俺の先輩はズルが過ぎる。(1)
4月。それは始まりの季節。日本中のあらゆる場所で新たな出会いがあり、人々の活気がそこらで溢れかえる。
それは当然、俺の通う
登下校時に生徒玄関から校門までの数十メートルの間にびっしりと先輩達の列が連なる。そして、新入生に向けて男女問わず部活動勧誘が行われる。
勧誘と一言に言っても、そのパターンは様々だ。一人一人に声をかけるもの。看板を持って練り歩くものやパフォーマンスを行って注目を集めるもの。謎のキャラクターの着ぐるみを着て踊るものまでいる。
着ぐるみに関しては、どんな部活かが全くわからないのだが。まぁ、しかし、先輩達の必死の勧誘は見ていてとても面白い。ただ、それと同時にとても胸が苦しくなる。
俺がそれらの勧誘を全て断っているからだ。
俺の高校生活におけるモットーは「波風立てず、穏やかに」だ。牙を向いて面倒事に顔を突っ込む。そんなものはまっぴらごめんだ。
普通に登校して、勉強をして、友達と話して、授業が終わればすぐに帰る。これが俺の理想なのだ。
そのため、部活に入部するなんてアグレッシブなことは避けなくてはならない。
勧誘の様子を楽しむだけ楽しんで入部はしない。そんなことを部活動勧誘期間中ずっと行っていれば、さすがに申し訳なく感じてしまう。
だからこそ、部活動勧誘の時期が終わるゴールデンウィーク過ぎはとても心地が良かった。罪悪感を感じずに済むからだ。
5月11日。木曜日。
俺は罪悪感のない心地よさを感じながら下校していた。
すると、校門までの道のりに何かが落ちているのを見つけた。遠目ではよくわからないが、少なくとも落ち葉や枯れ草のような自然のものではない。綺麗な白色をした手のひらサイズの小さなものだ。
「なんだあれ?」
近づいて確認する。
落ちていたものの正体は白色の布だった。ハンカチのようだが、表面には丁寧な刺繍がされており、かなり高価そうだ。
「部活動勧誘の時に誰かが落としたのか」
勧誘を全て断った罪悪感を無くすためにも、少し良い行いをしておくべきだろう。
俺はハンカチを拾った。そして、どこかに持ち主の名前などが書かれていないかとハンカチを広げて確認する。
しかし、このハンカチは妙だ。生地が薄くて柔軟性が僅かにある。それに大きな穴があって形も三角形だ。高級なハンカチとはそういうものなのだろうか。あいにく、ハンカチに関しての知識が全くないのでわからない。
「なっ!?」
俺は大きな勘違いをしていたことに気付いた。これはハンカチなどではない。
女性用の下着。パンティだ。
「何でこんなもん落ちてんだっ!」
着ぐるみの装飾やらが落ちているのならまだ理解できる。しかし、パンツが落ちているなんて誰も理解できる訳がない。第一、パンツとは落とすものなのだろうか。ここが女子更衣室なら可能性はあるが、校門までの通り道に落ちているはずがない。
というか、俺はこんな物をここで持っていて大丈夫なのか?
白いパンツを持って道路脇に立つ自分の姿を想像する。
……うん。確実に変態だ。
俺は何事もなかったかのようにパンツを道路に置こうとする。そうしてパンツが僅かに地面に触れた時、突然、どこからともなく声がした。
「ふっ。お前の犯行全てを見させてもらったぞ。新入生」
「っ!?」
俺は慌ててパンツをポケットに隠す。そして、声の出どころをキョロキョロと見回して探す。
聞こえてきたのは女性の声だ。落ち着きがあり、頭の中にすっと浸透するかのような声だ。
少なくとも、俺の知人ではない。それに、「新入生」という口ぶりから察するに先輩だろうか。
すると、路肩に停められていた自動車の影から一人の女子生徒が出てきた。
腰まで伸びる黒髪。女子にしては少し高めの身長。全体的にスラッとした細身だが、制服を着ていても分かるくらいには膨らんでいる胸と、恵まれたスタイル。切れ長の目が印象的な整った顔立ち。
紛れもない美少女だ。
彼女は不敵な笑みを浮かべながら俺を見ている。
視線が怖い。
が、そんなことを気にしている暇はない。パンツを持っているなんてバレたら、今後の高校生活が危うい。早く誤魔化さなければ。
「は、犯行? 何のことでしょうか?」
「隠しても無駄だぞ。お前が拾ったところを私は見てたんだからな」
「い、いやだなぁ、先輩。俺はただ、落ちていたハンカチを拾って、忘れ物として届けようとしてただけですよ。アハハ」
この場は無理矢理にでも切り抜けるしかない。俺は必死に作り笑いをする。
「ハンカチ? おかしいな。私の目にはパンツに見えたのだが」
「っ!?」
完全に見られてしまっている。というか、車の影から見ていてパンツって分かるとは。化け物じみた視力だ。
だが、俺はこんなところで諦めない。
「パンツ? そんなもの落ちてるわけないじゃないですか。アハハ。それじゃ、俺は忘れ物届けてくるんで」
そう言って180°向きを変えると、早歩きで生徒玄関へと向かう。
「ちょっと待て。新入生。逃げるのは自由だが、この写真がどうなってもいいのか?」
「写真?」
振り返って確認する。
先輩の手にはスマホが握られていた。その画面には何かが映っている。じっと眺めて確かめる。
そこには、白いパンツを凝視する男子生徒の姿が映っていた。恐らく、誰がどう見てもいかがわしい行為をしているようにしか見えない写真だ。
そう。紛れもなく、いかがわしい行為をしているように見える俺の姿だ。
「い、いつの間にこんな写真を!?」
「ふんっ。こんなこともあろうかと、車の影からこっそりと撮っていたのだ」
先輩は誇らしげに胸を張った。
「……まじか」
どうやら、彼女のほうが一枚上手だったようだ。
こんなにもハッキリとした証拠が残っていては弁解のしようがない。正直に白状しよう。
さらば、俺の輝かしい未来。
「……先輩。嘘と思うかもしれませんが、本当にハンカチだと見間違えていたんです。それで、拾ってみたらパンツで」
「にわかには信じられないな」
心を深くえぐるような鋭い目つきで俺を凝視してくる。
「本当なんです! 信じてください!」
必死に頭を下げる。だが、俺の必死さとは裏腹に、先輩は静かにスマホの画面を見つめている。
「だとしても、こんなにパンツを凝視するものか?」
「それは、名前がどこかに書かれていないか確かめようとして」
「パンツのか?」
「パンツじゃなくてハンカチのです!」
「……信用できない。よし、この写真を職員室の先生方に見せに行くとするか」
先輩が生徒玄関へと向かって歩きだしてしまった。俺は急いで通り過ぎる彼女の腕を掴む。
「ちょっ、ちょっと待ってください! それだけは勘弁してください。どうか許してください」
「なぜお前を許さなくてはならないのだ、新入生。私にはメリットがないだろう?」
「メリット……」
考えろ。なんでも良い。とにかく今この場を切り抜けられるような彼女にとってのメリットを考えるんだ。
富? 名声? 力?
駄目だ。そんなもの海賊王ならまだしも、俺が持っているわけがない。こうなったら、あまり言いたくはないが、定番のセリフを言うしかない。
「……なんでも先輩の言うことを聞きます」
「今、なんでもと言ったな?」
想像以上に先輩は食いついてきた。腕をギュッと引っ張られ、顔を間近から見つめられる。やはり「なんでも」という言葉は恐ろしい。大金でも要求してくるのだろうか。
しかし、これだけ近くで美少女に見つめられるのは人生初だ。切れ長で吸い込まれそうになるほど綺麗な黒い瞳が眼の前にある。それに、ほのかにいい匂いがする。妙に胸が高鳴ってしまう。
せめて、もう少し良い状況で見つめられたかった。
「はい。なんでもと言いました」
「ふふん」
先輩は嬉しげにニカッとした笑みを浮かべた。そして、勢いよく俺の腕を引っ張ったかと思うと、全速力で走り出し始めた。
「なら、今すぐ私について来い」
「え? ちょっ、ちょっと! どこ行くんですか、先輩!?」
「それは着いてからのお楽しみだ!」
そう言われて、俺は先輩に引っ張られながら校舎の中を走り続けた。さながら暴走機関車のようだ。それからしばらくして、一つの教室の前でピタリと立ち止まった。
「さぁ、着いたぞ」
俺はドアの横に取り付けられた文字の書かれたプレートを見つけた。
「先輩。ここって」
先輩は教室のドアを勢いよく開けた。そして、仁王立ちしながら誇らしげにこう言い放った。
「ようこそ。我が軽音楽部へ」
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