第29話 6

 王立ヘムズワース学園には、生徒同士のいざこざを解決するために、決闘という血生臭い方法を採用している。

 話し合い不要、魔法、武術、なんでもアリ。生徒同士が死にさえしなければ、一対一だろうが、多対一だろうが、集団戦だろうがおかまいなし。

 それに、学園の優秀なサポーターのおかげで、大怪我は直ぐに治るし、死ぬ心配もない。

 普段なら即死のダメージですら、学園の力を借りればあら不思議。ダメージに置き換わるだけだ。

 そんな血に塗れ泥に塗れ負ければ笑い者の決闘なんか誰がやりたがるだろうか。俺は嫌だ。

 合否発表の日に渡された資料の決闘ルールを見て、俺はそう思っていた。

 しかし、いるんだな。自分のプライドを守る為に決闘を申し込む奴は、必ずいる。

 俺が不用意に煽った訳で自業自得ではあるのだが、だからと言って申し出を受け入れる必要はない。したがって、俺の導き出す答えはーー


「断る!」


 元気よく、腕を組み仁王立ちの構えで返事をする。


「貴様ァ!そんな威風堂々と断るヤツがあるか!」


 俺の返答に納得がいかないカシアスは額の青筋を更に立てて怒鳴る。

 取り巻き達もそれに乗っかり、「決闘を断るのか腰抜け!」「この卑怯者!」「雑魚!!!!!」と罵ってくる。最後の奴、お前覚えとけよ。


「俺が把握してる限りでは、決闘を申し込まれたとして必ず受けなければいけないなんてルールは無かったぜ?だから、断る」

「腰抜けと後ろ指を指されても良いのか!?」

「俺はお前らみたいに狂戦士バーサーカーじゃねえのよ」

「なん・・・貴様!またしても侮辱するか!」


 狂戦士バーサーカーって侮辱なのか。

 カシアスはそう言うと机に拳を激しく叩きつける。叩きつけられた机には亀裂が入り、ミシミシと音を立てて裂け目を広げていく。お前、学園の備品を壊すなよ。

 癇癪を起こして備品に当たる様を見てドン引きする俺を他所に、「どうだ?」と、カシアスはニヤリと笑う。俺が怖気付いたとでも思っているのだろうか、ドン引きしてるんだよ。


「断れば、この倍の威力でお前を殴ろう。今日も明日も、これから先ずっとな!」


 ギラギラとした笑顔でカシアスは言う。脅しだ。

 これを喰らいたく無ければ決闘を受けろと言う脅しだ。どっちみち痛い目に遭うのなら、決闘を選べと言う事だろうが、カシアス程度の威力なら毎日喰らっても問題はない。けれど、それはそれで面倒だな。

 困ったな、と顎に手を当て考えていると、カシアスの後方から「ちょっといいかな?」と声があがる。


「ん?なんだ、イズルミの子息か。どうした?」

「いやね、流石に彼が可哀想だと思ったんだよ。少しは大目に見てくれないか?カシアスくん」


 カシアスの後ろから現れたイズルミと呼ばれた男子生徒は、カシアスから俺の身を隠すように立ち塞がる。

 クリーム色の髪をマッシュに整えた彼は、他の貴族とは違って俺を見下す様子はない。片膝を曲げ、身を低くして「はじめまして」と挨拶をする。


「僕の名前はリディ・イズルミ、この話の仲介をさせてもらうよ」

「あ、はい。・・・よろしくお願い申し上げます」


 リディと名乗る彼の丁寧な挨拶に面を喰らい、カイから教えてもらった挨拶をするのに手間取ってしまう。

 そんな俺の挨拶を受けて、リディは満足げな顔をする。そして


「ホラ!見た事か!彼だってしっかりしてるじゃないか!カシアスくん、君が威圧しすぎたから彼は反発したんだよ!」

「平民が反発するのがおかしいんだが」

「そう言わないで、民がいてこその国だろ?彼ら平民がいてこその我々貴族だろう?」


 カシアスをいなすようにリディは、いやリディさんは言う。

 なんて人だ!貴族というだけで威張らず鼻にかけない姿勢、ロランを除けば今までこんな貴族には出会わなかった!俺はこれから彼の事を尊敬の念を込めてリディさんと呼ぼう。

 そうやって俺が感嘆としていると、カシアスは面白くないと鼻を鳴らす。


「いいか、イズルミの子息。これは俺とあの平民の問題だ。決闘を辞めろなんて仲介はお呼びじゃない」

「いいや?僕は決闘を取り止めろとは言っていない」


 淡々と、リディさんは言う。決闘を反対していた訳ではないらしく、俺とカシアスは目を丸くする。

 だったらなんだとカシアスが問うと、リディさんはニヒルに笑って答える。


「僕が言いたいのは、温情のあるルールを設けた上で決闘を執り行うべきと言う事だ」

「どうしてだ?」

「それは、バーニーもアーガマ君と戦いたがっているからだよ」

「バーニー?」


 そう言われて俺とカシアスは首を傾げる。バーニーって誰だ?

 カシアスへ顔を向けると、カシアスから誰だ?と視線を送られる。

 俺は聞かれてもわからないので、肩をすくめて首を横に振る。本当に知らないからだ。

 そんな俺とカシアスのやり取りをみていたリディさんはふふっと笑うと「ね、バーニー。恥ずかしがってないで出てきなよ」と俺の後ろに声をかける。


「愛称で呼ぶな、イズルミ」


 そう、真後ろで声がする。

 振り返ると、手足がすらっと伸びた筋肉質な大男が、不服そうな表情で机に腰をかけていた。


「なんでさ、僕らの仲だろ?」

「お前と仲良しになった記憶はない」

「つれないなぁ」

「だが、イズルミの案には賛成だ。俺も、そこのアーガマと決闘をしたい」


 大男は俺に人差し指を向けて言う。

 俺と決闘をしたいと言う彼の虎視眈々と俺を見つめるその様は、獲物を捉えた獣のようにしか見えない。

 そう見えるのは、大男の髪型がウルフカットだからだろうか、どうしても野生味を感じてしまう。


「コユクックの子息か、バーニーとはお前の事だったんだな」

「バーニーって呼ぶな。公爵家のお前でも、そう呼ぶのは許さない」

「ハッ呼び方などどうでも良い些事だ。それよりも、コユクックの子息、お前は私の決闘相手を横取りする気か?」

「いや、イオクの後に申し込むつもりだ」

「ほう、つまり連戦か」


 カシアスはチラリと俺の方を見る。

 俺の介入していないところで話が着々と進んで行くが、勘弁してほしい。俺は決闘なんてやらないぞ。

 そんな俺の意思を無視して、カシアスと大男は話を進める。


「だから、一戦に時間をかけられると困る」

「別に同日に戦わなければ良いのでは?」

「それは俺が待てん」

「戦闘狂め」

「マシュー・ウェインの推薦生徒、余程強くなければ推薦なんてされないはずだ。俺は早くアーガマと戦いたい」


 大男の言葉にカシアスはため息を吐く。

 二人の間には、険悪とは言わないまでも若干の悪い空気が漂っている。そんな空気を両断するように、それまで沈黙を貫いていたリディさんが口を開く。


「そこで相手に一発致命打を入れれば勝ちのルールを設けよう」

「致命打?何を持ってして致命打とするのだ?」


 リディさんはカシアスの問いににっこりと笑うと、自分のこめかみに指を当てる。


「まずは、こめかみ」


 そう言って、リディさんは人間の急所と呼ばれる箇所を自分の体で示していく。


「人中、顎、喉仏、みぞおち」


 上から順にするすると迷いなく示す。

 そして、「最後に」とまたニヒルに笑う。


「金的。以上の何れかを一発でも直撃させれば直撃させた者の勝ちとしよう」

「なるほど、だがそのルールは私に利点がない。私がそれを受け入れるかどうかは別の話だ」

「俺にも利点ないけどね」

「平民、お前は黙ってろ!」


 カシアスは俺を睨んで黙れと牽制する。

 決闘を受ける前提で話が進んでるのをどうにかしてくれないだろうかと途方に暮れていると、「それだけじゃあ、ハンデは足りないんじゃないか」と声が教室内に響く。

 振り返れば、教師前方には俺達の担当教員であるマシュー・ウェインが立っている。いつの間にか、教室に入室していたみたいだ。


「これはこれは、マシュー・ウェイン教諭。おはようございます」

「ああ、おはよう。ところで、入学早々決闘騒ぎを起こす気かな?」

「ええ、まあ」


 ウェインさんに気がついたカシアスはすかさず挨拶をする。

 それに応えたウェインさんは、それはそうとと決闘の話題を持ち出す。もしかしたら、ウェインさんが止めてくれるかもしれない。


「良い事だ。どうだ、アーガマ。お前なら片手で事足りるだろう?」


 そんな訳がないと、数秒前の自分をぶん殴ってやりたい。

 ウェインさんがニカっと笑って俺に言うと、カシアスと大男は眉をひそめて反論する。


「片手で?貴様、私を相手に片手でやるのか?」

「聞き捨てならねえな。それだと、俺がお前より弱いみてえじゃねえか」

「いや、だから決闘はしねえってーー」


 二人の言葉を決闘はしないと言う形で否定しようとしたのを遮って、ウェインさんは話を続ける。

 声を荒げているわけではないのに教室内に木霊するその声は、クラス中の人間が全員傾聴してしまうほどに重く力強かった。


「いいか!シロウ・アーガマはこのクラスの誰よりも強い。君達は、彼よりも圧倒的に弱い!」

「なんだと?私が?弱いと?」

「そうだ、イオク。君はアーガマの足元にも及ばない。コユクック、君もだ。君達二人が束になったところで、彼には勝てない!」

「テメェコラ!もういっぺん言ってみろ!」


 ウェインさんの挑発にカシアスが静かに怒り、コユクックと呼ばれた大男は声を荒げて怒りをあらわにする。

 挑発した俺が言うのもなんだが、ウェインさんも挑発し過ぎだ。あまりに過剰すぎる。

 しかし、プライドの高い貴族にはそれが有効な様で、カシアスやコユクックを除いた他の貴族達からも怒気混じりの視線を向けられるのを感じる。


「アーガマなら、このクラスの人間全員を相手にしながらも片手で、無傷で、圧勝する事が可能だ!」

「おい待て適当な事言うな!」

「適当じゃないぞアーガマ、お前は私の速さについて来れた数少ない人間だ。その私が保証するのだから、間違いはない」


 真剣な眼差しでウェインさんはそう言う。

 その言葉に、冗談じゃないのかと教室内はザワつき、決闘を申し込んだ二人は闘志を更に燃やしている。


「先程のイズミルが提案したルールを設けよう。その上で、イオクとコユクックは二人組でアーガマに挑んでもらい、アーガマには片手で対処してもらう。それが可能なら、決闘場に移動しよう」


 ウェインさんがそう言うと、カシアスとコユクックは二つ返事で「乗った」と返す。


「そこまで言うのなら、二人組で挑むのも良いだろう。本来なら二体一なぞ畜生にも劣る恥と断ずるべきだが、アーガマ、お前の鼻っ柱を折ってやろう」

「ここまで舐められたのは久々だ。イオクなんざと協力する気はさらさら無いが、呑んでやるよその条件を」

「その意気や良し!さあ、お前ら!決闘場へ移るぞ!初日のガイダンスはオリエンテーション!その内容は、平民と貴族の決闘だ!」

「俺を置いて話を進めんな!」


 俺を差し置いてトントン拍子に話は進んでいく。

 あんたはなにをしてくれているんだと辟易していると、ウェインさんは「アーガマ」と徐に口を開く。


「お前がこの決闘で勝利すれば、食材の件を解決してやろう」

「なん・・・だと・・・!?」


 ルカから聞いたのかとルカの方へ目を向けると、懇願にも似た表情で「頑張って、シロウ!」と言っている。

 ロランも満面の笑みで「シロー!頑張れー!」とはしゃいでいる。お前ら、他人事だと思って少し楽しんでいないか?


「逆に、負けたり棄権をすれば、食材に関しては二度と援助しない。どうだ?アーガマ、乗ったか?」

「職権濫用が過ぎる!!」

「なんとでも言え!さあ、乗るか!この話に!」


 ガハハと豪快に笑いウェインさんは詰める。の、乗るしか無い。この条件を飲み込んで、食材を手に入れなければこの先の生活に安寧はない。

 食事の無い生活は絶対に嫌だ。


「乗ったぁ!」

「よろしい!ならば、カシアス・イオク並びにバーナード・コユクック両者のシロウ・アーガマに対する決闘申請を受理する!」


 ウェインさんはそう高らかに宣言すると、先程まで静観していた生徒達の歓声が教室内に響き渡る。

 カシアス・イオクの勝利を望む声、バーナード・コユクックに期待する声、シロウ・アーガマを罵倒する声。

 様々な反応で教室内は湧き上がる。


「じゃあ、行こうか。決闘場へ」


 ウェインさんはにっこりと笑ってそう言った。笑い事じゃない。

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