それからとこれから
第40話 1
「平民如きに敗れるとはな、失望したぞ」
威圧的に言い放つその男は、王立ヘムズワース学園貴族寮のとある生徒が生活する一室へと訪れていた。
「・・・申し訳ありません」
男に言われて深々と頭を下げるのは、バーナード・コユクック。カシアス・イオクと共に、シロウ・アーガマへ決闘を申し込んだ挙句、無情にも敗れた男だ。
そんなバーナードが対面する男は、ノーラン・コユクック伯爵。バーナードの父である。
バーナードがシロウに倒された後、学園はノーランへ報せを送り、それを受け取ったノーランは翌日にはヘムズワース学園へと足を運んでいた。
だがそれは我が子を心配する親の行動ではない。
「私が来た時に目を覚したのは褒めてやる。無駄足では無くなったからな」
ノーランはバーナードに対して言葉をかけるが、決して自身の息子の顔を見ようとはしない。
窓から見える外の景色を眺めて、ノーランは続ける。
「私が何の為に貴様がコユクックの姓を名乗る事を許していると思っているのだ。イオクの倅と共闘して平民に挑んだ挙げ句倒されるとは・・・情けない」
「誠に、申し訳ありません・・・」
「一族の恥晒しだな。そんな不甲斐ないお前をボーフォートの令嬢と婚約させる訳にはいかない」
「ち、父上それは・・・!?」
ノーランの言葉に、未だ寝台で上体を起こすのがやっとなバーナードが大きく反応するが、ノーランはそれに意を介さず続ける。
「もう既にボーフォートに婚約破棄の旨は伝えてある。こんな倅を婿に出したとあっては、恥の上塗りでしかない」
「なっ!?お待ちください父上!」
「待たん。これは決定事項だ」
バーナードの顔を一切見ず、断言する。
ノーランがなにを考えているのか、バーナードにはわからない。ノーランは窓から見える平民寮を一瞥すると、踵を返す。
その時に二人は顔を合わせるが、それでもノーランの表情から窺えるものはない。
そして、それから口を開く事無くノーランはドアノブへ手をかける。
「お待ちください!父上!クリスとの婚約破棄は納得いたしかねます!」
退出しようとするノーランを引き留めてバーナードは言うが、一向に態度は変わらない。
「貴様が納得するしないは関係ない。既に決めた事だ」
「クリスも承知したのですか!?」
「ボーフォートの令嬢は確かクリスティナと言ったな。彼女は今騎士団に所属していたはずだが?」
ノーランは振り返る事無く言う。
自分の息子に対してあまりにも冷たい対応。
淡々と、躍動なく話を続ける。
「私が話をつけてきたのは、ボーフォート公だ。令嬢は婚約破棄された事を知る由もないだろう」
その言葉にバーナードの堪忍袋の緒が切れる。寝台から飛び降り、ドアノブに手をかける父の肩を掴んで引き寄せる。
荒々しく、乱暴に父の胸ぐらを掴むと怒髪天を衝く衝動のまま怒鳴り散らかす。
「クリスすら知らねえのか!なに考えていやがる!」
「そんなに婚約破棄が不満か?」
「当たり前だ!」
荒々しいバーナードに対しノーランは冷淡な態度を維持したまま「病み上がりの割には元気が良いじゃないか」と軽口まで叩く。
その父の態度が気に食わないバーナードは、益々怒りを増幅させ睨みを更に利かせる。
「この手を離せ、バーナード」
「あぁ?誰が離すかよ」
「ボーフォートの事は既に決まった事なのだ、諦めろ」
「クリスはどうするんだ!クリスはこの事をどう受け止める!」
「そんな事、知らん」
「クソがぁ!」
胸ぐらを更に強く掴み、ノーランの服に皺が出来上がる。そのままバーナードは力任せにドアへノーランをぶつけると、拳を構える。
血走ったバーナードの目は、今もなお冷静さを欠かないノーランの目を見据える。
その時、コンコンコンとノックが三回される。
バーナードは無視を決め込んで構えた拳を振おうとするが、水を刺すように声がかかる。
「バーニー、外まで声が聞こえているよ。落ち着いたらどうだい?」
飄々としたその声は一言そう言うと、室内にいるバーナードの許可を取らずにドアノブに手をかけ回し始める。
外開きのドアはするりと開き、ドアに体重をかけざるを得なかったノーランは半歩下がる。
そんなノーランの斜め後ろに目をやると、そこには何のためらいもなくドアを開けた声の主が立っている。
声の主はリディ・イズルミだ。
「イズルミ、何の様だ」
「いやあ、バーニーの声があまりにもうるさいから注意しに来たんだ」
「愛称で呼ぶな。それと、悪いがもう少し我慢してくれ」
バーナードはそう言って、視線をリディからルーカスへと移す。
険しい表情は依然変わりなく、そんなバーナードの様子をみたリディは「あらら」と声を漏らす。
「友達が来たようだから、私は帰る。その手を離しなさい」
「離すかって言ってるんだよ。逃げるんじゃねえ!」
今度こそ、とバーナードは拳を振るう。
その拳がルーカスの頬へ直撃しようと言う所で、またしてもリディに止められる。
一度目は間接的に、二度目は直接拳を掴んで
「てめぇ、イズルミ。何の真似だ?」
「事情はわからないけどさ、親父さんを殴るのはいただけないかな」
「お前には関係ないだろ!どけ!」
「あるんだな、僕の部屋は君の隣だしね。声が響いて困るんだ。他の生徒の目もあるし、今回はバーナードが引いてくれないかな」
リディの言葉を受けて周りを見渡すと、他の貴族生徒がドアを開けてバーナード達の様子を伺っている。
面白がっている者もいれば、おどおどとしている者もいる。この光景を見れば、流石にバーナードの熱も冷める。
バーナードは一際大きく舌打ちすると、ノーランの胸ぐらから手を離してリディに目をやる。
「協力感謝するよ、バーニー」
「愛称で呼ぶな」
リディの言葉にバーナードがぶっきらぼうに返すと、それを尻目に見ていたノーランは襟を正してリディに向き直る。
「リディくん、愚息が失礼した」
「いえいえ、お気になさらず」
ノーランはそう言って、リディに対してはにこやかに対応する。息子のバーナードとは扱いが雲泥の差だ。
しかし、そんな事は今更の事でバーナードの琴線には触れない。
寧ろ、バーナードの心情を逆撫でするのは、いつもノーランが苦言を呈する時だ。それが正論だろうと関わらず。
「バーナード、友達は大切にするものだ。精々リディくんを無碍にしない事だな」
これが、琴線に触れる。
「うるせえな!さっさと消えろ!」
バーナードは中指を立ててがなり散らす。さっさと帰れと羽虫を払うように片手で振ってノーランを遠ざける。
ノーランが親が子にする態度ではないのと同じに、バーナードも子が親に対する態度ではない。
「バーニー、父親に向かってその態度は無いんじゃないかな」
「俺はコイツを親父だと思った事はねえよ」
リディの提言に反抗期の息子が如く言い返す。
今回に限っては自分から平民に挑んで負けたから素直に立場を弁えていたが、最愛の彼女との婚約破棄を突如として突きつけられたバーナードは冷静ではいられなかった。
だから、普段から言わない事をズケズケと言い続ける。
「そもそも、俺はコイツの息子じゃねえ!コユクックの姓を名乗ってるだけの他人だよ!」
「え?それって養子とかなのかい?そうだったの?」
「いや、違う。バーナードにもコユクックの血は流れている。些か腹立たしいがな」
「え?ええ?・・・バーニーって複雑な家庭育ちなの・・・?」
繰り出される新情報にリディは混乱を隠せずにいるが、バーナードとルーカスはそんなリディを置いてけぼりにして舌戦を続ける。
「俺はお前を父親だと認めちゃいねえよ!」
「奇遇だな。私もお前の父親になったつもりはない」
バーナードは舌打ちをし、ノーランはため息を吐いてその場を後にする。
去り際に「アウロラとは似ても似つかないな」とノーランは呟くが、その声は糸のようにか細く、バーナードの耳には入らなかった。
唯一、ノーランの後ろにいたリディを除いて
「随分と仲が悪いんだね」
「・・・お前も帰れ」
「原因は婚約破棄になった事でしょ?」
「・・・帰れ」
そこまで声が響いていたのかとバーナードは驚くが、それよりも触れられたくない
一つ文句でも言ってやろうとバーナードがリディに向き直ると、リディはニヒルに笑う。
その笑みはどこか不気味でリディ・イズルミと言う人物の底知れなさを助長させる。
「それじゃあ、僕が何とかしようか?」
口元に人差し指を当ててリディは続ける。
「バーニー、これは誰にも秘密だよ。君と、その婚約者の婚姻を援助してあげよう」
「は?なに言ってるんだイズルミ。お前にそんな事できるわけーー」
「できるよ」
リディは自信満々に笑って踵を返す。
意味ありげなことだけを言って去ろうとするリディをバーナードは止めようとするが、背中越しに「詳しい事は後日話すよ」と言ってリディは自室へ戻る。
バーナードは、突然の事にリディの背中を眺めるだけでその場に立ち尽くす。
そんなバーナードを他所に、リディは事実に戻るや否やボソリと呟く。
「君達親子は実の親子ではないのに、皮肉かな?君達は似た者親子だよ」
誰に届けるでもないその声は、闇の中へ溶けていく。
リディ・イズルミのニヒルな笑みは未だ変わらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます