俺の同級生は偏愛が過ぎる。(1)
5月12日。金曜日。
強引に軽音楽部へと入部させられた翌日のこと。
俺は無断で部活を休むことにした。
俺を入部させるがためにあんなズルい計画を立てる変人美少女、
ということで、俺は美月先輩にバレないように生徒玄関までやってきた。このまま学校を出てしまえば、いくら美月先輩が探そうが見つからないはずだ。
すると、ピンポンパンポーン、と校内放送が流れ始めた。
『生徒の呼び出しをします』
放送から聞こえてきた声は聞き覚えのあるものだ。それも、ごく最近聞いた、とても印象的なものだ。
声の明るさからして女子生徒だろう。しかし、俺の知り合いに放送部はいない。となると、どこで聞いた声だろうか。
『1年3組、
「え? 俺?」
呼び出しをされるような事を何かしただろうか。少なくとも、校則違反や犯罪行為などをした覚えはない。
注意深く放送を聞く。
『あの写真を職員室に持っていかれたくなければ、至急、放送室まで来てください』
「ふざけんなぁぁ!!」
考えるよりも先に体が動いていた。
俺は放送室へ全力で走り出した。途中、廊下を走るなと先生に注意されたが、そんなことは関係ない。
そうだ。なぜ予想できなかったのだろうか。あの人は普通の人ではない。あの人は普通の人なんかより何倍もセコくて、何倍もズル賢い変人美少女だ。校内放送を使って脅すことぐらい余裕でしてしまう。
美月先輩とはそういう人だ。
『繰り返します』
「繰り返さなくていいわ!」
放送室にツッコミながら飛び込んで何とか放送を止めることができた。
しかし、これで証明されてしまった。少なくとも美月先輩が部活を引退するまで、美月先輩と活動するしかないことが。
その後、俺はしぶしぶ美月先輩と軽音楽部の部室へと向かった。
部室に入ってすぐ、俺はグダりとイスに座った。そして、机に体を預けて頭を伏せる。
危うく例の写真がバレてしまう所であったがために、精神的に辛いのだ。
「なかなか部室に来ないから心配したんだぞ」
「心配してくれる人は普通、校内放送で脅したりなんてしませんよ」
「脅しなんてしていない。ただ涼太の犯罪行為を全校生徒に知らしめようとしただけだ」
「それを『脅し』って言うんですよ!」
この人とは話すだけで疲れてしまう。この上で部活動だなんて考えたくない。
と、ここで、俺には1つの疑問が生まれた。
俺は頭を上げて美月先輩を見る。
美月先輩は口に手を当てて何かを考えているようだった。
こうした凛とした佇まいの彼女は、映画のワンシーンのようで美しい。しかし、1度中身を知ってしまえば、そんな事を思うだけで恐ろしいのだが。
「そういえば、軽音楽部って俺以外にあと何人部員がいるんですか?」
昨日の入部が突然過ぎたが故に、軽音楽部についての情報を俺は全く知らなかった。
今の時点だと、部室には俺と美月先輩しかいない。遅れているのだろうか。
「0人だ」
「え?」
「現在、軽音楽部の部員は私とお前の2人だけだ」
「マジですか?」
「マジだ」
なるほど。だから、俺1人が入部しただけで「1人も」と言ったのか。
「ちなみに、部員2人って、学校の規則的な問題はないんですか?」
「校則違反などではない。ただ、部活動としては大いに問題がある」
「それってどういうことですか?」
質問に対して、美月先輩は不思議そうな表情をした。
「何をとぼけているんだ? 私達は軽音楽部だぞ。ギター、ベース、ドラムスと、最低でも3人いないとバンドが組めないではないか」
「あ〜〜なるほど……」
返事はしておいたが、正直、理解できていない。これは俺の知識不足だが、バンドが最低3人は必要だという事を知らなかったのだ。
すると、歯切れの悪い俺の返事が気になったのか、美月先輩が俺を凝視してくる。
「まさか、2人でもできると思っていたのか?」
「はい。何となく、ギターとドラムがいればできるんじゃないかと。その、ベース?って必要なんですか?」
「必要に決まってる! もちろん、2人でも定義としてはバンドになるが、ベースの有無でバンドサウンドの厚みがまるで変わってくるんだぞっ!」
美月先輩が物凄い勢いで顔を近づけてくる。もう少しで薄ピンク色のくちびるに触れてしまいそうだ。
俺は慌てて体を反らして美月先輩との顔から距離を取る。
「そ、そうなんですか」
「と言うか、まさか、純太はベースを知らないのか?」
「えっと、はい。すみません……」
これには素直に謝っておく。
美月先輩は俺からヒョイと身軽に離れた。それから、腕を組んで不満そうに口をとがらせる。
「まったく。軽音楽部に入部しておいてベースも知らないとは」
「いや、入部『した』じゃなくて、『させられた』ですから! それに、知らないことは美月先輩が手取り足取り教えてくれるんじゃないんですか?」
「……それもそうだな。そうか。私は先輩として後輩に教えなくてはならないのか!」
何やら美月先輩は嬉しそうだ。
太陽のような笑顔を見せたまま、楽器がしまわれているであろう黒いケースの方へとスキップしていく。そうして、黒いケースの中からギターを取り出した。色は白色で、持ち手の部分が黒い。
美月先輩はそのギターに付いているベルトを肩にかけた。
「純太。こっちに来い」
「はい」
言われたとおりに、美月先輩に近づく。
その間、美月先輩はスピーカーとギターをコードで繋げていた。そして、スピーカーに付いているスイッチやツマミをいじっている。
それらをいじり終えると、ギターをビシッと俺に向けて見せる。
「これがベースだ。名前は『
「え? これって、ギターじゃないんですか?」
「よく見てみろ。これには弦が四本しかないだろう?」
確認してみる。確かに弦は四本しかない。
「そして、音もギターとは違う。よく聞いてろ」
そう言うと、美月先輩はすっと伸びた細い指で弦を弾く。
すると、スピーカーからブーンといった低音が鳴った。
「どうだ?」
「思ってたより低い音ですね」
「その通り。ベースは低音でバンドを支えるような楽器だ。よし。では特別に一曲聴かせてやろう」
美月先輩は足を肩幅に開いてベースを構える。
静寂が部室に広がる。
その静寂を待ちわびたかのように、美月先輩が勢いよくベースを弾き始める。
今度は先程のように弦を弾くだけでなく、弦を叩くようにしながら低音を鳴らしている。それに加えて、持ち手部分を左手が素早く上下に移動して四本の弦を押さえている。
右手の弾く、叩く動きの激しさもさることながら、左手の動きのしなやかさが俺の目を釘付けにしていた。
スピーカーから出る低音が身体の芯まで響いてくる。低音で奏でられるメロディとはこれほどまでにカッコいいのかと驚かされる。
そして何より、美月先輩が楽しそうな笑顔をしている。凛とした立ち振舞いに対して柔らかな表情とのギャップが、クールながら可愛らしさも兼ね備え、彼女の魅力を倍増させている。
少なくとも、今までで一番可愛い。
そうして魅了されているうちに、美月先輩は見事に一曲を弾き終えた。
俺はすぐさま拍手をする。
「どうだった?」
「めちゃくちゃカッコいいです!」
この感想はお世辞でもなんでもなく、心の底から出た素直な本心だ。こんなにも間近であんな演奏を見せられて、興奮しないはずがない。
美月先輩は嬉しそうに微笑む。
「そうだろう、そうだろう! さぁ、それではこれから練習を……ってそうじゃない!」
美月先輩がハッとした様子でベースを片付け始める。
「え? 練習しないんですか?」
「だから言っただろう。部員が3人いないとバンドは組めないと」
ベースを黒いケースに入れると、腕を組んで「う〜〜ん」と唸り始めた。目を細めていかにも困っている様子を見せている。
すると突然、ビシッと勢いよく俺を指さした。
「純太よ。部活動勧誘で何か良い案はないか?」
「勧誘ですか……」
軽く考えてみる。
「部活動してなさそうな人に声かけてみたり、ポスター貼ったりじゃないですか?」
「そんな普通なものでは駄目だ。もっと軽音楽部のオリジナリティ溢れる感じのもので」
「演奏を見せるとかですか?」
「私一人に演奏しろというのか? それでは路上ライブをする売れないシンガーソングライターみたいじゃないか!」
俺が出した案をことごとくダメ出ししてくる。それに、不満げに俺を見てため息まで吐く始末だ。
なんだか無性にイライラしてきた。
「もっと軽音楽部の魅力を伝えられるような勧誘は思いつかないのか!」
「他人に伝える以前に、俺が軽音楽部の魅力を知らないんですよ!」
「ではなぜ純太は入部したんだ?」
とぼけた様子で美月先輩は首を傾げる。
「美月先輩に脅されたからですよ! っていうか、文句ばっかり言わないでくださいよ。せっかく考えてるんですから」
「私は先週一週間、勧誘し続けたんだ。これ以上案が出るわけない」
美月先輩は開き直り、むしろ自慢げに案が出ないことを主張した。何に対して胸を張っているのやら、俺には理解できない。
「ちなみに、勧誘って、具体的に何をやったんですか?」
「着ぐるみを着て踊ってた」
「あれ美月先輩だったんですかっ!?」
「そうだ。あれで注目されれば部員なんてすぐに集まると思ったんだが」
美月先輩は小声で「くそっ」と言いながら、本気で悔しがっている。
確かに多くの人から注目されてはいた。だが、それを見て軽音楽部の部員になろうと思う人はいるわけがない。まさか、本当にそんな馬鹿げた勧誘で部員が集まると考えていたのだろうか。
「あぁ、どうすれば部員が集まるんだ……。そうか、また、パンツを道端に落とせば!」
「させませんよ!」
部室を出ていこうとする先輩の腕を思いっきり引っ張る。
パンツを拾う様子をカメラに納めれば、確実に部員は増える。しかしこれ以上、俺のような哀れな被害者を出す訳にはいかない。
「離せ! 私には勧誘の使命があるんだ!」
「強迫の間違いでしょ!」
こうして、バタバタと二人で暴れている時だった。
「あの、すみません」
部室の出入り口から小鳥のような可愛らしい声がした。
「え?」
俺と美月先輩は揃って声のする方を見る。
そこには、茶髪ボブの小柄な美少女が気まずそうに立っていた。彼女は不安げに口を開く。
「私、軽音楽部に入部したいんですけど」
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