第36話 13

 ダンジョンがどのようにして生まれ出るのかは幾つかの説がある。

 その中で有力な説が、魔族の死体から漏れ出る小魔力オドが周囲を巻き込んで形成される説だ。

 先日まで無かったのにも関わらず、急に現れる事からそのように囁かれる事が多い。

 突拍子もない話に思えるが、ダンジョンはその床も壁も天井も全てが小魔力オドを帯びている。

 ダンジョンが自然界由来ならば、その内に内包する魔力は大魔力マナであるべきなのだが、実際は違う。

 また、ダンジョンには小魔力オドを放出する中心部となるコアが存在するのだが、そのコアは見た目がどう見ても人型なのだ。

 だからこそ、ダンジョンが魔族の死体からできる。と、言われている。


 貴族は勿論、平民だって近づかない。訓練された王国騎士団の人間が何十人かで挑むような場所だ。

 そんな所に一人で赴くなんてのは自殺志願者か愚か者くらいだ。

 だが、カシアスはダンジョンそこに足を踏み入れる。

 無機質な暗がりの中を下りて、下りて、進んでいく。

 草木もなく、変わり映えのしない土壁のようなものが続いており、目印になりそうなものは一切ない。

 一本道ではあるから帰りには困らないのだが、当然分かれ道も存在する。迷子になればダンジョンから帰還できる確率はグンと下がる。道が分かれ始め入り組みだした時が引き際だ。


「出たな」


 カシアスは剣を取り構える。

 外壁以外の全てを小魔力オドで満たしているダンジョンには行手を阻むがいる。

 生命体ではなく、勿論意思の疎通も図れない。ダンジョンに踏み入る異分子を排除しようとただひたすら攻撃してくる。

 その全体は明かりで照らしても吸い込まれそうな程に真っ黒で、まじまじと見続ければ深淵を覗いている気分にもなり、非常に不気味だ。

 形についてもまばらで、浮遊していたり歩行していたりするが、人とも獣とも言えないフォルムは不気味さを更に引き出させている。

 人とも獣とも、果ては魔族とも言えない形状。ただただ不気味さだけを具現化したような物体は、その全身がダンジョンに溢れる小魔力オドからできている。

 実際、ダンジョン内でこれらがジワジワと小魔力オドによって形成されていく様は何度も報告に上がっている。恐らく、というか確実に、これらはダンジョンが生み出した物体だろう。

 魔族の死体から溢れ出る小魔力オドによって形成されると言われるダンジョン。そのダンジョン内から部外者を排斥しようと小魔力オドで形作られる物体。

 故に、奴等は『魔物』と呼称される。


「いざ!」


 カシアスは構えた剣を魔物へ突き刺し小魔力オドを流し込む。

 全てを小魔力オドで形成される奴等魔物には物理攻撃が効かない。小魔力オドには小魔力オドを、それが魔物と対峙した時の基本戦闘だ。

 カシアスは次々と現れる魔物を薙ぎ倒して行くが、しばらくして異変に気づく。


 


 倒しても倒してもキリがない。次から次へと溢れ出て来る。

 カシアスは前にも父に頼み込んで騎士団の遠征に同行して何度かダンジョンに挑んだ事がある。

 その時は、最奥まで進みコアを破壊してダンジョンを消滅させた。

 ダンジョンは基本、コアを破壊さえしてしまえば小魔力オドの供給が無くなり、外へ放出される。そうする事でダンジョンを維持する小魔力オドが消え、土壁は崩れ去りダンジョンは消滅する。

 それを阻止する為にダンジョン内には魔物が出て来るのだが、コアに近い訳でもないのにこんなに溢れ出るのは異常だ。

 それにコアが近くたって、ここまで魔物が溢れた事はない。

 このままでは、カシアスの小魔力オドが底を尽きる方が先だ。

 カンポにも翌朝までには戻ると伝えている。まだダンジョンに足を踏み入れてそこまで時間は経っていないはずだが、今日はここで切り上げるべきだろう。このまま一人で突っ込めば小魔力オドが底を尽き、抵抗もできぬまま魔物に殺されるだろう。

 強くはなりたいが、死に急ぐべきではない。


「まあ、ダンジョンに一人で来る私が言えた事ではないな」


 カシアスは自虐めいて笑うと剣を収めて魔物達から距離を取り後退りをする。

 慎重に焦らずその場を後にしようとある程度距離を取ってから振り返って走る。


「な!?」


 が、止まる。

 カシアスがここまで来る道のりは長い一本道だった。

 分岐点もなく入り組んだ道でもない。それなのに、背後を振り返れば道はなく、無機質な土壁しかない。


「ど、どういう事だ?」


 閉じ込められた。それは瞬時に把握できるが、それならと言うのか。

 疑問が尽きないカシアスだが、一先ずダンジョンここから脱出しなくては話にならないと目の前の土壁を剣で抉る。

 刃は、通る。

 ダンジョンは魔物と違って、混じりっけ無しの小魔力オドで構成されている訳ではない。外壁となる土壁は、その土地の土をコアから流れる小魔力オドが吸い上げて形作る。

 だから、物理攻撃も通る。

 所詮はただの土塊。小魔力オドを通さなくなれば脆く瓦解する。

 カシアスは小魔力オドを通して土壁を削る。先程まで無かった土壁なら、削れるだろうと見込んで削る。

 そうすれば、小魔力オド小魔力オドがぶつかり消滅し、土壁だったモノは瓦解する。そして、ここまでの道のりが開ける。

 このまま帰れる。そう安堵したのも束の間、ダンジョン内に漂う小魔力オドは再び土を運び壁を築き上げる。再度、来た道は塞がれてしまった。


「なに・・・?こんな事、初めてだぞ」


 今まで従軍した遠征先でのダンジョンで、土壁が再度出現する事など一度たりとも無かった。

 何度崩しても即再出現してしまう。

 まるで、ダンジョンが捕食者のような意思を持っているかのように、カシアスを外へ出す事を拒む。

 本来ならば、コアを守る為に侵入者を外へ追い出そうとするのがダンジョンの習性だ。

 基本的にコアはダンジョンを形作る際に地中深くへ潜ってしまう。その為、ダンジョンの外側からコアを攻撃する事はできないが、地上に顔を出すダンジョンの外壁なら簡単に崩す事ができる。

 そうやって、コアまでの道のりを短縮し攻略する。そうすれば、魔物と出くわす可能性も無くなる。

 だが今回は、そうもいかなかった。入り口から地中に埋もれていたからだ。

 このダンジョンは、全てが想定外だ。


「ハッ!どうしたものか・・・」


 カシアスは塞がれた壁を背にして、魔物達へ向き直る。

 諦めた訳ではない。こうなれば、時間をかけてでもコアを破壊し、帰還する。

 ダンジョンに足を踏み入れて体感時間では一時間経ったか経っていないかくらいだ。だから、まだいける。

 小魔力オドが尽きかける前に、コアを叩きーー


「終わらせる!」


 自分を奮い立たせるようにニヤッと笑ってカシアス派遣を振るう。

 魔物を屠って、屠って、屠る。積み上げられた魔物の残骸はダンジョンに吸収されて再度魔物としてリサイクルされる。

 その頻度は、尋常じゃない。

 最初は優勢だったカシアスも、徐々に立場を悪くして防戦一方の形になる。

 奥へ進めば進むほど魔物の数は増え続け、遂にはカシアスの小魔力オドも底を尽きかける。

 対抗手段のないカシアスは、迫り来る魔物共に手も足も出せないまま蹂躙され、やがて道を塞がれた地点まで追い詰められる。

 魔物達は容赦なく小魔力オドを振るい、カシアスを痛めつける。バーナード・コユクック程の致命打は無いにしても、頬は腫れ、服は裂け、自慢の艶やかな赤髪はボサボサになっている。

 血と土埃に塗れ、カシアスは死を覚悟する。

 生き急いで強引に一人でダンジョンに来るからこうなるのだ。

 自分の失態を、浅慮さを恥じて苦笑する。


「私は・・・愚か者ということか・・・」


 ダンジョンに一人で訪れる者は自殺志願者か愚か者だけ。それが、ダンジョンを探索する王国騎士団内での常識だ。

 それは、きっと貴族も平民もダンジョンに関わりのない人達にとっても共通認識だろう。

 だが、カシアスに自死するつもりは毛頭無かった。

 ここダンジョンで死ぬのなら、最期まで足掻き華々しく散りたい。

 シロウ・アーガマのことなんか忘れて、カシアスは自分の生き様を誇りあるモノにしたいと考えて、剣を取る。

 弱々しいながらも構えたカシアスの瞳には闘志が燃えている。死ぬと分かっていても、勝てないとわかっていても、悪足掻きだとしても、カシアス・イオクに諦めという選択肢は存在しない。


「私は、執念深いぞ!」


 そう啖呵を切って、魔物に向かうが、ーー刹那、背後の土壁が大きな音を立てて崩れ去る。

 土壁が崩れ去る衝撃波によって、既に限界を迎えているカシアスは体勢を崩し、尻餅をつく。

 急な出来事に唖然とし、何事かと振り向けばそこには土煙と共に見覚えのある人影が一つ浮かんでいる。

 ダンジョンに一人で足を踏み入れるのは、自殺志願者か愚か者だけ。だが、時折例外とは存在するもので、土壁を壊した当人はまさにその

 愚か者と紙一重のその行動、それが許されるのは有無を言わせない力があるからに他ならない。

 圧倒的実力者もまた、ダンジョンに一人で足を踏み入れる。


「なんだ、案外すぐ見つかるじゃねえの」

「き、貴様は・・・!」


 シロウ・アーガマ、この世界を揺るがしかねない力を持つ異端な存在。

 その存在が、この異端なるダンジョンへと躊躇いもなく身を投じた。

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