第33話 10

 繰り出される剣戟は、重く、速い。

 それは拳と同様で、まるで自分の体のように縦横無尽に剣を振るう。

 型なんて有って無いようなものだが、それが酷く無様に見えないのは、マシュー・ウェインという男の技量が遥かに高いからだろう。

 なんて言ったって、面倒な事に変わりはないのだから。


「どうしたアーガマ!剣で受けるでもなくずっと避けてばっかじゃないか!」


 的確に俺の急所を狙うウェインさんの剣戟を、最小限の動きで避けて避けて避け続ける。

 剣で受け止めるのは、ある程度算段が立ってからだ。


「これじゃあ、つまらないな!もう数段上げていくぞ!」

「まだヒートアップすんのかよ・・・」


 剣戟は更に速さを増す。全然本気じゃなかったのかと呆れるが、その速さを目で捉えられない程じゃない。まだ、見切れはする。

 しかし、だからと言って全てを避け続けるのも面倒になってくる。決定打も無く、単調に続く作業のような攻防に嫌気がさす。

 それはウェインさんも同じらしく、どんどんと速度を増して戦況を変えようと躍起になる。

 流石にここまでくれば、悠長に構えて算段がついてから剣で受け止めるなんて気の抜けた事は言えなくなる。

 仕方ないと、ウェインさんの剣戟を剣身で受け止める。欠伸の出る戦いはここまでのようだ。


「やっと受け止めたか!」

「そうさせる為に貴方が必死になってるんでしょうが!」

「そうとも!そうとも!」


 豪快に笑って、豪快に剣を振るう。

 この人とり合うのは大変だな、と剣を打ち合っていれば、案の定剣身にひび割れが起き始める。

 俺のも、ウェインさんのも、ポロポロと剣身が崩れ始めるが、それを気にする素振りを見せずに剣を振い続ける。


「ウェインさん、剣壊れちゃってますよ!」

「安物だからな!らに付いて来ることはできんだろう!」

「それわかってながらやってるんですね!?案外タチ悪いな!」

「なんとでも言え!」


 学園の備品だからと遠慮無しにやっているのだろうか。学園の為にも俺の為にも少しは遠慮してくれ。

 そんな俺の思いは届く事なく、代わりに届けられるのは冷たい鉄の斬撃だけだ。

 お構い無しに振りかざされる剣身は次第に形を失って行き、遂にはボロボロの剣身だったモノと柄だけが残る。


「あーあ、どうするんですかウェインさん」

「なに、気にするな。剣の次はまた拳だ」

「マジかよ」

「じゃ、行くぞ!」


 柄を捨てると同時に、ウェインさんは俺のみぞおちをめがけて拳を叩き込む。

 が、入らない。


「これも受け止めるか」

「じゃないと、痛そうなんでね」

「良く言う、本当は耐えられるんじゃないか?」


 ウェインさんは拳を受け止めた俺に笑って言うが、そんな訳がない。流石にコレを喰らえば俺だって怯んでしまうだろう。

 俺は「まさか」と笑って返し、持っていた剣の柄を目の前へ放り出す。

 この行動でウェインさんの注意を引ければ良かったのだが、物事はそう上手くはいかない。

 俺を見据えて当然のように弾き返した後すかさず蹴りを入れ、俺はそれを躱す事無く体で受け止める。

 重い一撃が肩から全身に渡って衝撃を伝える。鈍痛が身体中を駆け巡り意識を手放しそうになるが、それでいい。

 ウェインさんが柄を弾き返して蹴りを入れる時に、その瞬間に、マシュー・ウェインの胴体に触れられればそれで良い。


「激流!」


 刹那、俺の手から出力された小魔力オドの水が溢れ出す。

 その量は速さが売りのウェインさんを逃げる隙も与えずに弾き飛ばす程で、流石のウェインさんも水の力には耐えられず押し流される。

 溢れ出た水は激流となってウェインさんを中心に渦を巻き、その体を包み込んで行く。

 魔法を消すには魔法が必要だが、水に包まれ呼吸もままならないウェインさんには詠唱を行う事ができない。王手をかけたと思いたいが、油断せずにジリジリと近寄る。

 俺の魔法に全身を包まれて捕らわれたウェインさんはもがいてはいるものの、焦った様子はない。本当にこの人の強さは底が知れない。末恐ろしい人だ。

 だが、このまま水の中に捕らえて放置をしても物事は進まない。二進も三進も行かないんじゃ、いつまで経ってもこの演習は終わらない。


 俺だって消耗はするのだ。


 覚悟を決めて水の中へ手を突っ込み、「沸騰」と詠唱を行う。すると、手のひらがじんわりと温かみを帯びて水全体の温度を上昇させる。

 中にいるウェインさんも異変に気付くが、それよりもはやく水が沸騰に至る。

 一切手を抜かず、温度を更に上昇させる。俺自身もウェインさんも水で皮膚がふやけて一部分がペリペリとめくれ始めるが、それでも両者共に慌てない。

 挙句、温度を上昇させる事で水はどんどん蒸発していくのだが、最後の最後まで体も意識も保ったままだ。最早人間の域を超えているとしか思えない。

 やはり、ウェインさん相手には殺すつもりが丁度良い。


「凄いじゃないか、アーガマ・・・人間とは思えないな」

「その言葉そのまま返しますよ。なんで生きてるんですか」

は凄いからな!」

「説明になって無いっす」


 水が蒸発しきり拘束から解かれたウェインさんは、肩で息をしながら答える。

 この人、本当に人間なのだろうか。少なくとも、師匠達と同じ人の領域を超えた何かを感じるのは確かだが、師匠達に比べてまだ人間味も強く感じる。

 マシュー・ウェイン、何者なんだ。

 俺がそう訝しんでいると、ウェインさんは呼吸を整えつつ「まだやるか?」と問うて来る。正直、もうやり合いたく無い。


「勘弁してくださいよ」


 と、俺が言うと、ウェインさんはため息を吐いて「だよなぁ」と呟く。


「じゃ、トドメを」


 目を瞑って降参を示すウェインさんは潔くそう言うと、顎を無防備に晒し出す。ここを殴れって事だろう、

 しかし、あれだけ俺と戦いたがっていたウェインさんが、随分とあっさり引いたものだと苦笑すると、それに気づいたウェインさんは「はもう戦えん。の負けだ。それに疲れた!」と堂々言う。

 それなら、まあ、もういいか。


「本当、やりにくい人だよ」


 言って、ウェインさんの顎にその日一番の渾身の右ストレートを叩き込む。

 激しい音は無く、パキッと小さな音が場内に響いただけだが、ウェインさんは力無くその場に倒れ込む。

 やっと終わった。カシアスとバーナードを相手にして、ウェインさんとの連戦。

 かなり面倒で厳しかったが、それもやっと終わり。

 安堵に一息吐くと、場内が静まり返っている事に気付く。クラスメイト達は絶句していて、放心状態だ。

 唯一、ロランだけは俺の勝利に歓喜して声を上げるが、それ以外の人は黙ったまま。それは、ルカもカイもリディさんも同じ。

 この場をとりなしてくれそうなウェインさんは気絶しているし、どうしたものかと頭を悩ませる。


 このまま、帰って大丈夫かな。そんな訳無いよなぁ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る