第34話 11

 あの後、教室内にウェインさん含め俺ら生徒の姿が無い事に気づいたガルアドットさんが、血相を変えて決闘場まで走って来た。

 ガルアドットさんは、地べたに伏せるウェインさんをみて全てを悟ったようで、生徒達に一言謝罪するとその日は一旦解散となった。

 それから暫くして夕刻頃になると、意識を取り戻したウェインさんがガルアドットさんと共に食材を持って平民寮に訪れた。

 ガルアドットさんにかなり叱られたようで、申し訳なさそうな面持ちでウェインさんは陳謝するが、その過程で平民寮から元々ある食材を抜き取り、どう足掻いても俺と演習するように仕組んでいた事が発覚した。

 マジで何やってるんだこのおっさんは。

 その後はガルアドットさんが深々と頭を下げたり、お詫びにと手料理をふるまってくれたりと慌ただしい一日は終わる。


 次の日の早朝、目を覚ませば当たり前のように共寝をするロランの寝顔が眼前に迫る。

 すうすうと寝息を立ててとても愛らしいが、ロランは男だ。控えめに言っても天使の寝顔ではあるのだが、男だ。

 それでも可愛いんだよな〜とロランの頭を撫でると、小さく声を漏らして目をしぱしぱと瞬かせる。


「ん、おはよぉ」

「あれ、起こしちゃったか」

「ん〜」


 寝ぼけているのか、ロランはもぞもぞと動いて俺の腰をガッチリと掴み胸に顔を埋める。そして、そのまま二度寝を決め込む。

 まあまだ朝も早いし、今日は日課のランニングをサボってロランの寝顔でも眺めていようかな、なんて考えていると外が段々と騒々しくなる。


「アーガマ!オイアーガマ!」

「いるんだろ!出てこい!」

「アーガマ!出てこい!」


 カシアスの取り巻き達だろうか。早朝から元気な事で、アーガマという人物をご所望のようで延々と外で叫んでいる。

 うるさいからさっさとアーガマはあの騒々しい三人組の所へ行ってくれないかなとぼんやり思って気がつく。アーガマって俺じゃん。

 とても面倒な事になりそうだから絶対に行かないでおこうと知らないフリを決め込むが、それを咎めるようにドアが何度も力強くノックされる。

 ノックだけなら無視を継続するのだが、扉の向こう側にいる人物は声を張り上げる。


「ちょっと、シロウ!あんた何やったのよ!貴族の方が玄関前に来てるわよ!」

「し、知らないです・・・」

「シロウ、あんた出て来なさいよ!また何かやらかしたの!?とにかく収拾つけてよ!」


 扉の向こう側にいる人物、ルカはこのままじゃ埒が明かないと「ドア開けるわよ!」と俺の返答を待たずドアノブに手をかける。


「ま、待てルカ!建設的な話をしよう、とりあえず扉は開けるなーー」


 そこまで言いかけるが、時既に遅し。

 ガチャリと開かれる扉の先にいるルカは、俺の部屋の光景を目の当たりにしてしまう。

 肌着姿で共寝をする俺とロラン。

 俺は扉を開けようとするルカを制止する為に上体を起こしており、ロランは寝ぼけたままでも俺から離れまいと必死にしがみついている。

 加えて、そのロランの表情はどこか恍惚としていて色っぽく、先程まで俺の胸に顔を埋めていたからか息も荒い。

 客観的に見なくたって、いかがわしさを覚える光景だ。当然、ルカもそう判断したのだろう。

 ルカは顔を赤らめて視線を合わせないように泳がせる。わかりやすいぐらいに動揺していた。


「あ、へえ・・・そう言う関係だったんだ。なんか、ごめん」

「待てルカ!お前は勘違いをしている。それと謝るな」

「だ、大丈夫!勘違いなんかしてないから!愛さえあれば性別の壁なんて関係ないもんね」

「いや、思いっきり勘違いしてるから!」


 先程までの勢いを無くしたルカは気まずそうに後退りする。

 そんな反応を見せるルカに何度も声をかけるが、わざと反応していないのかボソボソと蚊の鳴くような声で何かを呟いている。


「随分と仲が良いとは思ってたけどここまで進展してたんだ・・・ごゆっくり・・・」

「待て!今ごゆっくりって言ったか!?だから違うんだって!」

「だっ大丈夫大丈夫!誰にも言わないから!邪魔しないから!ごめん!本当に!ごめん!」

「だから待て!オイ!ちょっと待て!」


 取り巻き貴族の訪問などすっかり忘れて、そそくさと部屋を出るルカを追って俺も部屋から出ると、痺れを切らした取り巻きが平民寮のドアを勢いよく開けて無遠慮に侵入して来る。


「アーガマ、いるなら返事をしろ!」と最初は威勢が良かったものの、寮に入るなり貴族達の目に映ったのは、肌着姿の俺がルカの後を必死に追う光景だ。

 当然、貴族連中はドン引きである。


「え、えぇ・・・アーガマ、お前それは・・・」

「朝から何やってるんだコイツ・・・」

「俺、あの平民が怖いよ」

「誤解が侵食していく!」


 それから、ルカや貴族達の誤解を解くのにかなりの時間がかかった。

 ルカの誤解を解けば貴族達へ新たな誤解を生み、貴族達の誤解を解けば、ルカは頭を抱え更なる疑問を問いただしてくる。そのせいで、誤解は増え続けるばかりだ。

 結局、全員の誤解を解くのに一時間は軽く超え、やっとこさ誤解を解けたと言うところで、一人の貴族がポツリと呟く。


「でも、アーガマが男子生徒と一緒に寝ていたのは事実なんだよな・・・?」

「もうこの話やめない?俺の尊厳がどんどん削られていく気がするんだけど」

「アーガマにはそんなの最初から無いのでは?」

「喧嘩売ってるのか!?」

「ちょっとシロウ!」


 取り巻き貴族に食ってかかる俺をルカが必死になって止めに入る。

 そんな様子を面白おかしくみている貴族達だったが、部屋で寝ていたロランが「シロー、おはよ」と部屋から出てくると、奴らの態度は一変する。


「ま、魔眼!?魔眼持ちがどうしてここに!?」

「魔眼だぁ!魔眼だぁぁぁ!」

「コイツ、オクトヴィル男爵家の忌み子だぞ!」


 ぎゃあぎゃあと取り巻き達は騒ぐが、ロランはそれを意に介さず「今日も起きたらベッドにいなかったから不安だった」と俺しか見ていない。

 でも安心した、と頬を綻ばせるロランにいまの状況を聞かれたので事の経緯を説明すると、「シローが望むなら、ボクはなんでもするよ」と笑顔で爆弾を投下する。これじゃあ折角解いた誤解がまた生まれ始めてしまう。頼むから黙っててくれ。

 そんな俺とロランのやり取りをみたルカは訝しむ表情で俺らを見つめ、取り巻き達は唖然としている。


「ま、まさか、アーガマが共寝していた男子生徒って・・・コ、コイツか!?」

「そうだが?」

「魔眼持ちと共寝!?やっぱこの平民イかれてるよ!」

「気持ち悪い!」


 貴族達は信じられないという目で俺とロランを見やり、無遠慮に、ズケズケと、ロランが嫌がっていた魔眼持ちという言葉を次々と口にする。

 入試の時のカイの反応の方が全然大人しかったと今更思い知る。

 ロラン本人を見ようとせず、魔眼持ちというだけで軽蔑する貴族に苛立ちを覚え始め、ついカッとなってしまった俺は、取り巻きの内の一人の胸ぐらを掴んで啖呵を切る。


「魔眼持ち魔眼持ちってうるせえよ!名前で呼べ名前で!」


 そんな威勢の良い俺の言葉も魔眼を軽蔑する貴族達には通じず「しかし魔眼が・・・」と聞く耳を持たない。

 朝っぱらから喧嘩を売りに来た貴族達はこのまま追い出そうと玄関まで引っ張ると、残る取り巻き連中が俺を止めようと前に立ちはだかる。


「お前らもまとめて全員出ていけ。ここは平民寮だ」

「そんな事はわかっている。俺達はお前に用があって来たんだから、話を聞け!」

「あっそ、俺にはお前らカシアスの取り巻きに用は無えよ」


 だから、さっさと帰れよ。

 胸ぐらを掴んでいた貴族を放してそう伝えるが、連中は頑としてその場を動こうとしない。

 たかだか平民一人にカシアスの取り巻きが朝っぱらからなんの用だよと眉を上げていると、後ろにちょこんと立つロランが服の袖を弱々しい力で引っ張る。


「どうした?」

「あの方々は、シローに用があるんでしょ?」

「みたいだな」

「カシアス様を倒したシローに用事ってよっぽどの事じゃない?」

「お礼参りとかかもな」

「そうかも。でも、だったら少しだけでも話を聞いてあげよ?」


 魔眼に今も尚怯える取り巻き達を尻目にロランは言う。


「良いのか?アイツらロランを侮辱したんだぞ」

「良いよ。ボクにはシローが言ってくれた言葉があるから、他の人がなんて言って来ても気にならない」

「そうか?そうかぁ」


 そう言って、ロランは「だから、ね?」と俺を取り巻き達のもとへ促す。

 入試の時に比べて、目を隠す事も無くなったし喋り方も辿々しい感じが抜けて逞しくなったと思っていたが、ロランは思った以上に随分と逞しくなっていたようだ。

 なにがロランをここまで変えたのだろうか。


「ロランが言うから仕方なく話は聞いてやる。用ってのはなんだ?」


 ロランが言うのなら、と渋々取り巻き貴族達に平民寮まで来た要件を尋ねる。

 すると、取り巻き達は「それが」と顔を曇らせて、俺に胸ぐらを掴まれた貴族が先を口にする。


「カシアス様が昨日の夕刻頃お屋敷を出てからまだお戻りになられていないのだ!」


 知るか、だからなんだよ。

 その言葉が這い出そうになるのをなんとか押し込み、「へえ〜、そうなんだ〜」と苦笑する。

 取り巻き貴族達の話を聞く選択をしたのは自分だが、既に追い返しておけば良かったと後悔し始めていた。

 これは面倒事に巻き込まれるだろうなと予感しながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る