第二章

始まりは、穏やかに

第42話 1

 平民が暮らす街は、王都より少し離れた所に位置する。その広さは広大で、王都を取り囲むように平民街は広がっている。

 王都と平民街を行き来する所には関所があり、至る所に王国騎士団の駐屯所が存在する。

 そのせいもあってか、平民街は内側に行けば行くほど治安が良く、外側に向かえば向かう程、治安は悪化する。

 そんな平民街の中央に位置するとある酒場で、一人の男と女がグラスを片手にカウンターに腰掛ける。

 閑古鳥が鳴くその酒場は、ほんの数十年前までは昼間でも賑わいを見せる平民街の名所だったが、とある盗賊が少女に惨殺される事件が起きてからというものの、昼も夜も人が寄りつかない店へと変わり果てていた。

 そんな店を切り盛りするオーナーは、そこを一人の男に貸し与える事で今まで食い繋いで来た。

 その男の名は


「ヒューゴ、今日私を呼びつけた要件はなに?」

「ああ、いや。なに、君も知ってるだろう?さ」

、それがどうしたの?」

「君本当に他人に興味がないな?学園の新入生として入学したってアストナージから聞かなかったかい?」

「知らない。私、学園では彼とあまり話をしないから」

「マジか、これは面倒だな。折角セイラ達の居場所を突き止められると思ったのに」


 ヒューゴと呼ばれた男はそういうと、グラスの中の氷を踊らせて、飄々とした態度で話を続ける。


「フェリシア、君にもそのアーガマと接触してもらいたい」

「何故?」

「アストナージは慎重になって行動してはいるが、彼だけじゃ心配でね。アーガマとの接触も楽だろう?」


 ヒューゴが言うと、フェリシアと呼ばれた女は深くため息を吐いて首を振る。

 切れ長の目をヒューゴへ向けてもう一度溜息を吐いてから口を開く。


「嫌。私が興味あるのはニカーヤだけ。アーガマと言っても、ニカーヤじゃない者には興味がない」

「強情だねえ・・・セイラ達が今どこで何してるか気にならないのか?」

「ならない。私が気になるのはニカーヤだけ」

「初恋をいつまでも引き摺るんだねえ」


 ケラケラと笑ってヒューゴが揶揄うと、フェリシアは肩を思い切り叩いて咳払いをする。

 仏頂面は崩してはいないが、頬は僅かに紅潮し目も潤んでいる。

 そんなどこか儚げな表情をするフェリシアをみて、ヒューゴはやれやれと肩をすくめる。


「とりあえずアーガマに会ってみなよ。そしたら、ニカーヤの居場所だってわかるんじゃない?」

「それなら・・・やってもいい、かも」

「なら、セイラ達の名前は出さないまま接触してくれ。彼に警戒はされたくないからね」

「ん、わかった」

「よし!」


 流される形ではあるが、了承したフェリシアの肩を叩いてヒューゴは笑う。

 気分が良くなった彼は、グラスの中身を空にすると「もう一杯!」と真っ昼間から酒を仰いでいる。

 そんなヒューゴを尻目に、フェリシアはまた一つ溜息を吐いて「それと」と続ける。


「今の私はもうから、その名で呼ばないで」

「ええ?何が不満なのさ、僕らは未来永劫不滅だろ?」

「それもこれも、全部ニカーヤのおかげ。彼がいたから、私達は今こうして。だから貴方も彼も前の名前は捨てるべき」


 フェリシアはそう言うと、席から離れて店の出入り口へと歩いていく。

 勘定は僕持ち?とヒューゴは言うが、フェリシアは当然とばかりにそれを無視して扉に手をかける。

 ヒューゴに「じゃあ今の君の名前は?」と問われると、凛とした姿勢を崩さずに振り向いて彼女は答える。


「セリーナ・ハサウェイ。いい加減覚えて頂戴」

「はは、それはすまないね。フェリシアの印象が強いもので」

「フェリシアもアランもアストナージも、今その名を語れば御伽噺の名を語る阿呆になってしまうわ。私達は今の名前で呼び合うべき。そうでしょ?」


 そう問いかけるが、フェリシアーー基セリーナはヒューゴの答えを待たずに店を後にする。

 ヒューゴはその後ろ姿を眺めながら


「まあ、確かにそうだね」


 と酒を仰ぐ。

 これから先、ヘムズワース学園へ入学を果たしたアーガマがどんな災難に見舞われるか想像しながら。


にまで目をつけられちゃあ、新入生は肩身の狭い思いをするしかないな」


 はははと軽快に笑って、次々と酒を呷る。

 ヒューゴの機嫌はとても良い。

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