第26話 3

 問題、とても懐かれた女の子に同衾を誘われたら、どう対応するのが適切か。尚、両者共体は未成年とする。

 答え、知るか。


「ダメだ!ロラン、そういうのは気軽にするべきじゃない!」


 ロランを傷つけたくはないが、ここはしっかりと拒否しておこう。年頃の女の子が自分の事を安売りするのは良くない。そういうのは、ちゃんと愛し合える人とやるべきだと俺は思うよ。


「え・・・?イヤ、なの?」

「う゛っ・・・嫌ではないけども・・・」


 ロランの顔がみるみる絶望に染まっていく。心苦しいが、ここは理解を示してもらわなければならない。

 すまない、と心の中でロランに謝罪して続ける。


「年頃の男女が一緒に寝るのは不味い!間違いがあったら、ロランの人生に傷が付く!」

「え?ボク男だよ?」

「ああ、わかってるよ!それだけ可愛いんだから、見た目でわかる!ロランが立派な男ーー」


 なんて?


「なんて?」

「だから、ボク男」


 人はあまりにも驚愕の度合いが強すぎると声が出ないのだろうか。俺は出なかった。呆然と立ち尽くすだけだ。

 なんだって?ロランがオトコ?オトコって男の漢って事か?男と書いておとこと読むアレか?ロランが、俺と同じ性別だって言うのか?


「こんなに可愛いのに!?」


 そうしてやっと驚きの声が出る。

 ロランが男という驚くべき事実に放心していると、ロランは顔を赤らめて「可愛いなんて・・・えへへ」と照れている。オイ、これで男だって?無理があるだろ。


「男って・・・ロラン、お前ちんちん付いてるのか?」

「ちんちん付いてるよ、見る?」


 え、見たいかも。じゃない!この場にはもう一人人間がいる。そう、薄情にも目を逸らしたルカ・サウロという人間が。彼女なら、この事実を知らないはずだ。


「ルカ!お前も驚い・・・た顔してねえな。知ってたのか!?」

「ええ、知ってたけど」

「なんだと!?」


 まさか、ロランが女の子って思い込んでたのは俺だけ?嘘だろ?今までやってた行動全部が男の子相手にやっていたという事か!?それはそれでアリだったりするのか?


「ボクの事女の子だと思ってた?」

「ご、ごめん・・・女だと思ってた」

「・・・ガッカリした?女の子じゃなかったから嫌いになったりする?」


 ロランはまた表情に影を落として不安を露わにする。でも、男だとしてもロランに対する気持ちは変わらない。魔眼で辛い思いをしてきたロランを傷つけたくない。


「いや、ロランが女の子と思ったのは事実だが、ロランが男の子だとしても、!」

「えっ!え!?」

「シロウ、お前それは求愛か?オクトヴィルさんが好きなのか?」


 ロランの肩を掴んで熱弁する俺に、ロランは恍惚な表情を浮かべる。その情景を見たルカは、ただただ疑問を口にする。幾年振りの地獄絵図だ。


 ロランの性別が男なら問題はない。夜が寂しいなら俺の部屋で一緒に寝れば良い。そういう感じに話は着地した。

 その後は解散して各々の部屋で荷解きを始めるが、夜になっても終わらず気づけば消灯時間になっていた。貴族達の宿舎ならそんな事はないのだろうが、平民の宿舎は消灯時間になると大魔力マナを使った照明灯りは自動で消される仕様になっている。月明かりが差さなければマジで暗い。

 これ程暗いんじゃ荷解きもできないな、と簡易なベッドに倒れ込む。荷解きの為に解散してからロランは一度も部屋に訪ねて来ないな、なんて考えているとドアがノックされる。多分ロランだ。


「どうぞ」


 俺がそう声をかけると、「失礼します」とロランが入室してくる。部屋が暗いのでよく見えないが、床は片付けてある。足場が無いなんて事はないので、ロランに「ベッドで横になってるぞ〜」とだけ伝える。


「うん、今行くね」


 そう言うとロランは見えているのかの如く、すいすいと俺が横たわるベッドの所まで歩いてくる。魔眼の効果とかだろうか、確かセイラ師匠も暗闇には強かった。


「えへへ・・・初めてのお泊まり会だよ」

「ロランは今までした事なかったのか」

「うん、誰かと一緒の部屋で寝るのも初めて」

「そうか」


 魔眼の事で忌み嫌われて寝ても起きてもずっと一人だったんだろう。やっぱり、この事実には心を抉られる。たかだか魔眼程度でロランを避けていた連中にも腹が立ってくる。


「ねえ、シロー少しお話ししてから寝よ?」

「初めてのお泊まり会だからな。話そうか」

「ありがとう!えへへ、じゃあ横になるね」

「わかった」


 ロランはそういうと横になった。はずなのだが、ベッドにはロランが横たわった様な重量を感じない。まさか、床に横になってるのかと思い「ロラン、どこで横になってるの?」と聞くと、「床だよ」と答えた。やっぱりだ。


「ベッド来なよ。床なんて硬いし寝れないじゃん」

「・・・え?ベッドに?良いの?」

「一緒に寝るんじゃないのか?」

「う、うん!じゃあ・・・ベッドに失礼するね」

「はーい」


 俺は元気よく挨拶をする。ロランはおそるおそると言った足取りでベッドに腰をかけ、ゆっくりと横になる。

 ロランは俺の体に触れない様に小さく縮こまって何も言わない。


「もう少しこっちに来なよ」

「で、でも、そしたらシローに当たっちゃうよ?」

「何を気にしてるんだお前は」

「ひゃっ!?」


 そう言って、ロランを抱き寄せる。石鹸の良い香りに華奢な体だ、これで男だっていうんだから驚きを隠せない。俺がロランを抱き寄せれば、最初は遠慮がちだったロランも段々と積極的になり、グイグイと体を密着させてくる。


「人に抱きしめてもらうの初めて・・・こんな感じなんだね」

「初めてかあ、そうかあ」


 にへへと笑うロランに気の毒な気持ちになる。今まで人肌の温もりも知らないで生きてきたのは、どれほど辛かっただろうか。どれほどの孤独だったのだろうか。何故か、どうしても俺はロランを甘やかしたくて堪らなくなる。

 そっとロランの頭を撫でる。父性に似た何か、庇護欲を掻き立てられた俺は、今まで人肌を知らなかったロランに温もりを教える様に抱擁する。

 そうすると、ロランは嬉しそうに含み笑いをすると、俺の腰に腕を回し、胸に顔を埋める。完全な甘えた体勢だ。俺の庇護欲は更に増す。

 ベッドの軋む音だけが静寂な部屋に響く。俺もロランも何も喋らない。

 しかし、ロランを抱きしめているとセイラ師匠を思い出す。森を出てから数週間、何も抱かずに寝ていたから、寝入るのに時間がかかったものだが、ロランを抱きしめている今は直ぐにでも眠ってしまいそうだ。

 それもこれも、性別は違うものの、セイラ師匠とロランは体型が似通っているからだ。十四歳くらいの小さなロランの体が、長年抱き枕代わりにしていたセイラ師匠を彷彿とさせる。

 この学園に通っている間はロランを抱きしめて寝ようかな。


「ん・・・」


 なんて考えていると、ロランが声を漏らす。胸に顔を埋めているから、息ができずに苦しいのかと腕の力を緩めると、ロランはもぞもぞと這って顔を出す。

 俺の眼前には、セイラ師匠に引けを取らないレベルの可憐さを誇るロランの顔があるはずなのだが、部屋が暗すぎて全然見えない。わかるのは、俺の頬にかかるロランの吐息だけだ。

 はあはあと息を少しだけ荒げているが、それは俺の胸で窒息寸前だったからだろうか。ロランはその温かい息を吐きながら、俺の耳元まで顔を寄せる。ロランの小さな唇が俺の耳に付いたかと思えば、ふっと一息吹きかける。

 背筋がピクリと反応するが、それよりも早くロランは口を開く。


「おやすみ。シロー」


 耳元でそう囁くと、次は俺の頬に軽くキスをする。手慣れている様だがロラン、この行動はどこで習ったんだ?


「お、おう」


 相手は男の子だというのに、俺は顔を紅潮させる、セイラ師匠でさえ、こんな悪戯はして来なかった。心臓が跳ね上がり、目を見開くが、幸い部屋が暗いからロランには顔の血色は見えていないだろう。そう願いたい。

 しばらくすれば、ロランはすーすーと寝息をたて始める。もう寝入った様だ。俺はあんな事されたから寝れないがな。

 ロラン、この子は本当に男なのか。そう思慮を巡らせて、その日の夜は更けて行く。

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