第38話 15

 師匠達に成果を見せてこいとダンジョンに放り込まれた事が何度もある。

 ダンジョン内は暗いし、物理攻撃の効かない気色悪い魔物しかいないしで、正直好きじゃなかった。

 だから、俺は攻略法を編み出した。

 さっさと攻略して帰る為に、壁を殴って殴って小魔力オドを強く感じる場所を目指して壁を破壊していけば、そこには必ずコアがある。それを壊して、帰還する。

 そうすれば、ダンジョンの滞在時間も短く済み心身共にストレスを感じずに帰還できる。

 しかし、それができるのは俺が一人の時に限る。一緒に誰かと潜れば、俺の感知が鈍ってコアに辿り着けなくなり、正攻法で攻略しなくちゃいけなくなる。

 師匠と一緒にダンジョンへ潜った時はそうだった。

 だからきっと、今回も一人で出向いた方が早い。


 カシアスの家が所有する土地にある未開拓のダンジョン。そこには俺とカンポとルカとロランが来ていた。

 残りの取り巻き二人は一度カシアスの邸宅へ行き、そこからここまで歩いてくるそうだ。

 ルカやロランもいるが、勿論二人はダンジョンに潜らない。潜るのは俺一人だ。


「じゃ、行ってくるよ〜ん」

「アーガマ、気を抜きすぎるなよ」

「気をつけて、シロウ」

「シローいってらっしゃい!」


 ズカズカとダンジョンに足を踏み入れる俺は背中越しに手を振って答える。

 この後は授業もあるんだし、さっさとカシアスを見つけてさっさと帰ろう。

 今回はカシアス・イオクがダンジョン内部にいた場合、それを連れて帰る事が目的だ。だから、ダンジョンのコアをわざわざ壊す必要はない。

 それはとても俺に都合が良い。

 先述した通り、俺のダンジョンの攻略法はダンジョンの壁を無理やりぶち破って最短距離でコアに辿り着く方法だ。

 だが、これは身近に人がいるとその人の小魔力オドに感知が引き寄せられ、コアの居場所を正確に把握できなくなってしまう。

 普段なら人が内部にいる事を面倒に思ったりするのだが、今回に限っては違う。

 コアに向けて壁を破り続け、ある通路へ出ると感知が鈍る。中に人がいると言う事だ。


「ビンゴ!これがカシアスならもう終わりだな!」


 小魔力オドを感じると言う事は死んでいない。また、ここはイオク家が所有する土地のダンジョン。他人が入っている訳もないので、十中八九この小魔力オドはカシアスのものだろう。


「随分と弱ってるな・・・」


 さっさと見つけなければ、それこそ手遅れになる。なら、さっさと見つけて連れ出してしまおう。

 そう勇んで小魔力オドを感じる方向の土壁を殴り抜ける。

 ドカンと大きな音と共に崩れ去り、風圧で土煙が舞う。

 視界が悪くて見えないな〜なんて思っていると、視線の先には久方ぶりに見る魔物と尻餅をつく目的の人物がいた。


「なんだ、案外すぐみつかるじゃねえの」

「き、貴様は・・・!」


 その人物を視界に捉えて言うと、驚いた表情で目的の人物、カシアス・イオクは言う。

 頬は腫れ、服は裂け、髪はボサボサだ。血と土埃に塗れてはいるが、カシアス本人の高貴さは失われていない。貴族ってスゲー!


「どうして貴様がここにいる!?」

「カンポに頼まれたから来たんだよ」

「な・・・カンポが!?何故!?」


 なんでって、そりゃお前が朝になっても帰らねえからだよ。と言葉が出かけるが、それは瞬時に飲み込まされる。

 何故なら、その理由は一目瞭然。周りに溢れんばかり現れる魔物と先程俺が開けた穴がいつの間にか閉じていた事、カシアスは帰らなかったのではなく、帰れなかったのだ。

 ここまで魔物が大量発生して土壁が修復されるダンジョンなんて初めてだ。恐らく、カシアスもそうなのだろう。


「おい、カシアス。なんだこれは?」

「私にもわからん・・・こんなダンジョン初めてだ」

「とりあえずさっさと壁ぶち壊して帰るぞ!」

「・・・それは、無理だ」


 カシアスが言うのと、俺が壁を殴るのは同時だった。

 壁は見事に崩れ落ちる。しかし、すぐさま壁は修復されて向こう側へ行く隙がない。

 どれだけ土壁を壊しても、それは変わらない。

 カシアスの言う通り、さっさと帰るのは無理そうだ。俺達は、完全に閉じ込められた。


「行きはよいよいってか」

「カンポが何故貴様に頼んだのかは知らんが、どうしてここまで来た?」

「ミイラ取りがミイラになるとでも言いてえのか?俺はそんなつもりねえぞ」

「ミイ・・・なんだ?それは」

「いや、いいわ。とりあえずここから出るぞ」


 そう言って魔物を見やる。

 ダンジョンは無尽蔵に小魔力オドを垂れ流す。あれだけ修行した俺でさえ魔力量で言えば負ける。だから、こうも瞬時に塞がれちゃあ打つ手が一つしか思い浮かばない。

 それやるのかなり面倒なんだよな。と辟易していると、カシアスが「どうやって出るつもりなんだ?」と聞いてくる。

 そりゃあお前、アレだよ。


コアをぶっ壊してダンジョンを潰す」


 それしかない。


「待て、アーガマ。コアに近づけば近づく程、魔物は増えるぞ。これ以上にだ」


 俺がダンジョンを破壊しようと意気込んでいると、カシアスは苦言を呈す。お前でも、難しいのではないか。と

 だが問題はない。寧ろ好都合なくらいだ。魔物がどれだけ出てこようが、それはコアに近づいている証拠にしかならない。

 それに、俺にとって魔物はただのホログラムに過ぎない。だから


「大丈夫だ。俺が解決してやる」


 一歩二歩と進み体中に小魔力オドを纏う。

 魔法を使う訳ではない、ダンジョン内は魔法を使わなくたって小魔力オドだけで事足りる。

 全身に可視化できる程の小魔力オドを纏い、俺は不敵に笑う。


「なんだ・・・!?アーガマ、お前なにをしてる・・・!?」

「驚けよカシアス。これは対魔物だからできる荒技だぜ」

「荒技・・・?」


 そう言って、俺は魔物のいる方へ歩を進める。

 急激ではない、しかし緩慢でもない。

 なにを畏れる事もなく、怖がる事もなく、軽い足取りで魔物のもとへと向かう。


 そして、魔物と接触する。


「アーガマ!」


 カシアスは手を伸ばして俺を連れ戻そうとするが、それよりはやく俺と接触した魔物は


「なっ・・・なんだ、なにが・・・」

「どうだカシアス!驚いたか!?」


 驚愕を隠せないでいるカシアスに振り向いて俺はニマニマと笑う。

 凄いだろうと自慢げな表情で「どうなんだ!?カシアス、どうだ!?」とダル絡みをするが、カシアスはそんな事は意に介さず、叫ぶ。


「オイ!アーガマ後ろ!」


 そう言われて振り返ると魔物が俺を襲い始めるが、その全てが俺に触れて消えていく。

 そんな一連の様子をみて、カシアスは疑問を俺にぶつける。


「なんだ!なにが起きているんだ!アーガマ!」

「わからねえか?俺が全身になにを纏ってるのか」

「なにを・・・・・・まさか、小魔力オドを!?」

「大正解!」


 指を弾いて俺が言うと、カシアスは「あり得ない!」と捲し立てる。


「全身に小魔力オドを纏うなんて聞いた事ないぞ!そんな事ができる人間がいるのか!?」


 いるのか、と言われても実際俺ができているのだからいるにはいるのだが、俺の場合は特殊だから普通に考えればいないのかもしれない。

 普通の人ならば、人それぞれの魔力量にも寄るが、小魔力オドを纏えるのは腕一本が限界だ。出来たとしても、全身を纏える人間なんて歴史上どの書物をみてもいない。

 しかし、実際は実在する。俺だけじゃない、セイラ師匠やノア師匠、レイ師匠だってできる事だ。

 それが可能なのは、何百年もかけて魔力容量を増やす頭のイかれた修行をしたからだ。

 だから多分、詳しく説明しても理解はされないだろう。

 しかし、それではカシアスは納得しない。

 カシアスは自分の持つ疑問を更に俺はぶつける。


「どうしてそんな力を持っている!どこでその力を手に入れた!貴様は、お前の目的はなんだ!?」

「なんだお前!質問を一つに絞れ!沢山聞きすぎだ!」


 カシアスの圧に、俺は気圧されて怯んでしまうが、どうにかして押し返す。

 急に色々と聞かれると困ってしまうから、できれば順序立てて聞いてきてほしいのだが、今のカシアスはかなりの興奮状態だ。

 それを求めるのは多分無理だろう。


「お前は体を覆える程の膨大な小魔力オドを持って、ダンジョンを出たら何をする!?答えによっては、お前をここから出す訳にはいかない!」

「はあ?なに言ってるんだお前。ダンジョンから出たら、学園生活を満喫するに決まってるだろうが」

「ハッ、私はお前の口車なんぞに乗せられないぞ!お前の力は世界の脅威になる力だ!」

「え?ああ、それはそうだろうね」


 カシアスの剣幕に対して、俺はあっけらかんとした態度で答える。

 確かに、思えば俺の力は常人の域を超えた修行で得た力だ。それを経ていないカシアス達からすれば、脅威と見做すのもおかしくはないと思う。

 だったら安心させてあげるのが、俺のするべき事だろう。

 未だ険しい剣幕のまま俺を睨み続けるカシアスに、安心しろと声をかける。


「国家転覆とか考えてねえからよ。それに、俺には夢があるから、そんな事やってる暇はないね」

「夢?それが、国家転覆ではないのか?その力を使って世界を掌握する腹積りだろう?」

「お前バカか?そんなのじゃねえよ」

「じゃあ、なんだというのだ」

「自由、俺は今よりももっと自由を手に入れる」

「は?」


 ぽかんと口を開けてカシアス困惑した表情を見せる。

 けれど、仕方ないだろう。何百年も森に閉じこもっていたのだ、これから先は更なる自由を求めて俺は生きていきたいのだ。

 そんな俺の思惑など、カシアスは知る由もなく疑念を抱き続けている。


「もういいよ、お前が疑うなら好きにしろ。でも、続きはダンジョンをぶっ壊して外に出てからだ。いいな?」

「・・・簡単に言ってくれるな」

「任せろって、俺にはダンジョン攻略法がいくつもあるの」


 そう言って、俺は人差し指を立てる。

 ダンジョン攻略の際に見つけ出したもう一つの攻略法。それが、小魔力オドを全身に纏って突撃する対ダンジョン専用小魔力装甲オドアーマー

 小魔力オドでできている魔物にとって、同じ小魔力オドは天敵だ。

 普通の人間ならば、小魔力オドを纏えば直ぐに枯渇してしまうが、容量の多い俺に関して言えば枯渇する心配はない。

 無尽蔵に小魔力オドを吐き出し続けるダンジョンに対して、普通よりも遥かに多く小魔力オドを蓄えている俺は有利に立てる。

 コアを破壊する事に関しては、俺の方に分があるのだ。


「まあ、見てろカシアス!俺がさっさとこのダンジョン消してやるからよ!」

「アーガマ!待て!」


 カシアスの制止を振り切って魔物を目掛けて走り出す。

 その速さはもうとっくにカシアスの姿が見えなくなっている程で、わかりやすく言うのならば、恐らく今の俺は新幹線よりも速い。

 この速さで壁を壊せば俺だけはダンジョンから抜け出せるだろうが、カシアスはこの速さに耐えられないだろう。かと言って、スピードを落とせば壊した壁は即修復される。

 それなら、何度も試行錯誤して脱出するより、このままコアをぶち壊した方が早い。

 次々と襲いくる魔物は数を増やして行き、俺の視界を覆う。

 覆っては消滅、覆っては消滅を繰り返し続け、やがてダンジョンの最奥ーーコアのある所まで辿り着く。


「随分と速く終わりそうじゃねえのよ」


 依然変わりなく魔物は俺を襲うが、触れれば消える。

 それを幾度ともなく繰り返し、コアに辿り着いて触れる。

 何度見ても気色悪い人型をしたコアに力を込めて、コアは割れる。

 ガラガラと音を立てて人型だったモノは形を崩し、俺を襲う魔物は、ダンジョンを形成する小魔力オドと同じく次第に吸われるように天へと昇っていく。

 まるでそれは瘴気が浄化されたような光景で、何度見ても神々しさを感じてしまう。

 そして、小魔力オドがその場から消えると、コアだったモノが光出す。


 辺りはその眩い光に包まれてーーダンジョンは消滅する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る