第30話 7

 カシアス・イオク、ヘムズワース王国宰相、リオグランデ・イオクの嫡男。剣術に秀でた才能の持ち主らしく、新入生の中では相当な実力者のようだ。

 バーナード・コユクック、ノーラン・コユクック伯爵の一人息子。こちらは武術に秀でておりらカシアス同様新入生の中ではかなりの実力者みたいだ。

 二人とも、自分の実力にはそれなりに自信があるらしく、ぽっと出の平民に片手で事足りるとウェインさんに言われてかなり頭に来ている様子だ。

 噂では、在校生よりも力のあるらしい二人なのだが、そんな奴ら相手に片手で無傷で圧勝できるのなら、俺はもしかしたらこの国を乗っ取れるのかもしれない。


「イオク、コユクックの両者はアーガマに一発でも致命打を入れれば勝ちと判定しよう。対してアーガマ、お前は片手で二人を気絶まで追い込まなければ勝ちと判定しない」

「いやウェインさん、俺一人で相手するんすよ。俺も一発致命打で勝ち判定にしてくださいよ」

「お前、そんなの直ぐ終わるだろうが」


 決闘場に辿り着いた俺らは、中央の広場でルールの確認を行なっている。

 ウェインさんは俺に無理難題を押し付けるが、それが更にカシアスとバーナードの逆鱗に触れる。


「貴様、良い度胸だ。我々二人を相手にしてそこまで大口を叩けるとはな。その肝っ玉だけは褒めてやる」

「大口叩いてるのは俺じゃなくてウェインさんだけどな?」

「あんま調子に乗るなよ。決闘場ここは死人が出ねえ様になってる。全力でるからよ、覚悟しろよお前・・・」

「お前らの耳は飾りか?俺自身の口で片手でやれるって豪語してないんだけど?」


 怒り心頭に発する二人にそれぞれ反論するが、その言葉は耳に届いていない。コイツら、俺を沈める事しか考えていない。

 どうにからならねえかな〜と半笑いしていると、歓声と怒号が場内に響き渡る。

 決闘場は、俺らがいる広場の周囲を取り囲む様に壁があり、その壁の上に観客席が設けられている。

 その観客席には、当然の如くクラスメイト達があれやこれやと野次を飛ばしている。周りを見渡しても俺の味方は全然いない。せいぜい、ロランやルカくらいだろうか。


「それでは、これよりカシアス・イオク並びにバーナード・コユクック対シロウ・アーガマの決闘の開始を宣言する!双方、構え!」


 歓迎されていない雰囲気の中、ウェインさんが開始の宣言を始める。

 カシアスとバーナードは既に戦闘体勢に入っており、開始と言われればいつでも飛びかかって来るだろう。

 対する俺は、棒立ちだ。

 別に舐めている訳ではない、これが俺の型だ。

 しかし、それは周囲の人間にはわからない事なので、シロウ・アーガマは決闘を舐め腐っていると逆撫でにしかならない。その証拠に、カシアスとバーナードは怒りを剥き出しにしている。

 やる気は起きないが、食材の為にもやるしかない。


「始めェッ!」


 ウェインさんの合図で先に駆け出したのはバーナードだ。初速はかなりのもので、カシアスでさえ驚いて声を漏らしている。

 在校生を含めても相当な実力者という噂はあながち間違いではないのかもしれない。


「沈め」


 バーナードはそう言うと、胸に構えた拳を俺に向けて打ち放つ。

 速い。だが、ウェインさんの速さに比べれば遥かに遅く、欠伸が出るほどだ。

 バーナードの放つ拳を勢いそのまま左手でいなし、軌道が逸れたバーナードは体勢を崩して弧を描き宙を舞う。

 そのままバーナードは地面に転ぶが、やはり威力は相当なもので、バーナードの拳が触れた地面は大きな音を立てて陥没する。これが当たったら相当痛いだろう。本気で殺るつもりなのは確かだ。


「・・・クソ!」

「惜しかった、威力は上等。後は速さだ」


 見上げるバーナードに助言をすると、拳をいなした左手でバーナードの頬を裏拳で軽く殴る。

 すると、バーナードの体は勢いよく数メートル先の壁まで飛び、激突する。壁にはひび割れが起きており、ガラガラと音を立ててバーナードの体へと落ちていく。

 軽くやったつもりが、かなりのダメージを与えたらしい。床にへたり込む彼は小さく呻き声をあげている。凄く痛そう。

 そうしてバーナードの方を向いていると、剣先が頬を掠める。間一髪の所で避けたが、避けられなければ顔をレイピアのように細い剣先で貫かれていた。今度は、カシアスだ。


「こう言う時はさ、余所見はするな!とか隙有り!とか言うもんじゃないの?」

「馬鹿が、声を出せば勘付かれて避けられるだろう!」

「結局避けられてるけどね」

「その減らず口、黙らせてやる!」


 軽口を叩く俺に次々と剣を突き立てるが、それを軽々と躱す。

 カシアスの速さも相当だ。初速はバーナードに遅れを取ったと言うものの、剣の速さはバーナードの拳よりも速い。

 怒りに任せて剣を振っているようにも見えるが、そんな事はなく、至って冷静に的確に俺の急所を狙ってくる。

 二人とも新入生、在校生を含めても相当な実力者というのは本当だろう。その歳でこれ程までの腕っぷしは見事だ。身を持って実感する。


「強いな、それもかなり」

「ハッ!今更なんだ?降参でもするのか?」

「いいや、降参はしない」

「なん・・・!?」


 カシアスが驚くのも束の間、俺はすかさず左手でカシアスの顔を掴み、投げる。

 バン!と大きな音を立てて壁に激突し、カシアスはそのまま倒れ込む。

 決闘開始の合図から、ほんの一、ニ分の出来事だ。観客席にいるクラスメイト達は、なにが起きたのか理解できずに押し黙る。唯一声を出すのは、ロランだけだ。


「シロー!凄いよー!カッコよかったよー!」


 そう言うロランに手を振って答えるが、終了を告げる合図はまだだ。と、言う事はカシアスもバーナードも気絶はしていない。

 全く、誤認でも良いから終了を告げれば良いのにとウェインさんの方を向くと、ニヤニヤと口元を歪ませている。楽しんでるなぁこの人は

 そうこうしていると、カシアスが立ち上がる。やはり、気絶はしていなかった。


「まだだ・・・平民・・・」

「タフだね、本当」

「・・・舐めるなよ、私は執念深いぞ」


 カシアスはそう言って剣を構える。その目は俺をしっかりと捉え、逃さないと言っている。

 彼の言う通り、身震いするほど執念深い。敵に回したくないね。


「私の剣の師は、王国騎士団元団長トロイ・バートン。その師の名に恥じない戦いをしよう」

「なるほど、道理でその歳でそこまで強い訳だ。良い師匠に当たったじゃないの」

「先程は一撃を喰らってしまっからな。シロウ・アーガマ、お前の力は認めよう。推薦生徒というのも頷ける実力だ」

「認めるのなら、決闘を中断してくれないかな」

「断る。お前の強さは認めたが、お前は私が飼い慣らそう。私の実力でお前を地に伏せさせ、傅かせてやる!」

「嫌だね、堅苦しそうだ」


 俺がそう言って笑うと、カシアスも笑う。だが、その笑みに嘲笑の意は込められていない。

 空気が張り詰め、先程までとは一味違った緊張感が場を支配する。カシアスを中心に温度が下がり、地面は湿っていく。

 構える剣先を見れば、そこには細身の剣身を覆う形で何処からともなくブクブクと水が溢れ出していた。魔法だ。


「この学園において、決闘で相手に魔法を使うと言う事は、相手を認めた事になる。重ねて言う、私はお前の力を認めよう」

「・・・光栄だね」

「誇れ、私に認められた事を!」


 瞬間、カシアスの持つ剣を覆った水がバリバリと音を立てて回転し始める。

 よく見れば、細かい刃を水で生成しおり、それを高速で回転させる事でまるでチェンソーのような武器となる。

 先程までのレイピアは見る影もない。今は、その巨大な刀身で俺を貫こうとカシアスは機会を伺う。

 こんなのに当たりでもしたら、ひとたまりも無いだろう。避ける事は簡単だとしても、バーナードまで相手をした上で片手でやるなんて、少しばかり無理が過ぎる。

 恨みがましくウェインさんの方を見ると、にっこりと笑っている。悪魔かよ。


「どうした?お前から余裕の表情が消えたな?」

「そらそうよ。まさか無詠唱で魔法使うとは思わなかったからな」

「ハッ!無詠唱なぞ、剣の稽古がてら片手間で身につけた技術だが、それでお前の顔を曇らせられたのなら悪い気はしないな!」


 カシアスはそう言うと、バリバリと音を立てる剣を俺に向ける。

 この世界で言う魔法は、別に詠唱を必須とする訳ではない。

 自分の体内に流れる小魔力オドを使う為、魔法を使用するには小魔力オドを上手く練り上げる必要がある。

 それを補助するのが詠唱または印であり、ある程度熟練した者なら無詠唱無印で小魔力オドを練り上げる事ができる。

 だが、それができる学生はかなり珍しい。学生の無詠唱なんて、魔法の制御が効かずに暴走するのが殆どだ。俺はそうセイラ師匠に習った。

 それをここまで使いこなすとは余程の研鑽を積まない限りはあり得ない話だ。カシアス・イオク、こう見えて見えない努力をしているようだ。


「凄いな、尊敬するよ」

「お前が褒め言葉を言うと気色が悪いな。だが、悪い気分ではない。お前も魔法を使ったらどうだ!」


 カシアスに言われて俺はウェインさんの方を向く。

 すると、ウェインさんは満面の笑みで「アーガマの魔法使用は認めない!」と断言する。正気かあの人。


「・・・だってさ」

「つくづく舐められたものだ。だが、良い。今回はこれで終わらせよう」

「これは、油断大敵だな」

「覚悟!」


 刹那、カシアスの剣戟が俺の額を目掛けて迫る。すんでの所で躱すが、なかなかに速い。ウェインさんに比べて劣るものの、それでも十分過ぎるくらいだ。

 カシアスの持つ魔法を纏った剣が、鈍い音を立てて細かな刃を回転させる。

 一撃一撃が素早く、片手しか使えない今は避ける事に集中しなければならないが、カシアスだけに意識を持っていく事はできない。


「オラァッ!」


 背後からは戦線復帰したバーナードの拳が迫る。


「危ねっ!」

「チッ、避けるなアーガマ!」

「殺気増し増しの攻撃なんだから避けるに決まってるだろうが!」


 バーナードの下から殴りあげられた拳を左手で止めて言うと、バーナードは空いている手で俺の服を掴みニヤリと笑う。


「これなら逃げられねえな・・・巻き起こせ旋風!」

「バーナードは詠唱短縮かよ!」


 バーナードの言葉に合わせて、彼の体から風が巻き起こる。それは次第に腕へと集まり激しく渦巻く旋風と化す。

 詠唱を短縮した上で任意の方向へ魔法を止めるのはかなり高度な技だ。それこそ、場合によっては無詠唱より難しい技術で学生が扱えるようなものではないはずだ。

 しかし、バーナードはそれをやってみせた。カシアス然り、新入生のパワーバランスはどうなっているのか。


「イオクみてえに無詠唱とはいかねえがな、威力はあるぜ!」


 そう言うと、旋風の威力は段々と増していく。

 掴まれた服は破け、左手もヒリヒリと痛み始める。これも、カシアスの技同様に直撃したら不味いと直感が告げる。

 すかさず左手を離し、バーナードの首元に手をかけるが、彼はその一瞬を見逃さない。

 自由になったバーナードの拳が、俺の顔を目掛けて飛んでくる。避けられなくはない。ただ、避けたとて旋風を纏うバーナードの腕が俺の急所を狙う事に変わりはない。

 それならば、止める方が楽だ。


「なぁっ!?」


 バーナードの腕は風のプロテクターで纏われ、旋風を巻き起こしている。だが、拳の接触点には旋風が起きていない。だからそこに額をぶつけるだけ。そうすれば、バーナードの拳は勢いを無くし止まる。

 威力は相当。俺の額からもバーナードの拳からも血が噴き出る。だが、肝心の急所には当たらなかった。こめかみが近いしヒヤヒヤしたが、ウェインさんの合図はない。

 つまり、戦闘続行だ。


「お前!無茶苦茶すぎるだろ!」

「でも急所には当たってねえ、これが攻略法だろ?」

「クソったれがぁ!」


 声を荒げ、もう一度殴りこもうとバーナードが拳を引っ込める。

 その瞬間があれば良い。


「ぐぁっ!?」

「飛んでいけ!」


 首元を掴んでいた左手を思い切り振りかぶる。すると、バーナードの体は軽々と持ち上げられまたしても宙を舞う。

 そのままバーナードは壁に衝突するが、今度は受け身を取ったようで直ぐに踵を返す。

 カシアスは様子を伺っていただけで、バーナードが飛ばされるやいなや俺の元へ駆け込む。

 正直、厄介だ。この二人を相手に片手だけで長期戦をするのはかなりしんどい。このまま長引けば長引くほど、俺の消耗は激しくなりその内致命打を貰ってしまうだろう。

 だったら、早く決着を着けないとな。

 今までは防戦するだけだったが、それじゃあ何れ攻略されてしまう。だから、駆ける。


「ハッ!やっと動く気になったか!」

「じゃないと結構辛いのでね!」


 カシアスの剣戟が差し込まれるが、俺はそれを

 バリバリと音を立て、幾重にも重なった細かい刃が激しく回転し俺の右肩を貫く。

 無色透明な水を纏うカシアスの剣は、俺の血に塗れ赤黒く染まっていく。

 その様を見ていたカシアスは驚愕し、クラスメイトの悲鳴が響き渡る。

 が、またしても俺の急所は突けていない。

 先程の額で攻撃を止めるのが通ったのだ。肩を貫かれる程度、大丈夫なはずだ。


「き、貴様!正気か!?」

「さっさと終わらせるなら、この方が手っ取り早いからな」


 ニヤリと俺が笑うと、カシアスは顔を強張らせて距離を取ろうとするが、もう既に遅い。

 俺はカシアスの胸ぐらを左手で掴み引き寄せ、ごくりと固唾を呑む彼に問う。


「カシアス、剣の師に"後ろにも目をつけろ"と習った事はあるか?」

「・・・は?お前は何を言ってーー」

「俺はある」


 そう言って、困惑するカシアスを思い切り俺の後方へ投げ入れる。すると、そこには丁度拳を振りかざすバーナードがいた。

 音もなく俺の背後に忍び寄り、そのまま急所を狙うつもりだったバーナードはあまりの突飛な展開に声を漏らす。


「は?・・・あっ」

「お゛ぅ゛っ!」


 振りかざした拳は、俺に投げられたカシアスの腹へ直撃する。

 バーナードの拳をモロに喰らったカシアスは倒れ込み、激しく嘔吐する。そのカシアスの様子をみて困惑を極めるバーナードは放心状態で、構えを解き無防備に急所を晒す。

 あれだけの実力があっても、所詮は学生。ハッと我に返り構えを取ろうとするが、僅かでも隙を見せたのがバーナードの敗因だ。

 俺の左手が、バーナードの顎を殴りあげる。

 声も出さず後ろへ倒れるバーナードは白目を剥いている。これは気絶しただろう。

 カシアスの方を見ても、ひとしきり吐物を撒き散らした後に気を失って倒れ込んだようだ。これも気絶しているだろう。

 血に塗れ傷も負っているが、急所には当たっていない。無傷でとは行かなかったが、勝利条件に無傷とは無かったはずだ。


「どうですか?ウェインさん」


 これで満足か?と言わんばかりにウェインさんの方を向くと、笑顔は崩さないまま頷く。どうやら、これで良いらしい。

 場内はとても静かで、誰も俺が勝ったとは思っていない。終了宣言がされた訳でも無いし、二人がまだ立ち上がると信じ切っているらしく、クラスメイト達は決闘の行方を静かに見守っている。

 その空気に辟易したのか、見ればわかるだろと言わんばかりの顔でウェインさんは決闘場の広場中央まで来て、カシアスとバーナードの状態を確認する。一人でうんうんと頷くと、ウェインさんは決闘場全体に響き渡る声で決闘終了の合図を出す。


「イオク、コユクック両者の気絶を確認した!よって、勝者はシロウ・アーガマとする!」


 その言葉に、今まで固唾を呑み見守っていたクラスメイト達が声を上げる。


「嘘だぁぁぁ!カシアス様が負けるなんてぇぇぇ!」

「バーナードが負けた!?嘘だろ!?」

「なんだあの平民!なんだあの平民!」

「シロー!かっこいいよー!」

「くたばれ平民!」

「汚い手でも使ったんだろ!」

「二度と学園に来るな!」


 一名だけ俺をたたえてくれるが、それ以外はカシアスの敗北を嘆きバーナードの敗北を惜しみ俺を罵倒する声が場内に響く。

 阿鼻叫喚とはこの事だろうか。場内の反応に苦笑いしていると、ウェインさんが俺の肩を叩く。


「無傷でも勝てただろ?」

「あの、少しは褒めてくれませんか?それか心配とか」

「その程度の傷、お前ならなんともないだろ?」

「あのさぁ・・・」


 きょとんとするウェインさんを尻目にため息を吐く。

 とりあえず、勝ちはしたし食材の件もどうにかなりそうだ。まあ、これで良いだろう。


 そう思っておこう。

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