第32話 9

 俺がこの世界に来て師匠以外の人と拳を交えたのは、カシアスとバーナードが初めてだった。

 そして、間を置かずに二戦目が始まる。相手はマシュー・ウェイン。カシアスやバーナードより遥かに強い人だ。

 俺が目で追うのをめんどくさがるくらいには動きの速い人だ。とりあえず観察をしようと初手で距離を取るが、ウェインさんはすかさず距離を詰める。


「言い忘れていたがな、アーガマ。今回は左手以外も使っていいぞ、勿論魔法もだ」

「へえ、それはありがたい」

も使うからな!」


 言って、ウェインさんはブツブツと何かを唱え始める。

 それを合図に、ウェインさんの足元に突風が吹き、次第に両足へ収束していく。魔法だ。

 バーナードのように足に纏う訳でもなく、徐々に徐々に噴き出される風量は小さくなる。が、一回一回の噴射力が高まっているのを見て取れる。

 恐らく足裏から風を噴射してこちらへ来る腹積りだろう。単純に素速いウェインさんだ、そこに風の力が加わったらその速さが何倍になるかなんてわからない。

 これは気を引き締めねばと身構えるが、遅い。ウェインさんは既に俺の目の前まで移動して、顔を狙う。


「危ねぇっ!!」

「やっぱ避けるか!見えているんだな!」


 既の所で避ける俺を豪快に笑ってウェインさんは畳み掛ける。

 本当に面倒な人だ、避けても避けても拳が、脚が、俺を付け狙って迫り来る。

 ウェインさんが繰り出す一撃は、どれも重く鋭い。躱せずに体で受け取ると、その重激が全身を伝わってくる。


「重いっ!やっぱ面倒な人だよウェインさん!」

「そうだろう!魔法使用に関しては、は短縮も無詠唱もできないがな!武術と剣術に関しては自信がある!」

「だろうなあ・・・っ!」


 矢継ぎ早に繰り出される拳の数々を受け止め、ウェインさんの両腕をやっとの思いで拘束する。

 が、マシュー・ウェインと言う男はそれで止まる様な人ではない。

 両腕を拘束されたと言っても、脚は自由だ。ウェインさんは俺の顔目掛けて脚を蹴り上げる。

 蹴り上げられた脚を避けるのは簡単だが、避けるには拘束している腕を解かなければならない。その場合、直ぐに自由になった拳が俺を狙うだろう。

 それを避けられるかはわからない。何より、面倒だ。

 だから、バーナード同様繰り出される攻撃を止める。今度は額ではなく、足裏で


「足癖が悪いな、アーガマ」

「それはお互い様でしょ?」


 俺の言葉に「確かに」とウェインさんは笑う。


「しかし、見事に攻撃の手段を塞がれてしまったな。アーガマはこの膠着状態をどう切り抜ける?」

「そうですね、魔法を使わないとウェインさん相手には厳しそうだ!」

「俺が使わせるとでも思うか?」


 そう言って、ウェインさんはニヤリと笑う。今の俺に魔法を使わせる気は毛頭ないらしい。

 挑発にも似たその声音は俺の挑戦心を刺激させる。

 やれるものならやってみろ、どうせお前アーガマならできるのだろう。ウェインさんは目でそう俺に訴える。

 わかりやすい挑発に乗るのも癪だが、今は縛りのない模擬戦、基演習。胸を借りるつもりで師匠達との修行の成果を発揮するのも悪くはない。


「だったら、お見せしますよ」


 今度は俺が不適に笑って見せつける。

 詠唱でもしようものなら、すぐさま体勢を立て直して邪魔をしてくるだろう。そうなったら、魔法を使う意味はない。

 無詠唱なら意表を突く事ができるだろうが、俺はカシアスのように器用ではない。何割かの確率で誤爆してしまう。

 だったら、その中間。俺が最も鍛錬を続けた方法で小魔力オドを練り上げ、魔法を放つしかない。


「ボン」


 俺の言葉を皮切りに足裏から爆発が巻き起こり、それに伴って圧縮波が生まれる。

 あまりにも唐突で回避のしようもなく、爆風によって後方へと飛ばされるウェインさんの脚は、俺の魔法によって足裏と接触していた面の布が焼け落ち、皮膚は焼け爛れている。かなり痛そうだ。

 しかし、ウェインさんは痛ぶる素振りも見せず、ガハハと豪快に笑う。


「やはりやるなぁ!詠唱をここまで短縮して操るのはかなりの技術だ!」

「いやいや、俺の靴裏が焦げちゃいましたから、まだまだですね」


 笑って俺は答える。

 詠唱短縮、小魔力オドを練り上げ出力する為に必要なプロセスを一部分省く事を指す。

 本来なら完全詠唱をする事で暴発を防ぎ、任意のタイミングで小魔力オドを抽出し構築、出力するのだが、ある程度の熟練者達は抽出、構築、出力の工程で何かしらを省く。

 感覚で補える所を補い、詠唱短縮、または無詠唱で小魔力オドを練り上げ魔法を放つのが熟練者達の基本となっている。

 カシアスの場合、全ての工程を自身の感覚で行い魔法の発動までに至る。センスで言えば、カシアスは俺より上だろう。

 そしてバーナードの場合、恐らく省略したのは小魔力オドの出力だろう。あれほどのプロテクターを常時維持をする彼もまた、小魔力オドの出力で言えば俺やカシアスを遥かに凌ぐのかもしれない。

 対して俺は、抽出と構築の省略。詠唱を出力に搾って火の魔法を捻り出した。

 平民の学生がここまでできるのなら大したものだが、三百六十七年修行を積んでこの程度ならば、悲しいかなそれ程優れた技術という訳でもない。

 唯一誇れるとするものがあるならば、火なら火を水なら水を想起させる単語を言うだけで魔法を放てる点ぐらいだ。


 自分の成長限界に憂いていると、ウェインさんは観客席のクラスメイトへ声をかける。


「真剣を!二本くれ!」

「は、はい!」


 ウェインさんの声に、一人の生徒が近くにある真剣を二本城内広場に投げ入れる。

 それを受け取ったウェインさんは、剣の状態を確認すると一本を俺の方へ投げ入れる。俺も剣を取れって事だ。


「どうだ?アーガマ。武術と魔法はやったが、剣術はまだだ。剣でもろうじゃないか」

「受けたくない相談ですね。でも、やらなきゃいけないんでしょう?」

「わかっているじゃないか」

「第二ラウンドは剣ね・・・」


 そう言って、両者共に剣を構える。

 殴って魔法を放って次は剣だ。柔剣だろうが剛剣だろうが、まともに相手しちゃ直ぐに俺の持つ真剣はおしゃかになるだろう。だが、それはウェインさんの真剣も同じ条件だ。

 だったら、さっさと剣身をぶっ壊して殴り合いに持ち込むまでだ。その作戦で行こう。

 ジリジリと睨み合って間合いを見切る。

 場は再度膠着状態へ陥り、一呼吸すらも進捗になっていく。

 それは広場で演習をする俺やウェインさんだけでなく、観客席にいる生徒達も同様だ。それ程までに緊張感が場を支配しているのだろう。

 そして、悠久にも感じ取れる膠着状態を破り、先に仕掛けたのはウェインさんだった。

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