第28話 5

 面倒事の処理は早ければ早い方が良い。後に回せば回すほど更に面倒さが増すからだ。

 学園のエントランスにつき、案内板を見てから教室へと進む。かなり巨大な校舎なので、エントランスから教室に行くのも一苦労なのが、壁際にある案内に従わないと辿り着けない今は心身共に疲弊させている。

 特にロランとルカなんて肩で息をしている程だ。


「やっと着いたわ・・・」


 ため息を吐いて教室のドアをガラリと横へ押す。

 教室内に足を踏み入れると、ピリッとした空気が俺達を迎える。蔑む目、畏れる目、物珍しげな目、あらゆる視線が俺達を値踏みする様に注げられる。

 そんな視線を掻い潜ろうとせず、一身に受けて教室内にズカズカと入り込む。自分はどこに座れば良いのかと周りを見渡す。どうやら教室内は大学の講義室の様に広く、三方向に分かれて雛壇型に設置された長机に三人程が肩を並べて座る仕様みたいだ。しかし、自分の席らしい席は見当たらない。自由席なのだろうか。

 どうしたものかと悩んでいると、中央の席で腰掛けていたカイが徐にこちらへやって来る。「オイ、アーガマ、お前・・・オイ」と鬼の形相でブツブツ呟いてはため息を吐いている。


「カイじゃん、おはよ」とカイに挨拶すると、「お前といると本当に胃が痛くなる」と呟いて耳打ちをしてくる。


「オイ、アーガマ。悪い事は言わねえ、挨拶しろ」

「あ、おはようございます」

「俺にじゃねえ!教室内全員にだ!みろ、お前と来た二人は挨拶してるぞ!」


 そう言ってカイは俺の後ろを指す。振り返れば、確かにロランとルカはそれぞれ教室内に響く声で挨拶している。なるほど、これからよろしくする仲なのだから、挨拶するのは良い考えだ。俺が納得した顔を見せると、カイは安心しきった表情でほっと一息吐く。

 そんなカイを尻目に、教室内の生徒へ向き直る。相手は一応貴族だし、不遜な態度を取られた訳でもない。だったら、礼儀正しく挨拶しよう。

 姿勢を正して、教室内に響く声量で


「シロウ・アーガマです!平民です!よろしくお願いします!」


 俺の挨拶に、特に騒々しかった訳でもない教室内が更に静まり返る。音や声がしなくなり、完全な静寂が教室内を包む。

 この反応はなにかやってしまったのかとカイの方を振り向けば呆れた顔をしている。ルカやロランの方を振り向くとルカは愕然としていてロランは満面の笑みだ。全員どういう心境なんだよ。

 しかし、その静寂も長くは続かない。俺の困惑を他所に静寂を破ったのは中央後方で席に着席している一人の男子生徒だ。


「ハッ!貴様が噂の平民か!面白いヤツだ!」


 男子生徒は艶やかな赤髪を揺らし、歯を剥き出して笑う。


「はは、それはどうもありがとうございます」

「アーガマ、褒めてなんかいないんだよ」


 俺が笑って返すと、カイは首を横に振って言う。だったら皮肉なのかと赤髪の男子生徒の方へ目を向けると、赤髪の男子生徒は嘲笑うように俺を見下している。

 初日からやらかしたな〜と達観していると、カイが「いいか、アーガマ」と耳打ちする。


「平民は自分の名前を言わないし身分も明かさねえ、それが自分は平民って意味だからだ」

「え、そうなの?」

「それに、よろしくお願いしますじゃなくて、よろしくお願い"申し上げます"だ。一言そう言ってお辞儀する。そしたら、黙って端に寄る。ここはそれが挨拶でそれだけで済む」

「は?マジかよ」


 そんな話聞いた事ないぞ!師匠達からも習わなかった事だが、まさかこんな細かく面倒な事をしなければならないとは思わなかった。

 多分、ルカもずっと入り口付近にいるし、カイが言った挨拶をしたのだろう。

 平民だから教養が無いと言う理由では許されなさそうだ。


「とりあえず、謝っておけ。そうすれば、俺がなんとかしてやる」

「わ、悪い。恩に着るよカイ」


 場を取り成してくれるカイに感謝しつつ、再度赤髪の男子生徒を中心にする生徒達へ向き合う。

 とりあえず、謝ろう。そう思って口を開くが、赤髪の男子生徒はそれを遮る形で今度はカイをターゲットに目を据える。


「オイオイオイオイ、どうしたロットの子息。その平民と内緒話か?」

「いえ、奴は何も知らない様なので、奴自身の立場を教えたまでです」

「はあ、そうか。その割には随分と親しげだった気がするが?」

「それは・・・そうお見えになられましたか?」

「ああ、かなりな。入試の時にでも関わったのか?その時に情でも湧いたか?」

「ええ、多少は」


 カイは微動だにせず答える。眉一つも動かさないその反応が面白くなかったのか、赤髪の男子生徒は再び俺に目を据えて不敵に笑う。


「平民、近くに寄れ」


 偉そうな態度は依然変わりなく、手を下から掬い上げるように俺を手招きする。絶対に近寄りたくない。

 赤髪の誘いに乗らず引き笑いをしていると、赤髪の取り巻きと思しき数人の生徒が声を上げる。


「貴様!平民風情が、さっさと来ないか!」

「カシアス様を待たせるな!無礼者!」

「平民らしく来い!自分が平民という事を忘れるな!」

「えぇ・・・」


 取り巻きの勢いは増し、罵詈雑言を吐き散らしている。お前ら仮にも貴族だろ、一平民の俺をそんな口汚く罵っていいのか。周りの目ってものがあるだろう。

 しかし、そんな俺の寛大すぎる配慮など気に溜める様子もなく悪口雑言は続く。


「まあ、よせ。そこまで言ってやるな。この私に近づける栄誉に感動して足がすくんでしまったのだろう。許してやれ」


 赤髪の男子生徒は、おめでたいほど高められた自己肯定感で取り巻き達の罵倒をやめさせる。

 そんな赤髪の態度に取り巻き達は大興奮。「なんと慈悲深い!」「流石カシアス様!」「感謝するんだな平民!」と続け様に用意されたようなセリフを喋る。

 マジでなんなんだコイツらは


「なあ、カイ。あの人達は誰なのよ」

「お前知らないのか?」

「知らねえよ、有名人か?」


 俺の疑問にカイは何度目かもわからない呆れ顔とため息を吐き、「いいか、あのお方はな」と続ける。


「カシアス・イオク様。この国の宰相、リオグランデ・イオク公のご子息だ」


 カイに紹介されるのと併せて、カシアスは渾身のドヤ顔を決めて嘲り笑う。

 その自信満々な表情のカシアスは、平民である俺を物理的にも精神的にも隠す事なく見下している。いい気分はしないが、ここで突っかかっても良い事はないだろう。やるなら、アイツのもとに行ってからだ。

 カイに礼を言ってからロランとルカの方を見る。ルカの顔面は蒼白させているが、ロランは曇り一つもない満面の笑みだ。なんでだよ。

 それから、俺はカシアスのもとへ歩を進める。気は乗らないし面倒だが、さっきから取り巻きが早く来いとうるさいから仕方ない。それに、言ってやりたこともある。

 階段を登って中央後方の席、カシアス・イオクのいる所へと着くと、カシアスは「遅いぞ」と腕を組んで言う。


「私が貴様を呼んだのには理由があるのだが、それがなにかわかるか?」

「いえ、わかりかねますが」

「ハッ、これだから平民は・・・私の意を汲み取れんのか?」


 知らねえよ、俺はエスパーじゃねえからな。喉元まで出かかったその言葉を飲み込む。

 俺が黙り込んでいると、それがカシアスの機嫌を逆撫でたらしく、カシアスは机を叩き激昂する。


「貴様ら平民が、どのような姑息な手段を使ったかは知らないが、この私と同じクラスに組み分けられている事が納得できん!」

「ええ・・・知らねえよそんなの」

「し、知らねえ!?貴様、私になんて口を利いているんだ!私はカシアス・イオクだぞ!」

「だからなんだよ、知らねえよ」

「き、貴様ァ〜〜〜〜!」


 カシアスは顔を茹でタコのように赤くして更に怒り狂う。

 そんなカシアスをみて、コイツ面白いなあとほくそ笑んでいると、カシアスの取り巻き達がワラワラと寄ってくる。

 怒りに満ちた表情で、一人は指を指し、一人は胸ぐらを掴み、一人はカシアスの怒りを鎮めている。


「平民風情が、カシアス様になんて口を利くんだ!謝れ!」

「謝ったところで、カシアス様にあの様な無礼な態度を取ったんだ、許されると思うなよ」

「ぐぬぬ、平民風情がぁ・・・!」

「カシアス様!平民に心を乱されてはいけません!」


 コイツらおもしれぇ〜〜〜〜

 ルカやカイ以上に良い反応をするから、俺はカシアスとその取り巻きを更に煽る。自重はしない。


「おいおい、ここは貴賎のない学園だぜ?仲良くやろうよ」

「馬鹿が!それは上の者が下の者を認めた場合にのみ許される事だ!私はお前を認めていないぞ!」

「そうだぞ!お前みたいな平民なんかより、カシアス様の方が家柄も武術も魔法も圧倒的に優れいている!」

「身の程を知れ!平民風情が!」

「それと、恥を知れ!」


 カシアスに同調する形で取り巻き達も言葉を続ける。なんだ?こう言う形のコントか?

 しかしなるほど、それが貴賎のない学園の実態か。だったら、尚更貴賎云々言わなければ良いのにとも思うが、建前という事もあるのだろう。

 貴族社会は面倒だな。


「貴様、たまたま魔法が使えた程度で私達と同類になったとでも勘違いしたのか?」

「いや、そんな事は無いけれども」

「だったら、その言葉遣いはなんだ?貴様には、私達貴族を敬う気持ちが一切感じられないが?」

「実際敬いはしてないからな」


 その一言に、カシアスを始め教室内の空気が一様に固まる。今までそんな事を言われた事が無いのだろう。だから、理解するまで少しの時間がかかる。

 貴族達は俺の言葉を理解すると、怒りや困惑といった感情がカシアスを中心に波紋状に教室内に広がっていく。

 多分、カイは更に呆れ、ルカも更に顔を青ざめさせ、ロランは何故かまた満面の笑みを繰り出しているだろう。見なくても、なんとなくわかる。

 平民と言う異分子を認められない貴族の連中からすれば、俺の言葉ははらわたが煮えくり返る思いだろう。特にカシアスにはその傾向が強い為か、顕著に現れている。


「貴様ァ、私達を侮辱するのも大概にしろよ!」

「侮辱はしていない。敬っていないだけだ」

「それを侮辱と言うのだ!少なくとも、貴族の前ではへりくだる!それが下の者が上の者に取る礼儀だ!」


 取り巻き達は口を噤み、カシアスの発言を静観する。それは、他の生徒達も同じだ。


「貴様は平民!下の者だと言うのに、その無礼な態度はなんだ!このヘムズワース学園において、身分が既に相応しく無いと言うのに、礼儀すら弁えていないとはどう言う事だ!」


 カシアスは俺に人差し指を向け、額に青筋を浮かべてズカズカと捲し立てる。


「そんな無礼な貴様が何故このクラスにいるのだ!平民は担任教師の指名はできないはずだぞ!」

「いや指名してないし」

「なっ、何だと!?嘘はよせ!」

「嘘じゃない、確かにウェインさんとはよく話をしたけれども、あの人が担任だって知ったのはついさっきだ」


 今度は、俺の言葉に動揺だけが広まる。カシアスの取り巻きも周りの生徒も口を開けて愕然としている。しかし一人だけ、カシアスだけは肩を震わせて怒気をはらませている。


「じゃあ、つまり、貴様はなのか?」


 有り得ない、こんな奴が、こんな平民が、そんなはずがない。カシアスがそう思ってるのが表情からも読み取れる。

 ワナワナと震える手で俺の胸ぐらを掴み、鬼気迫る形相で問いただすが、俺には意味がわからないので答えられるはずもない。ただ、疑問を口にする。


「推薦生徒ってなんすか、わからないんですけど」

「教員自ら、自分の手で教鞭を執る事を希望した生徒の事だ!貴様、心当たりはないのか!?」


 心当たりなんてある訳がない。なんて思っていたが、そう言えばウェインさんは俺に執心している節が確かにあった。

 それを心当たりと言うのならそうなのだろう。


「あるとすれば、ウェインさんに何度か手合わせの誘いをされたぐらいかな」

「なっ・・・!?マシュー・ウェインと手合わせだと!?貴様が?何故!」

「あの人戦闘狂だからな、俺と戦ってみたかったんだろ」

「嘘・・・だろ・・・?」


 カシアスは掴んでいた手を離し、後ろに数歩よろめき出す。平民の俺が目をかけられていた事が相当ショックだったのか、倒れそうになったところを取り巻き達に支えられている。

 だが、それでもカシアスは怒りをあらわに俺を睨み続ける。


「私は認めないぞ、お前みたいな平民がマシュー・ウェインの推薦生徒なんだと、認めないぞ!」

「認めないと言われても・・・」

「マシュー・ウェインに、お前如きなど目を掛ける価値もない事を教えてくれる!」


 カシアスは人差し指を俺に突き指し、声を荒げて言う。その反応に、取り巻き達は「カシアス様!やるのですね!?」とあわあわしている。

 なにをするのかとカシアスをじっと見つめると、カシアスは「平民!」と更に声を荒げる。


「貴様、名を名乗る事を許す。名乗れ!」

「シロウ・アーガマ」

「そうか、シロウ・アーガマか・・・そうか」


 カシアスはそう呟いて不適に笑う。その表情は、カシアスの絶対的な自信を感じさせた。失敗はない、必ず私の思い通りに行くと言わんばかりの爛々とした笑顔。

 なにを自信満々に笑っているんだと思えば、カシアスは取り巻き達の手から離れ、俺に向かって


「シロウ・アーガマ!私はお前に決闘を申し込む!」


 そう言った。

 カシアスから感じ取れた自信は、俺を完膚なきまでに叩き潰す自信なのだろう。

 まあこうなるよな、と自分を納得させて、俺は天を仰いだ。

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