事の経緯とその顛末

第43話 1

 上級生のお嬢様にお茶会を誘われた時、考えられる可能性は何があるか。

 一つ、求婚。お互いに顔すら知らないはずだし、まずあり得ない。

 一つ、専属護衛の依頼。これは割とあり得る。俺強いし。

 一つ、とりあえず見物。これも無くは無い。頭のイカれた貴族ならやりそうな事だ。

 そして最後に、カシアスから有難い情報を提供される。


「マリアナは私の婚約者だ。彼女は私を溺愛している」


 一つ、溺愛する婚約者を敗かした男を総力を上げて潰す。もうこれしかない気がしてきた。

 誰がそんなお茶会に行きたがるだろうか。

 その日の放課後、俺はカシアスに首根っこを捕まえられながら地団駄を踏んで駄々を捏ねていた。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!行きたくない行きたくない行きたくない!」

「子供じゃあるまいし、駄々を捏ねるな!」

「絶対面倒な事になるじゃん!行゛き゛た゛く゛な゛い゛!」

「行かなくても面倒になるだけだぞ!私がついているのだから来い!」

「ォ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛」


 カシアスの言葉に確かにと納得した俺は、カシアスにズルズルと引き摺られて朝方勧誘された一学年上の先輩が主催するお茶会の会場へと進む。

 今は自分の足で歩きたくないからと全体重をカシアスに委ねると「いい加減、自分で歩け!」と頭を叩かれる。

 コイツ、本当に俺が国家転覆や世界を滅ぼさないか監視してるんだよな?扱い雑すぎない?


「痛いなあ・・・お前さぁ、俺が恨んで暴走とか考えないの?」

「ああ、オクトヴィルの子息がいる限り、お前は暴走しないだろう」

「なんで急にロランが出てくるんだよ」

「いや、とある噂を聞いてな。それを聞いて少し考えが変わった」

「カイも言ってたけど噂ってなんだ?考えが変わったって何が変わったんだ?」

「・・・ほら、もう少しで着くぞ」

「話逸らすなよ!」


 カシアスはカイと同じように噂の話を持ち出して妙に納得した顔をしていたが、俺の問いには答えない。

 というか、わざとはぐらかしていたりする。

 次々と繰り出される追求を悉く躱すカシアスの後を追っていると、突き当たりにある大部屋前へ辿り着く。

 先頭を歩くカシアスがチラリと俺の方をみてからドアを三回ノックすると、中から「どうぞ」と男の声がする。使いの黒服の声だ。

 その声を合図にドアは開く。

 開かれた部屋の内部はまさしく豪華絢爛。煌びやかな装飾に、お高そうな茶器と甘ったるそうな事この上ない茶菓子がズラリと並んでいて、奥にはいかにもお嬢様といった立派な縦ロールが印象的な女性が佇んでいる。


 その人が件のマリアナ・カンテルジアニだという事はすぐにわかった。


 一つ歳が上と言われても違和感を抱きかねない幼さとあどけなさを感じさせる見た目ではあるのだが、カシアスの顔を見るや否やその彼女の表情は恋する乙女へと一変する。

 努めて冷静に装ってはいるものの、やはりどこか照れ臭かったりするのか身体を左右に小さく動かしている。

 その動きに合わせて、先になればなるほど細くなるドリルタイプの縦ロールがユラユラと揺れ、俺は初めてみるドリルロールに興奮を抑えきれない。


「あら、お越しになったのね」


 マリアナはそう言うと、初めて見る縦ロールに興奮する俺を睥睨した後にカシアスへ顔を向ける。

 その表情の変わり様は激しく、俺は向けるゴミを見るような目から一転、カシアスへ向ける表情は恋する乙女そのものだ。


「カシアス様、ご機嫌麗しゅうございます」

「ああ、マリアナもごきげんよう」


 そう言って、マリアナはフリルの裾を摘み片足を後ろに引いて膝を曲げてお辞儀をして、それに対してカシアスも頭を下げて答える。

 元いた世界ではカーテシーという挨拶がある。目の前のマリアナはそれと似た、というかまんまの作法で挨拶をしていた。

 これは異世界においても変わらない所作なんだなと不思議に思っていると、マリアナは再び俺に視線を向ける。


が例の平民ですか」

「これ呼びかよ」

「ああ、そうだ。マリアナとは初対面だな」

「ええ、そうですわ。噂通り、野蛮そうで」

「野蛮・・・」

「お下劣で品性の欠片も感じないですわ」

「このドリルロール、俺に喧嘩売ってるのか?」


 一切俺と目を合わせなかったマリアナは、ドリルロールという単語に反応して睨みつけてくるが、俺の噛み付くような視線を目にすると蓄えた縦ロールを揺らして大袈裟に反応する。

 後ろに仰け反り、声を上擦らせて「ひぃあ!」と間抜けな声を出して尻餅をつく。

 その様が可笑しく思えた俺は、尻を摩る彼女をついつい鼻で笑ってしまった。


「あ、あああ、貴方!何故わたくしをみて笑っていらっしゃるの!?」

「別にその立派なドリルロールには笑っちゃいないっすよ」

「ド、ドリルロールとはなんですの!」

「意味はわからないが、侮辱している事だけは伝わるぞアーガマ」


 侮辱したつもりはないのだが、ドリルロールという言葉が二人には意味がわからないながらも侮辱に聞こえたらしく、マリアナは顔を赤くしながら恨みのこもった鋭い眼光を俺に向け、カシアスはジト目で俺を見る。

 明らかにお茶会での俺の立場が危ぶまれているのだが、異世界人にドリルは通じない発見を得たのでそれはそれで良しとしておこう。

 あれだけ嫌がってたお茶会への緊張感や忌避感がマリアナのおかげで薄れたりもした。感謝の意を込めて挨拶をする。


「ええと、よろしくお願い申し上げます」


 爽やかな笑顔を織り交ぜたカイ・ロット直伝の貴族特化型・平民専用ご挨拶を炸裂させるが、効果は今一つのようだ。

 カシアスは「なんだ、学習はするのだな」と感心してはいるのだが、当のマリアナはわなわなと肩を震わせている。

 なんで、どうして、何故そんな怒りに満ちた表情で俺を睨むんだ。と、その表情に困惑しているとマリアナはどこからともなく取り出した扇子を広げ、声高々に言う。


「平民風情が!私に易々と話しかけないでいただけるかしら!」

「はあ?お前からお茶会に俺を誘ったんだろうが!」


 あんまりな物言いにすかさず突っ込みを入れてしまうが、それが悪手だったようで、マリアナはわざとらしく大袈裟に反応してから続ける。


「まあ!口調も荒いし態度も粗雑!なんて野蛮なの!」

「なんだと!?カシアスの婚約者だからって調子に乗るんじゃねえぞ!」

「カシアス様!こんな平民とご一緒なんてしてはいけませんわ!はカシアス様のお優しさに漬け込む気でしてよ!?」

「言いがかりだ!それにそんな優しくないだろ!」

「なんですって!?お前なんかと比べなくとも、カシアス様のお優しさは山よりも高く海よりも深くってよ!」

「カシアス!コイツ殴っていいか!?ヨシ!」

「なにがヨシだ!いいわけがないだろう!」


 聞きはするものの、その返答を一切待たずに腕まくりをする俺の頭をカシアスは叩く。

 相対するマリアナも息を荒立てており、怒りの形相を閉じた扇子と共に俺へ向け、不機嫌さを隠そうともしない重々しい声を発する。


「平民、カシアス様の実力が如何程かご存じで?」

「ああ、無詠唱で魔法を使われた時はビビったよ」

「そうでしょうとも!」


 ふふんと胸を張り、誇らしげにマリアナは言う。

 鼻高々にカシアスの功績を聞いてもいないのにベラベラと述べ続け、半分以上聞き流している俺に「ご理解いただけたかしら!?」といつの間にか開いていた扇子をバチンと勢いよく閉じる。

 当然、話を半分も聞いていない俺はどう答えれば良いのか思案するが、結局はカシアスが強いのは事実な訳で、それを包み隠さず言えば良いだけだ。

 そう思ってマリアナのご機嫌取りをするつもりで口を開くーーが


「カシアスが相当強いのはわかってるよ。


 その発言が、マリアナ・カンテルジアニの逆鱗に触れる。

 青筋を立て目を吊り上げたマリアナは、黒服の「お嬢様、お行儀が悪いですよ」という忠告を無視してでも椅子の上に立つ。

 低い背を高く見せようと更に爪先立ちになり、威嚇と言わんばかりに広げた扇子をブンブンと回して白い歯を剥き出しに牙を剥く。


「貴様のカシアス様を酷く侮ったその態度が!私は大変気に入らなくってよ!」


 より一層荒立たしく肩で息をしてマリアナは捲し立てて続ける。


「そもそも貴様のような平民如きが、カシアス様と決闘など言語道断!例え決闘をカシアス様が快く受理してくださったとしても、平民の貴様は立場を弁えて即辞退するべきですわ!」

「は?決闘を持ちかけたのはカシアスからでーー」

「言い訳不要!」


 すかさず言い返しはするが、マリアナはピシャリと言い切って聞く耳を持たない。

 その様にカシアスも黒服も半ば諦めた様子で溜め息を吐いており、カシアスに至っては「事実が歪曲して伝わっている・・・」と顔を顰めている。

 しかし、マリアナはそんなカシアスの様子に気づく事なく、ただ俺一点だけを睨み続けて憎悪を曝け出す。

 口撃は止まらない。


「事も有ろうにカシアス様に決闘を申し込んだ貴様は!カシアス様から過分なお心遣いをいただいたにも関わらず!それを理解しないまま卑怯な手を使ってカシアス様を辱めた!私はそれが許せません!」

「待て、マリアナ!アーガマはーー」

を辱めた事を、一生涯かけて後悔させて差し上げますわ!」


 広げた扇子を閉じて、マリアナは言い切る。

 あまりにも突飛で大胆な告白に、俺は閉口せざるを得ない。

 確かに二人は婚約者同士なのだから、想い合っていてもおかしくはないのだが、この話の流れで言われるとは思わず返答に困ってしまう。

 途中口を挟んだカシアスも一応は平静を保ってはいるが、咳払いをするその姿をよくみれば少し頬が紅潮している。つまるところ、照れているのだ。

 甘酸っぱい青春だなあなんて思っていると、黒服がマリアナの横まで移動して耳元で何かを囁く。すると、マリアナの顔はみるみると赤く染まって行き、自分が口にした言葉の意味をやっと理解する。

 湯気が出そうな程赤く染まったその顔のまま、マリアナは椅子から降りて顔を背けた状態で再度俺に扇子を向ける。


「・・・ですから!私はお前をこの場にお呼びしましたの」

「それで?俺にお礼参りしたいと?」

「はぁ!?私がそのような野蛮な行いをするとでも!?」

「違うの!?じゃあなんなんだよ!」


 ギラギラと敵意を剥き出しにするマリアナは、咳払いを一つして「いいですか」と続ける。


「本来ならお前のような平民、ましてやカシアス様を辱めた輩なんかをこの場に呼びつけるような事は致しません」

「じゃあなんて呼んだんだよ」

「ご用命を承ったからですよ」

「それは、誰に?」


 俺のその問いにマリアナは不敵な笑みを見せる。

 もったいぶって「それはですね」と間を置いていると、ドアが三度ノックされる。誰かが来たようだ。

 そのノックを受けて丁度良いとマリアナは黒服に頷いて見せると、黒服はドアを開けてドアの前にいる人物を室内へ招き入れる。


「失礼」


 そう言って入ってきたのは、艶のある黒い髪を肩まで伸ばし、この学園の制服を模範かの如くキッチリと着用した少女で、端正なその顔立ちからは想像を絶する程生気を感じられなく、白すぎる肌は彼女から感じる冷たさを更に助長させる。

 たった今入室したのにも関わらずその存在感は絶大で、室内の気温が一気に下がったように感じる。

 それは彼女から漏れ出る小魔力オドが原因なのか、それとも単純に換気のために開けられた窓から冷気が入り込んでいるのかは定かではないが、確かな事は一つ、俺の勘がこの女は危険だと告げている。

 隣にいるカシアスでさえ、生唾を飲み込むほどに緊張して硬直している。

 そんな張り詰める空気の中、マリアナだけが流暢に喋り続ける。


「平民、お前をここに呼び出したのは他でもないわ。私はーー」


 その先は聞かなくてもわかる。冗談だろうと笑い飛ばしたいが、この状況で入室してきた彼女が無関係な訳がない。

 前後の話を思い返せば、何故彼女がここへ来たかつぶさに理解できる。

 それを確かめる為に、或いはそれが的外れである事を願うようにマリアナの言葉を遮って、俺は先にその答えを口にする。


「この人が貴女に頼んだわけだ?」

「・・・ええ、そうでしてよ」


 無慈悲に、答え合わせは済まされる。

 生気の感じられない彼女を尻目に、引き攣った笑いしか出せない俺をみてマリアナは機嫌良さ気に微笑んで見せると、「お前も存じているかとは思いますが」と彼女のもとへ歩を進ませる。

 コツコツコツと靴のヒール部分が床に当たる音だけが室内に木霊する事数秒。彼女のもとへ辿り着いたマリアナは意気揚々と、紋所を突きつけて御老公の身分を明かす時代劇の従者のように俺を真っ直ぐ見やる。そして


、セリーナ・ハサウェイ様であらせられましてよ!」


 観念しろと言わんばかりの視線を俺に注ぎ、言い放つ。

 セリーナ・ハサウェイと紹介された彼女に目を向けると、彼女も切れ長の目を俺に向けてきて目が合ってしまう。

 入室してから未だに表情を崩さない彼女が、一瞬だけ眉を動かすとズンズンと歩み寄って来て俺の手を取る。そしてーー


「貴方、ニカーヤ?」


 と、表情を微動だにしないながらも、俺の目をじっと見つめて問う。

 どれだけ勇んでも結局女性耐性の無い俺は、端正な顔立ちの彼女を前にただただ心臓を高鳴らせて


「ひ、人違いじゃないですかね・・・?」


 と声を絞り出すのが限界だった。

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