第27話 4

 ロランと共寝した夜も明け、早朝。俺は日課となっていたランニングをしていた。宿舎から出て適当な順路でリズムよくペースを落とさずに走る。

 まだ朝日も顔を出していない頃だから、肌寒さを感じる。足を前へ出し、腕を振り、一定の呼吸リズムを崩さない様に走って、走って、体温を上げる。

 体が温まるのにはそう時間はかからない。次第に体温は上昇し、肌寒かった外気も心地良く感じられるようになる。

 ある程度走れば、平民の宿舎へと戻ってくる。どうやら、敷地内を一周したようだ。まだまだ走れるし、今日から授業があるなんて事も忘れてどんどんと走り続けていたいが、朝日も昇ってきたのでそろそろ戻らなくてはと渋々宿舎に戻る。

 宿舎に戻れば、不安な表情を浮かべたロランが俺を見るなり駆け寄ってきた。目は赤く腫れ上がり、涙を流した形跡がある。どうしたのかと尋ねると、ロランは沈痛な面持ちで俺の腕にしがみついて


「だって!起きたらシローがいないから!」


 と、声を張り上げる。俺を離さない様に、俺の存在を確かめる様に、しがみつく力を強めながら、ロランは涙を浮かべる。


「シローが遠くに行っちゃったのかと思って!」

「早朝ランニングしてただけだよ、遠くになんか行かないって」


 そう言って、ロランの頭を撫でる。こんな事でとも思うが、ロランの今までを考えれば不安の波が大きいのは仕方のない事なのだろう。


「シロー、どこにも行かないで・・・側にいて・・・」

「黙って出て悪かったよ。起こしちゃ悪いと思ったからさ」

「ん・・・」


 頭を撫でられたロランは安心しきった表情で俺に身を委ねて、俺の実体を確かめる様に胸に顔を埋め頬擦りをする。一挙手一投足が本当に可愛らしい。これが女の子相手なら、俺の理性は飛んでいただろう。正直、今でもギリギリだ。

 それに、汗をかいた後だから臭っていないか不安だ。ロランが息をする度に変に緊張して冷たい汗が出てくる。


「ロラン、俺シャワー浴びてくるからさ、制服に着替えてきなよ」

「・・・うん、着替えてくる」


 さっさとこの場から切り抜けようとロランに提案すると、大人しく頷いてとてとてと個室へ制服を着替えに向かう。

 俺も汗を流してから着替えようと個室に向かおうとすると、丁度個室から出てきたルカに呼び止められた。

 今度はなんだと振り抜くと、深刻な面持ちのルカが「大変よ!」と捲し立てる。


「食材がないの!これじゃあ数日間は絶食状態になるわ!食材を買いに外出申請を出しても、受理されるのは来週だもの!どうしよう!シロウ!」

「は?マジ?結構やばいじゃねえか」

「食材は備蓄してあるって入学案内書に書いてあったのに!」


 そういえば、昨日の夜なんかは食べる事も忘れて荷解きしていたから気にならなかったが、今こうしてキッチンを見渡せば、なるほど、確かに食材らしい食材がない。

 この学園には購買が存在しない。貴族達の宿舎には食堂は存在するが、そもそも俺ら平民は貴族の宿舎へ立ち入る事が禁止されている。食材を買うには学園外へ出向かわなければならないが、学園外に出る為には受理されるまで一週間程かかる申請書を記入しなくてはならない。流石の俺も一週間絶食は生きていけない。ルカが慌てるのも無理はないのだ。


「死活問題だな、どうする?貴族共の宿舎に忍び込んで食堂から食品盗むか?」

「だ、ダメよ!」

「じゃあ、教員棟の食堂からは?教員棟への立ち入りは禁止されていないぞ」

「そりゃそうよ!教員棟に立ち入ろうなんて生徒そうそういないわ!禁止する理由がないのよ!というか、盗みはダメよ!」


 禁止する理由はあるだろとは思うが、そんな俺を置いてルカは食材を盗む事だけはダメだと主張する。それならどうするんだと聞いても、要領のある返事は来ない。

 そうやってまごついていると、制服に着替えたロランが「なにかあったの?」と駆け寄ってくる。ロランに訳を話すと、彼も彼で顔を青ざめさせて口元を抑える。二進も三進行かない状況だ。


「とりあえず、先生に話してみる?」


 沈黙が続く中、その沈黙を破ったのはロランだった。どう足掻いても好転しないのなら、いっその事ダメ元でも先生に話してみようとの事だ。


「でもさ、この学園の教師だぜ?多分、理由つけられて遇らって終わりじゃね?」

「そうね、でもなら融通してくれるはずよ」

「担任?」

「あ、そうだね。あの方もだし」

「誰の話だ?」

「ボク達の担任だよ」


 そう言って、ロランもルカも納得した顔をしている。今、この話の流れを理解していないのは俺だけだ。私達、ボク達の担任って誰だ?その"達"に俺は含まれてるのか?というか、平民出身の教師いるのかよ。なんて思考を頭の中でグルグル回していると、ロランが「ほら!」と一枚の紙を手渡してきた。


「これは?」

「昨日、式の後に渡されたクラス分けの紙だよ」

「え、俺そんなの知らないけど」

「昨日色々と書類渡されたでしょ?シロウ、あんただって私の隣で受け取ってたじゃない」

「そうか?そうだっけ?」


 ルカに言われて思い返す。受け取った様な受け取っていない様な。入学式のことなんて殆ど覚えていない。

 でも、今はそんな事はどうでも良い。それよりも大事なのは、ロランから渡された紙の内容だ。


「マジかよ」


 俺はそう呟いて顔を顰める。良い点と言えば、俺とロランとルカ、次いでにカイも同じクラスだ。他は見た事も聞いた事もない名前が並んでいるが、そこはどうでも良い。俺が顔を顰めた原因は、担任教師の名前だ。

 マシュー・ウェイン。会う度に戦闘を申し込んでくる戦闘狂のあの人だ。

 ガルアドットさんに教諭と呼ばれていたから、教師であるのはわかっていたが、まさか担任になるとは思っていなかった。でも、確かにあんなに気さくなウェインさんなら、食材の事で少しは話を聞いてくれるかもしれない。

 一縷の望みにかけて、俺達は顔を見合わせる。


「先生に直談判するぞ、最悪靴を舐めてでも食材を奪取してやる」

「靴は舐めなくても大丈夫だと思うわよ・・・」

「シロー、ボク達のためにそこまでしてくれるんだね・・・」


 揺るぎある決心を宣言する俺、呆れるルカ、恍惚な表情を浮かべるロラン、それぞれ異なった反応をするが、目的は一つ。とりあえず一週間分の食材の確保だ。

 その為にはと俺はさっさと汗を流して制服に着替える。ちゃっちゃか教室へ行ってウェインさんに事の経緯を話して、さっさと一日目のカリキュラムを終えよう。

 そう決意を新たに、この後起こる面倒な事に巻き込まれるなど知る由もなく、宿舎を後にする。

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