第25話 2

 入学式は日本のものと大差なかった。

 新入生代表のありがたい退屈な話を聞いて、在校生代表のありがたい退屈な話を聞いて、学園長のありがたい退屈な話を聞いて、来賓のありがたい退屈な話を聞く。マジでクソ長い。何回欠伸を噛み殺したか覚えていない。

 しかし、それは入学式で傍観している立場にしかなった事のない人間の感想でしかない。きっと、ああやって喋る人たちは緊張と不安で一杯だろう。でも、退屈だった。

 どれくらい退屈だったかと言うと、壇上に上がって話していた人の顔も名前も話も全て覚えていない。不真面目に軽薄に不誠実に入学式に参加していた。


「でもそんな事関係ないねぇ〜!」


 開き直って、学園に併設された宿舎へ赴く。

 流石、国内だけじゃなく他国からも入学者を募るだけのあるマンモス校だ。入試に来た人達でも相当の人数、加えて在学生もいるのだから、相当のデカさだ。

 校舎には及ばないものの、一学年から三学年が入っても尚余裕のある部屋数、トレーニングルームやシャワー室、娯楽設備も充実していて、とても過ごしやすそうだ。

 しかし、それは貴族様の生活する宿舎。俺やルカと言えば、男女で別れた宿舎を挟む形で建設されたら教師や助手または用務員が寝泊まりする宿舎、通称教員棟の後ろの方にぽつねんと建っているこじんまりとした古びた施設に来ていた。

 勿論、トレーニングルームもなければ娯楽施設もない。貴族様の宿舎にあった食堂もここにはない。それでも個室はあるし、部屋にそれぞれシャワールームはある。最低限のプライベートは守れそうだが、問題は尽きない。

 例えば部屋数、俺とルカがそれぞれ一つずつ個室を使用したとして、残る個室数は残り八部屋だ。いくら平民は魔法を使えないと言っても、現に今年度は二人も平民が入学しているのだ、いつか十人以上の平民が入学したらどうするつもりなのだろうか。

 しかし、それは学園側の問題だ。この施設で暮らすのはそこまで問題でもないだろう。俺が何より問題視しているのは大浴場とトイレは男女共用と言う事だ。平民は男女で施設を分ける等せず、一つ屋根の下で共同生活をするのだ。なんてこった、ラブコメの波動を感じる。


「感じねーよ。バリバリ差別しやがって」

「なんの話?」

「今のこの環境に対する俺のお気持ち表明だ」

「そっか、今日から一緒に暮らすんだもんね」


 ルカはそう言うと困ったねとはにかむ。そうだね、困ってるよ。トイレの時とかめちゃくちゃ気を遣いそうで面倒くさそうだ。大浴場なんかも、下手したらバッタリ遭遇なんて事があるかもしれない。いくら取り決めをしたとしても、そういうハプニングが起こるのが共同生活のお約束だ。


「お前、こっから家そんな遠くないだろ。家で暮らせよ」

「毎朝あの距離歩くのはキツイわよ」

「あの程度なんともないだろ。だったら毎朝背負って登校してやろうか?」

「私を背負った話を持ち出すな!」


 俺が軽口を叩けば、ルカは走って施設の中へと入ってしまう。別に重くないんだし、早朝ランニングや女性耐性獲得の訓練の次いでだと思えば苦でもないんだけどね。

 そんな事を考えながら、俺も施設の中へと足を踏み入れる。クソでかい木造のコテージみたいなもので、玄関の目の前にはだだっ広いリビングが広がっていて、その端の方にキッチンがある。自炊しろって事か。

 奥に目をやれば、上りと下りの階段がある。おそらく、階下へ下りれば大浴場があり、上階へ上れば俺らの個室があるのだろう。なんだ、案外悪くないじゃないか。


「ねえ、シロウ。貴方の部屋はどうする?」

「適当に決める。ルカは?」

「私は、階段上ってすぐの角部屋かな」

「じゃあ、ルカの部屋がある所は女子棟で、反対側は男子棟な。俺は男子棟の角部屋にする」

「わかった。結構しっかりしてるのね」

「これから先、平民の新入生が来て部屋割りで揉めるのは御免だからな」


 俺がそう言うと、ルカはそうねと笑ってみせる。平民の新入生、そもそも来るのだろうか。という考えはしないでおこう。

 そうして、各々が自室となる個室へ向かおうとしていた時だ。ルカが部屋に入り、俺がドアノブに手をかけたところで平民専用VIP宿舎の扉が開かれ、一人のの声が響き渡る。


「シロー!」

「ロラン!」


 声の主は、ロラン・オクトヴィル。入試の際に仲良くなった女の子だ。入試の時とは違って、オドオドした様子もなく、明朗快活だ。目に巻いていた布も無くなっており、魔眼と畏れられる赤い瞳を爛々と輝かせている。

 その瞳が俺の姿を捉えると、更にその輝きは増して天真爛漫なご尊顔を破顔させる。なんて可愛いんだ。

 そんなロランに顔を綻ばせている俺の下にロランは小走りへ近づき、屈託の無い笑顔で俺を見つめる。


「シロー、ボクもここで暮らす事になったよ!」

「は?え?ここで?でもロランって男爵家だろ?」


 男爵家なら、貴族だ。俺達とは違った宿舎で生活するはずなのだが、ロランは首を横に振る。


「そうなんだけど、ボクは廃嫡された様なもんだし、それに魔眼が怖いからってルームメイトに文句言われちゃった」

「誰だソイツ、ちょっと挨拶してくるか」

「だ、大丈夫だよ!ボクもそんなところイヤだから、ここに移してくれって頼んだの!そしたら、先生達は快諾してくれたよ!」


 ニコニコと笑顔でロランは言うが、カイの話やレイ師匠の話を思い返せば、魔眼持ちは嫌われているのだ。恐らく、教師達もロランの厄介払いが手軽に済むから快諾したのだろう。気に食わないな。

 しかし、そんな事をロランが気にしている様子はなく、逆に難しい顔をしている俺を見上げて不安気な表情を浮かばせる。


「シローはボクがここで暮らすのはイヤだった、かな?」

「嫌なわけないだろ!嬉しいよ!」


 ロランの不安を拭う様に全力で否定する。ルカにロラン、話ができる人が増えた方が共同生活も楽しめるってものだ。気を遣う場面が増えそうではあるのだが


「本当!?良かった!」


 そう言って、ロランは俺に抱きつく。う、うひょ〜!可愛い〜!でも気恥ずかし〜!

 そうやって、美少女に抱かれて浮かれていると、騒ぎを聞きつけたルカが部屋から出てくる。「どうしたの?」とルカが声をかけると、そのルカをみたロランの表情が段々と険しくなってくる。


「ルカ・サウロ・・・!」

「あ、貴方は・・・」


 ロランは俺から離れると、俺を庇う様に背にしてルカに対面する。先程のまでの天真爛漫さは見る影もなく、赤い瞳でルカを鋭く睨みつけ、歯を剥き出しにして怒りを露わにしている。


「待て待てロラン、もう大丈夫だ。ルカとは誤解も解けて和解してる」

「え、そうなの・・・?」

「オクトヴィルさん、あの日の事は全て私の勘違いで起きた事です。ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」

「えっあっ」


 ルカがロランに頭を下げると、ロランが困惑した表情で俺を見る。いつの間に、一体どこで、と聞きたそうな顔をしているが、今はルカの謝罪に応えるのが先だ。


「シローは・・・?」

「俺はもう謝罪もされて、それを受け入れてる」

「そうなんだ・・・シローが許してるなら、ボクもいいよ。ボク自身に被害はないし、サウロさんも頭を上げてください」

「寛大な配慮、誠にありがとうございます」


 ロランの言葉を受けたルカは、一言言うと頭を上げる。ルカの表情は救護室の時と同じで曇っていて、やっぱりあの時の事を気にしている様子は変わらない。


「ルカ、あんま気にするな」

「う、うん。わかったわ

「シ、シロウ・・・!?」


 ルカの言葉に強く反応したロランは、目を丸くして俺とルカを交互に見る。


「も、もう二人ともファーストネームで呼び合う程の仲になったの・・・!?」

「そうだな」

「どうなの!サウロさん!」

「えっええ?色々ありましたし、名前で呼び合う事にはなりましたけど・・・」

「色々・・・?色々って・・・?」

「シロウが私の家に泊まった時に、名前でーー」


 そこでロランは固まって言葉も発さなくなった。ルカもロランの反応を見て、言いかけていた言葉を飲み込む。俺はロランに声をかけるが、反応はない。

 しかし、それも数秒の事でロランは意識を取り戻す。心配させやがってと俺がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、ロランは徐に俺の手を取って懇願にも似た表情で


「今日はボクと一緒に寝て!」


 と、言った。

 何を言うのかと思えば、ロランからの同衾の誘いだった。

 ロランの表情は真剣そのもので、負けられない戦いに赴く戦士の闘志が宿っているのか、握られた手からロランの情熱が伝わってくる。

 俺としてもロランと仲良しするのはやぶさかではないが、女性耐性のない俺にセイラ師匠以外と同衾なんてできるのだろうか。何より、未成年の男女が同衾しても良いのか?しかし、ロランの願いを無碍にはしたくない気持ちもある。

 一縷の望みをかけてルカに目をやるが、奴は視線を逸らすだけだ。薄情な事に俺を助けてくれる気はないらしい。

 どうする?どうすればいい?助けて師匠!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る