第37話 14

 翌日の朝には帰っていると言っていたカシアスがダンジョンに行ってから帰ってこないと取り巻きの貴族達に泣きつかれた。確か、名前はカンタみたいな感じだった気がする。

 カシアスとバーナードを相手に決闘に勝利し、更にウェインさん相手にも勝利を収めた俺の実力を見込んでとの事らしく、まだダンジョン内にいるはずのカシアスを連れ帰ってきてほしいとの事だった。

 正直、その話を俺が受け入れる理由はなかった。面倒だし、嫌だし、面倒だし。

 だが、我が平民寮が誇る天使の顔をした悪魔ロラン・オクトヴィルは笑顔で俺に耳打ちをする。


「ここでカシアス様を連れ帰れば、貴族様達に貸しを作れるよ。そしたら、もう貴族様はシローにちょっかいかけれないね」


 本当に悪魔かと思った。どうしてそんな屈託のない笑みで下卑た発想が出てくるんだ?と問いただしたくなるのをグッと堪えて不気味な笑みを作る。


「オイ、カンタ。お前、それで俺が動くと思ってるのか?まずは報酬の話だろ?」

「なんて奴だ!人の名前間違えやがって!報酬だと!?今はそれよりもカシアス様の安全が第一だろう!」

「アホか、そのカシアスサマの為に俺が出向いてやるんだから、俺に報酬寄越せって話してるんだろうが。それとも何か?カシアスサマの命はその程度なのか?」

「ぐっ・・・貴様ァ・・・」


 俺の言葉にカンタは苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。

 俺もロランの事は言えないくらいには性格が悪い。

 それに、ロランの言った通りカシアスを連れて帰ればコイツらに貸しを作る事になる。

 それだけ面倒な事をした上で、なにも褒賞無しじゃやる気も起きない。だから先にこの話を進めた。


「なにが欲しい。金か?それとも女・・・いや、男か?まさか俺か!?」

「俺に男色の趣味は無ぇ!その話から離れろ!」

「えっ、シローは無いの・・・?」


 未だ早朝の話を引っ張るカンタに反論をすると、ロランが悲しそうな顔で俺を見上げる。

 そんな捨てられた子犬みたいな顔をしないでほしい。否定したくても否定できないじゃないか。

 俺がロランを見つめて気を揉んでいると、カンタは「それなら」と話を続ける。


「なにが欲しいのか言え、俺にはお前が欲しがるモノが皆目見当もつかん」

「なんでも良いのか?」

「ある程度は、な。カシアス様の安否がかかっているのだ」

「ああ、じゃあ忠誠」

「・・・は?」

「だから、忠誠」

「・・・誰に?」

「俺に」


 その言葉にカンタは固まる。当然、後ろにいる残りの取り巻き達も唖然としている。罵倒するでもなく怒りを露わにするでもなく、「コイツやばいな・・・」とただただドン引きしているのが伝わってくる。

 コイツら取り巻き貴族達だけがこの反応ならまだ良いのだが、ルカも「シロウ、あんた・・・」と顔を青ざめさせて顔を引き攣らせている。つまるところドン引きしているのだ。ルカにドン引きされるのだけは心外なんだがな。

 それに、ロランに至っては流石シロー!と言わんばかりに満面の笑みだ。それはそれで逆に怖い。

 それに、俺の本当の目的は忠誠などではない。どうせこんな荒唐無稽な話は拒否されるのだ。だったら手始めにいくらかまをかけたって問題はない。

 拒否されたら高額な報奨金に報酬を変更すれば良いのだ。

 最初から金をチラつかせれば、足元を見られるだろう。だから、初っ端は無理難題を押し付けてその後に本命を出す。これなら相当な金が平民寮に転がり込むだろう。

 それもこれも、ダンジョンという危険な地に行くのだ。その上、コイツらが慕って止まないカシアスがどんな状況かもわからないのに救出しろと言われているのだし、これくらいの要求をしたって釣りが来るはずだ。

 それはカンタも理解しているらしく、唇を噛み締め半ば断念した表情で俺に問う。


「それは、俺だけで良いのか?」

「というのは?」

「俺だけが、忠誠をお前に誓えば良いのか?」


 カンタはそう言うと、チラリと視線を後ろの貴族達へ向ける。なるほど、そういう事か。

 カンタもその後ろにいる二名もカシアスの取り巻きだ。全員が俺に忠誠を誓ってしまったら、カシアスは孤立する。

 それは両家の家にとってもよくない話のはずだ。カシアスは宰相の息子、背信したと見なされた取り巻き貴族達の家は良くて没落、悪くて処刑だろう。

 自分で提案しといてなんだが、結構後味悪いな。さっさと拒否してくれよ。

 なんて思っていた俺が甘かった。


「どうなんだ?俺だけで良いのか?」

「え?ああ、うん」

「それなら良い、俺は忠誠を誓おう。だから、どうか、カシアス様をお助けください。どうか、シロウ様」


 カンタはそう言って俺に傅く。

 忠誠の言葉を口にしようとカンタは口を開くが、それに待ったをかけたのは唖然とする俺じゃなく、後ろに控えた取り巻きだった。


「カンポ!なにもお前が忠誠を誓う事はない!下手したらお前の家が没落するぞ!」

「わかってる。わかってはいるが、カシアス様がダンジョンへ向かうのを見届けたのは俺だ。責任は俺にある」

「だったら僕もカンポと一緒に誓うよ!君を一人にしないよ!」

「いや、ダメだ。カシアス様、イオク家に背くのは俺一人で十分。頼む、わかってくれドス、ブグレス」


 目の前で熱い友情を繰り広げられる中、まさか忠誠というバカでも呑まなそうな条件を承諾された事に俺は動揺する。

 そんな俺を他所にカンタ、基カンポは続ける。


「父上母上には申し訳ないが、俺にとってはカシアス様が全てだ。カシアス様の安否がかかってる以上、俺は何を捨ててでも従おう」

「そんな!カンポ、考え直せ!」

「カシアス様はそんな事望まないよ!」


 ここは平民寮。俺やルカのホームであるのだが、場の空気はカンポ達に支配されている。それが故意なのかそうじゃないのかはわからないが、確実に俺らはアウェーとなっている。

 そんな空気に耐えかねたのか、ルカが気まずい面持ちで俺に耳打ちしてくる。


「ねえ、シロウ。忠誠ってやめてあげられないの?どうしても忠誠じゃダメ?」

「いや、断られると思ったんだよ?その後に高額な報奨金吹っかけようと思ってたんだよ??」

「だったらはやく訂正しなさいよ!事態は一刻を争うんだから、こんな事で時間潰してる暇はないのよ!」

「は、はい・・・おっしゃる通りです・・・」


 ルカに叱責され、やんややんやと言い合いしているカンポ達に声をかける。

 かなり、申し訳なさそうに


「あー、ええっとカンポくん。いや、カンポさん。忠誠ってのはほんの冗談のつもりだったんだ」

「なんだと?アーガマ貴様!」

「よせ!ドス!」


 俺の言葉に怒りを露わにする取り巻きをカンポは制止する。

 俺に話を続けるように目で促してカンポは立ち上がる。


「本当は、その要件を拒否してもらって金を報酬として打診するつまりだったんだ。それも、高額な」

「なんだと?」

「まさか、ノールックで忠誠を受け入れるとは思わなくて、その・・・ごめんなさい」


 流石に居た堪れなくなった俺はカンポに頭を下げる。

 残り二人はやいやい文句を言ってくるが、当のカンポ本人は安堵の表情を浮かべている。


「そういう事なら、いくらでも出そう。アーガマ、カシアス様の事を頼めるか?」

「もうバリバリ任せてください。俺、超張り切りますんで」

「ああ、そうか!それは良かった!」


 カンポは満面の笑みで答える。

 そんな彼を見て俺にも僅かながらある良心がズキズキと痛む。

 もうカシアスを連れて戻ってくるの無報酬でもいいやと思うくらいには、自身の欲よりカンポへの申し訳なさが勝っている。

 後、名前間違えて申し訳ありませんでした。


「それと、ダンジョンに挑む編成だが、どうする?俺は前衛をアーガマに任せたい」

「編成?なんで」

「なんでって、ダンジョンは何人かで挑むものだろう?いくらアーガマが強いからって、一人で行かせるわけにはいかない」


 カンポはそう言うと、後ろの取り巻き貴族もルカも頷いている。唯一それを首肯しないのはロランだけだ。

 カンポの発言に首を傾げていると、彼は更に続ける。


「問題はカシアス様がどの地点にいるかだ。カシアス様は嘘をつかないからダンジョンに行ったのは間違いない。既にご帰宅されているのなら、それで良し。道中ダンジョンからご帰還なされるカシアス様と遭遇するのなら、それも良し」

「ダンジョン内にいるのが問題なんだよな?」

「そうだ、アーガマ。だからお前に助力を願った」

「ウェインさんはダメなのか?」

「ああ、本当なら頼みたい所だが、教員棟は生徒の立ち入りが禁止されている。それに、ウェイン教諭に会うまで待ってはいられない」


 カシアスの状況がわからない今、時間はかけたくないって訳だ。それなら、編成を組む必要はない。俺一人で行く方が手っ取り早いからだ。

 そう言う事ならと、俺はカンポに提案する。


「じゃあ、ダンジョンへは俺一人で潜るよ。案内してくれ」

「は?・・・はあ!?なに言ってるんだ!危険だ!ダンジョンではなにが起きるのかわからないんだぞ!」

「いいや、俺一人で行く方が手っ取り早い。お前らさっさとカシアス助けたいんだろ!?俺一人なら、遠慮せずダンジョンを探索できる」

「な、なんでそんな事言い切れるんだ・・・」


 なんでと言われても、修行の一環で何回も潜らされた事があるからだとは言えない。

 明らかにこの年齢では経験し得ない事ばかりだから、言っても信じられないだろう。

 なんて言ったものかと考えていると、ずっと口を閉ざしていたロランが口を開く。


「大丈夫ですよ」

「まがっ・・・オクトヴィルの、それはどう言う意味だ・・・?」


 カンポは恐る恐るロランへ尋ねると、ロランはにっこりと笑って答える。


「シローの魔力量は信じられない程大きいです。その体から溢れ出て、漏れ出すのを止められないくらいには、人外の域に達している」

「それ褒めてる?」

「うん!褒めてるよ!だから、シローなら大丈夫!」

「待て、オクトヴィルの。だからと言って、アーガマを一人で行かせてアーガマに何かあったらどうする?」

「なにも起きませんよ。寧ろ、ボクらが付いて行く方がシローの邪魔になってカシアス様の救出の妨げになります」


 ロランは理路整然とカンポに詰め寄る。

 語気が強い訳でもない、その発言に皮肉が混じっている訳でもない。それなのにカンポ達に加え俺でさえそのロランの圧に気圧される。


「カシアス様を無事にダンジョンから連れ帰りたいのなら、こんな所で言い争ってる場合ではなく、シローの言う通りシローを一人でダンジョンに送り出すべきです」


 その言葉に、その圧に、カンポは折れる。「わかった」と言うと俺に向き直って「本当に行けるのか?」と問うてくる。

 折角ロランが後押ししてくれたのだし、カンポ達に無駄な心配をかける必要はない。だから、胸を張る。


「まあ、任せろ!」


 ニカっと笑ってそう答える。

 本当に大丈夫なのか?とカンポもルカも懐疑的な表情だが、全然問題はない。

 だって、ダンジョンは一人で潜るものだろう?

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