合図する。恐らく、棚から入部届の紙を取れと言っているのだろう。
俺は棚から入部届の紙を取り出した。そして、美月先輩が差し出してきた右手に渡す。
「よし。では、ここに名前を書いてくれ」
「はい!」
荒川さんは丁寧に入部届けに名前を書いていく。
すると、美月先輩が俺に近づいてきた。そして、荒川さんに聞こえないような小声で話しかけてきた。
「今さっきの、いいな」
「今さっきのって、なんですか?」
「目線で伝えるやつだ。部長とその下僕の暗黙の了解って感じで、カッコよくないか?」
「いや、そんなカッコよくないですって。ってか、下僕は酷くないですかっ!」
「なんだ? 私の下僕になれて嬉しくないのか?」
「俺はそんなことで喜ぶM体質じゃないですっ!」
そんな風にツッコんでいる時だった。
ガタンッ!
荒川さんがやけに大きな音を立てた。
恐らく、机に足でもぶつけたのだろう。
「おい、純太。お前が『M体質』なんていかがわしい事を言ったせいで慌てさせてしまったじゃないか!」
「先輩が下僕とか言うからですよ。と言うか美月先輩」
俺は美月先輩に耳を貸すように手招きする。
「ん? なんだ?」
美月先輩は素直に耳を近づけてきた。
俺は荒川さんに絶対に聞こえていないような小声で耳打ちする。
「なんと言うか、荒川さん。ちょっと様子が変じゃないですか?」
「いや、あれはただ入部のやり取りに緊張しているだけだろう」
「そうですかね……」
俺は正直、あの態度が入部のやり取りの緊張によるものだとは思わなかった。
美月先輩に目の前から質問されて、それをぼーっとして聞き流す。軽音楽部に入部する理由もハッキリとは言わない。それに、今こうして耳打ちしている際にも、こちらの様子をチラチラと見て伺っている。
俺や美月先輩に対して、何かを隠していることは間違いない。
「書き終わりました」
荒川さんが立ち上がり、美月先輩へと紙を渡す。
「よし。確かに受け取った。じゃあ、私は一度職員室へ入部届を持っていく。2人はそこで待っていてくれ」
そう言って、美月先輩は職員室へと向かった。
残された俺と荒川さんはどうしようかと辺りをキョロキョロと見回していた。
こういう時は、男である俺から話しかけるべきなのだろうか。いいや。悩む必要はない。今後、同じ部活動の仲間として仲良くなるためにも、今から積極的に会話すべきに決まっている。
「……」
と、心の中では会話をしようと思ったのだが、何を話すべきなのか分からない。彼女いない歴=年齢がゆえの弊害が出てしまった。
ひとまず、荒川さんの様子を横目で伺う。
近くで見てみると、彼女がかなりの美少女であることに気付かされる。
肩の辺りまでのふんわりとした内巻きの茶髪ボブ。ほっそりとして全体的に小柄なスタイル。ガラス玉のような大きく愛らしい目。頬がほのかにピンク色に染まっている柔らかそうな肌。
美月先輩をクール系な美少女とすれば、荒川さんは可愛い系の美少女だ。
そんな彼女に俺から話しかけようなど、早々できない。
すると、荒川さんと一瞬、目線が合った。
慌てて目線を適当な場所に移す。
「あの、片寄くん」
「は、はい?」
同級生なのに敬語を使ってしまった。落ち着け。落ち着くんだ俺。
「あの、クラス、何組?」
「あぁ。俺は3組」
「そっか。私は1組」
「なるほどね……」
「……」
なにやってるんだ俺。せっかく荒川さんが話しかけてくれたのに、なるほどねの一言で会話終わらせるなよ!
アニメなんかで定番の美少女の幼馴染が俺にもいれば、もう少し気の利いた会話でもできただろうに。
すると、なぜか荒川さんが一歩、二歩と近づいてきた。そのままじっと俺を凝視している。
「あのさ、一つ聞いてもいい?」
荒川さんが上目遣いをしながら問いかけてきた。
「な、なに?」
「片寄くんって、今、彼女とかいる?」
「え? 彼女!?」
まさか、出会ってこんなにもすぐにそんな事を訊かれるとは思っていなかった。流石に動揺してしまう。
俺は恥ずかしさを隠すために頭をかきながら、そっぽを向いて話す。
「彼女なんていないよ」
「へぇ〜〜。でもさ、なんか美月先輩と仲良さそうだよね。そういう関係じゃないの?」
「まさか。美月先輩とはそういう関係じゃないよ。ただの先輩と後輩って感じ」
「へぇ〜〜、そうなんだ。エヘヘ」
俺の答えを聞いた荒川さんは、なぜだか嬉しそうに目を細めて微笑んでいた。そして、なぜか更に一歩近づいてきた。
そして、右手を差し出してきた。
「それじゃあさ、これからよろしくね」
どうやら握手のようだ。
「あぁ、よろしく」
荒川さんの小さく柔らかな手を握る。手のひらからほんのりとした温かさを感じる。
「ふふん、なんかちょっと恥ずかしいね」
「た、確かに」
お互い苦笑いしながら手を離す。
荒川さんはそれでも嬉しそうに微笑んでいた。
荒川さんの様子がおかしく感じたのは俺の杞憂だったようだ。恐らく、美月先輩が言っていた通り緊張していたのだ。実際、一対一で話してみれば、こんなにもフレンドリーな人じゃないか。
俺はこの部活で初めて仲間と呼べる存在と出会えたかもしれない。彼女とは絶対に仲良くしておこう。心からそう誓った。
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