第41話 2
俺がダンジョンに入ってから出るまで、体感では三十分も無かった気がする。
でも実際は、朝早くにダンジョンへ入ったにも関わらず、ダンジョンを出る頃には夜になっていた。
時間の流れがおかしいとか色々と考えるが、最終的にはまあどうでも良いと片付ける。強いて言うのなら、一日を無駄にしたなって悲しい気持ちになるだけだ。
それに問題は次の日、俺らが学園に行く前から寮前にはウェインさんが仁王立ちで待ち構えていた。
入学早々無断で欠席した事とダンジョンへ学生だけで潜った事を咎められている時にどこからともなく現れたガルアドットさんにしばかれ初めてかなり困惑した。
ウェインさんは教員としての職務を全うしているだけで、言ってる事はまともなんだけどなあとガルアドットさんを止めると
「そもそも、この人が決闘を受理さえしなければ起こり得なかった問題です」
とウェインさんを睥睨しながら言う。
ガルアドットさん、頼もしい人とは思っていたけど、ウェインさんに対しての扱いが酷すぎないだろうか。
いや、ウェインさん結構喜んでるし利害が一致してるのかもしれない。
それでも無断欠席とダンジョンへ学生だけで行った事は咎められるべきとの事で、今回は厳重注意で済んだが次回は懲罰を設けるそうだ。二度と行かないと思うけれど、気をつけて学園生活を送ろうと思った。
また、ついでにダンジョンの異常性についてもウェインさんとガルアドットさんに話をした。
俺は森の周りにあったダンジョンしか知らない。大人の二人なら何か知ってるかと思ったが、首を傾げて顔を見合わせるだけで初耳だと言う。
この情報を元に調査するとウェインさんは言っていたので、後は全て任せた。
そうして、入学早々サボった学園へ登校するため、先に出たロランとルカの後を追う。
道中、ロランは俺の事を待っていてくれていたが、ルカは先に行ってしまったらしい。それは別に良いのだが、何でコイツらはウェインさんに引き止められなかったんだ。サボったのは同じだろう。
「ああ、アーガマ、やっと来たか。昨日は来なかったから話ができなかった」
教室に入ると、俺の姿を見つけたカイがいの一番に駆けつけてそう言う。
何か俺に話したい事でもあるのかと身構えると、隣を歩くロランに気がついたカイは顔を引き攣らせる。
「何だ、お前。またロランをいじめるのか?」
「いや、違う。噂通りお前らってそう言う仲なんだな」
「は?なに?何の噂!?何の話だよ!」
「それはそうと、サウロには謝ってきたよ。彼女も無礼だったと謝ってたし、聞きたかったことも聞けた。お前のおかげだアーガマ」
「そう、よかったね。じゃねえよ!話逸らすなよ!噂ってなんだよ!」
俺とロランに纏わる噂が何か気になってカイに問いただすが、カイははぐらかすばかり。
ロランの方を見ればなにやら喜んでおり、「えへへ」と笑っている。まさか、ルカがした誤解のようなものが噂として流れているのだろうか。
俺とロランはそんな関係じゃないのにと頭を抱えていると、今度は後ろから声をかけられる。
「さっさと教室に入れアーガマ」
「うわ、カンポだ!」
「何だその反応は、カシアス様の邪魔だぞ!」
そう言われてカンポの後ろに目をやると、ゾロゾロとカシアス御一行が現れる。
その中にはカシアスの邸宅へ行ったきり、ダンジョンから出る頃には姿を消していた取り巻きBとCの姿もある。
「取り巻きBにCじゃん。お前らなんで昨日ダンジョンまで来なかったの?」
「取り巻きビーとシーって誰だよ!俺はドスだ!」
「僕はブグレスだよ!」
カンポの後ろにいる取り巻き二人は案外ノリが良いようで、俺の発言にツッコミを入れてから自己紹介をする。
それから、どうやら話を聞く感じではドスとブグレスは、昨日にカシアスの邸宅に行ったきりカシアスの母親に捕まりダンジョンへ向かえなかったらしい。
しかも、カシアスの母親が息子の身を案じて取り巻き達に説教した訳でもなく、幼少期のカシアスの思い出をベラベラと話して二人を拘束していたらしいのだ。どうかしている。
ドスとブグレスの話を聞いて苦笑いをしていると、今度はカシアスが俺に話しかけてくる。少し照れた様子で咳払いをして、一歩二歩と俺に近づく。
「まあ、カンポにドスにブグレスには既に言ったがな。お前らにも言わなければならない」
「え、なにを?」
「まずはオクトヴィルの子息に平民のサウロ・・・はいないのか?まあ、いい。後で個人的に言おう。わざわざダンジョンまで向かわせて悪かったな」
「いえ、とんでもないです」
カシアスの言葉にロランが丁寧に返すと、「うむ」と一言言ってカシアスは視線を俺に移す。
「なんだ、その、お前にも礼を言わなくてはな。それと、体調に変わりはないか?」
「体調?特に変わった点はないかな」
「そうか、なら良い。もし不審な点があったら言え。その時は検査を手配してやる」
「え、いや・・・わかった」
厚意のつもりで言ってくれたのだろうと察して、無難な返事をするとカシアスは目を擦る。
先程から焦点があまりあっていない気がするのだが、もしかしたらカシアスの体には不調でも起きてるのだろうか。
だから、ダンジョンに潜った俺にも体調の変化を聞いたのかと訝しんでいると、「だが勘違いするなよ」とカシアスは続ける。
「お前の事を信頼した訳ではない。監視は続けるからな」
「ええ・・・あそこで言った事は本心なんだけども」
「だとしてもだ、もしもの場合がある」
コイツおっかねえなあと耽っていると、ロランが袖を引っ張ってくる。
そちらの方へ目を向けると、きょとんとした瞳でロランは尋ねてくる。
「ダンジョンの中で何か話したの?本心とかって」
「え?ああ、俺が今後どう生活するかみたいな話をしたよ」
「ああ、そうだ。オクトヴィルの子息よ。コイツは力が異常すぎるからな、国家転覆でもするのかと聞いたんだ」
「ああ、なるほど。それで、シローはなんて答えたの?」
「学園生活を満喫する。更なる自由を手に入れる。だ!」
一同の空気が固まる。
誰も何も言わない。顔を引き攣らせて乾いた笑いをこぼすのみ。
国家転覆のつもりもないし、俺はこれから自由に楽しく生活していくつもりだと述べるが、反応は相も変わらず。
どうしてそんな微妙な反応をするんだと嘆いていると、沈黙を貫いてきたカイが口を開く。
「それは・・・無理じゃないか?」
「なんでだよ!」
「アーガマは仮にもカシアス様とバーナード様を倒した上に、ウェイン教諭まで圧倒したんだ。上級生が黙っているわけがない」
「そうだな、ロットの子息の言う通りだ。お前、これから先自由があると思うなよ」
「は?はぁ!?!?!?」
なんでその程度の問題で上級生から目をつけられなきゃいけないんだよ!そんなヤンキー校みたいに俺これから上級生から絡まれ始めるのか!?
そんな俺の困惑を他所に、カイ達は話を進める。
「それに、アーガマはかなり傲慢だからな。上級生は生意気な下級生を締め上げるつもりで来ると思うぞ」
「まあ、でも少しくらいは私が口を聞いてやる。お前には恩もあるからな。ただ、傲慢なのはどうにかしろ」
「待て待て、揃いも揃ってお前らはよ。俺は傲慢なんかじゃねえぞ!俺が自認してるのは、人間不信だ!なあ、そうだろ!?ロラン!」
「ええ・・・っと」
俺が話を振ると、ロランは口籠る。
はっきりとしない口調で何かを言いたげだが、躊躇しているようで言い切らない。
そんな態度にカシアスが痺れを切らして「オクトヴィルの子息よ、遠慮するな。言え」と言うと、意を決したロランは言う。
「シローは、傲慢だよ。人間不信って感じは全然しないかな」
なんて事言いやがるんだ。
入学してから寝食を共にして殆ど一緒にいたにも関わらず、俺とロランの俺への評価に乖離が生じている。
まさか、冗談だろうとカシアスやカイの方に顔を向けると二人は黙って頷いている。
カンポやドスにブグレスはとそちらの方へ視線を向けても対応は同じ。寧ろ「お前は傲慢の代名詞だ」とまで言われる始末だ。
「アーガマ、すまないがお前が人間不信と感じる事は今まで一度も無かったぞ。それよりも、お前は傲慢だ」
「そんな、カイ!嘘だろ!?」
「嘘じゃないな。お前の私に対する不遜な態度を見れば、誰だってお前を傲慢と断ずるだろう」
そんな!と肩を下ろすが、それは周知の事実らしく誰もカシアス達の言葉に反論しない。
唯一助言らしい助言と言えば、ロランの「そこがシローの良いところだったりするよ?」って発言くらいだ。いや、これ助言か?
レイ師匠すみませんでした。俺はレイ師匠の言葉を守れずに、どうやら傲慢になってしまったみたいです。
天を仰ぎ今は離れて暮らす師匠へ謝罪をしていると、カシアスは更に「そう言う事だから」と続ける。
「上級生はお前を確実に狙ってくる。私でも庇いきれない方々は多くいる。まあ、頑張れ」
「アーガマ、お前はこれから騒動の渦中に必ずいる人になるだろう。自由なんて夢のまた夢だぞ」
「そ、そんな!」
「気を落とさないでシロー!ボクがついてるよ!」
そうやって教室前でわちゃわちゃしていると、遠方から一人の黒服がやってくる。
その黒服は俺の元まで来ると、マリアナ・カンテルジアニ様の使いだと言って一礼をする。
それを受けてカシアスは頭を抑え溜息を吐き、カンポ達はクスクスと笑い始め、カイは「ほら来た」と言う。
なんなんだと困惑していると、黒服は続けて
「シロウ・アーガマ様へ、マリアナお嬢様からお茶会のご招待が来ております」
と、言った。
お茶会だあ?誰がそんなのに参加するかよ。と顔を顰めていると、カシアスが茶化したように言う。
「早速来たぞ、騒動のお出ましだ」
「は?」
「黒服、そのお茶会は私も同席してよろしいか?」
「はっ、マリアナお嬢様もお喜びになられるかと」
「なら、良い。アーガマ、わかるか?お前の夢は遠いぞ」
鼻で笑うカシアスに同調して一同は頷いている。
俺の夢とは自由を謳歌する事だ。そして、それを阻むようにこれから先は様々な騒動が俺を中心に巻き起こる。
「シロウ・アーガマ。お前の蒔いた種だ。自分でそれを刈り取るまで自由はないと思え」
「そんな、そんな・・・!」
自分が騒動の渦中にいるんじゃ、自由なんかある訳ねぇ!
肩を落とす俺にそれぞれ激励を送るが、その殆どが面白半分といった様子である。
シロウ・アーガマの学園生活は始まったばかり。だと言うのに、これから先思いやられる事ばかりだ。
前途多難である。
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