第31話 8

 開始からおよそ十二分程で決闘は終わった。

 ぐったりと倒れ込むカシアスにバーナードは救護室へと連れていかれる。アイツら初日から災難だな。

 俺も教室へ戻ろうとその場を後にしようとすると、ウェインさんに止められた。


「ちょっと待てアーガマ」

「えっ、なんですか。これ以上何かあるんですか?」

「ああ、少しな」


 ウェインさんは真剣な表情で言うと、観客席にいるクラスメイト達へ声をかける。


「諸君らは今の決闘の結果に不満はあるか?」


 その一言に、場内は荒れる。


「大アリだぁぁぁぁぁ!!!!」

「絶対ズルした!絶対ズルした!」

「平民一人に負けるなんて事は有り得ない!そこの平民が何かしたんだ!」

「卑怯者め!」


 様々な怒号が一斉に降り注ぐが、これは俺が悪いのだろうか。

 俺の勝利を認められない貴族連中はあれやこれやと難癖を付けてくる。

 そんな周囲の反応に嫌気がさしてくるが、ウェインさんはそうだろうと一人頷く。同意するなよ。


「アーガマは無傷で戦いに勝つ事ができなかったからな。不満に思う者も多いだろう」

「そこの平民が卑怯な手を使ってカシアス様を気絶させたんだ!」

「そうだ!カシアス様を倒したのはバーナードの奴じゃないか!」

「これじゃあそこの平民が勝ったとは言えない!と言うか、平民が勝つ事など有り得ない!」


 どうしても認められないカシアスの取り巻き達がとりわけ激しく抗議する。

 それを受けたウェインさんは「だよな、無傷で圧勝しなかったから納得しないよな。私もそう思う」とうんうん頷いている。

 ウェインさんも人の話を聞かないタイプの人なのだろう。取り巻き達の話を聞いてたら、その理解にはなり得ないはずだ。

 だから、ウェインさんは暴走する。


「そこで納得がいかない諸君達には、これから私とアーガマの一騎討ちを見届けてもらう!」

「は?」


 何を言っているんだとウェインさんの顔を見上げると、爛々と瞳を輝かせてこれから起こる事の期待に胸を膨らませている。

 何を考えているんだ、この人は


「どうだ、アーガマ。これから俺とらないか!?」

「教師は生徒に決闘を申し込む事はできないんじゃないんですか!?」

「これは決闘じゃない、演習だ」


 ガルアドットさんから受けた説明を思い返して反論するが、ウェインさんはそれをことごとく交わす。

 決闘場を使って戦うのなら、それはもう決闘だろう。それなのにウェインさんは演習と言い張るし、オリエンテーションなのだからこれくらいの余興も必要と言い始める始末だ。ものは言いようだな。

 ウェインさんと話していても埒があかないので、ガルアドットさんの名を大声で呼びかけようとすると、それを遮ってウェインさんは言う。


「お前がこの話に乗るのなら、お前が卒業するまで平民寮の食材は私が面倒を見よう」

「・・・な、に!?」

「色もつけてやる。貴族寮より豪華にしてやれるが?」

「・・・っ!」


 これこそ職権濫用だろう。

 こんな交渉、教師が生徒に持ちかけて良いのだろうか。いや、ダメだろう。

 しかし、この話を断る理由が俺にはない。

 今は食材が喉から手が出るほど欲しいが、それは先程のカシアスとバーナードとの戦いで解決した。が、それは当面の問題を解決したまでに過ぎない。

 ウェインさんの話に乗れば、それも解決。卒業まで食材の心配をしなくて良いのだ。

 背に腹はかえられない。ウェインさんと手合わせをするだけで良いのなら、乗るべきだろう。


「の、乗ったァ!」

「ぃよォォしッ!」


 俺の反応にガッツポーズを決めたウェインさんは、観客席の生徒に向き直る。

 俺とウェインさんの攻防を他所に不満を垂らしていた生徒達は、真剣でありながら意気揚々としているウェインさんが口を開くと静観し始める。


「アーガマが私相手に善戦すれば、納得する者も出てくるだろう。諸君らも少しは溜飲が下がるのではないか?」


 ウェインさんのその一言に貴族達は納得して頷く。


「・・・た、確かに」

「ボコボコにされる平民をみるのは気分が良さそうだ」

「マシュー・ウェイン相手に善戦したら、いよいよ認めざるを得ないな・・・」

「は、はやくみてぇよ・・・情けなく首を垂れる平民がヨォ・・・」


 が、明らかにウェインさんの意図する溜飲は下がらないだろうと言う反応だ。

 それもそうか、そもそもコイツらは俺が無傷だろうが無傷じゃなかろうが勝った事実にキレ散らかしているのだから、その事実を認めさせて黙らせるのならウェインさんと戦う他ない。

 他に良い案が今降りてくる訳でもない。なら、仕方ないと自分を納得させる。


「じゃあ、りましょうか。ウェインさん」

「乗り気で良いじゃないか。私もやっとアーガマと手合わせができる事に興奮が収まらないぞ」

「後で全部ガルアドットさんに告げ口しますからね」

「いいぞ!ガルアドット女史にしばかれるくらい、アーガマと戦える事を考えればお釣りがくるくらいさ!」


 戦闘狂め。

 でも、まあこの人はそう言う人で仕方ないのか、とため息を吐く。

 本当にこれが終わったらガルアドットさんにチクろう。

 そう心に決めて、棒立ちの構えを取る。


「ウェインさん、開始の合図お願いします」

「いつでも初めて良いぞ!来い!アーガマ!」


 嬉々とするウェインさんのその声を合図に、俺とウェインさんの演習戦いは幕を開けた。

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