入学、そして
第24話 1
月は十八月、日本換算で九月の月末だ。桜は無いし、陽春と言うには程遠い肌寒さを感じるが、この世界ではそれが出会いと別れを彷彿とさせるのだろう。
ルカの家に泊まった日から二週間程、なんやかんや自由を満喫した俺はヘムズワース学園へと足を踏み入れる。今日は入学式だ。
「いざ、入学式!」
学園の制服に身を包み、意気揚々とエントランスへと足を運ぶ。入試の時と合否の日に来た道だ。もう既にこの場は歩き慣れたものだ。
「オイ、待て」
「あん?」
気持ちよくエントランスの通路をスキップしていると、背後から声をかけられる。この偉そうで無駄に威圧的な声は聞き覚えがある。確か名前はーー
「カイじゃん、どうした?」
「・・・お前、馴れ馴れしいぞ」
振り返れば、そこには腕を組んで不機嫌そうにため息を吐くカイ・ロットがいた。俺が手を挙げ挨拶をすると「まあいい」と諦めた表情で話を切り替える。
「アーガマ、お前こんな所でなにしてるんだ?」
「入学式に参加するんだけど」
「やっぱりな。なら、式場はこっちじゃない。あっちだ」
そう言って、カイは後ろを指し示す。カイが示す場所へ目をやると、この世界の文字で「入学式会場はあちら」と案内されている。どうやら、アホ面引っ提げてスキップしていたら、案内板を通り過ぎてしまったみたいだ。
「見てなかったわ、あっちが会場なのね」
「エントランスの入り口にデカデカと書いてあるだろ、何をどうやったら見逃せるんだ」
「危うく迷って入学式に遅れる所だったわ、助かったよ。ありがとう」
「フン、別にお前の為ではない。ウロチョロとやかましいから声をかけただけだ」
「いや無視しろよ」
「うるさい!」
カイは眉を吊り上げて声を張り上げると、すぐ様そっぽを向く。素直になれば良いのに、とも思ったが、カイはツンデレだ。素直になるわけがない。
「さっさと会場に行くぞ、アーガマ。教諭や御来賓の方々を待たせてはいけない」
「え?なに?俺と一緒に行きたいの?可愛いとこあんのね、カイくん」
「目的地が一緒だから仕方がなくだろうが!それと馴れ馴れしいぞお前!」
ぷくりと頬を膨らませ、早歩きで俺と並ばない様前を行く。カイって弄り甲斐があるわ、なんて思っていると、カイは「そうだ」と声を漏らし足を止めて振り返る。俺の顔をジッとみて逡巡した後に意を決した顔で
「アーガマ、平民のあの女・・・名はなんと言う?」
と、言う。
カイは悪い奴ではない。だから教えた所で問題はないが、それは俺にとっての話だ。ルカ当人からしたら良くない話かもしれない。それに、入学さえ果たせば嫌でもわかる事だ。だったら今俺が言うまでもない。というか、コイツルカの事好きなのか?
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる俺を見て、カイはゴクリと生唾を呑む。しまった、コイツに聞いたのが間違いだったと表情に出すカイに、俺は更に口元を歪ませる。そうだよ〜ん、俺は今からお前を弄る!
「えぇ〜?カイくん、彼女にご執心だねぇ〜?なにか、心を惹きつけるモノでもあったのかナ?」
「いや、やっぱりいい、気にするな。俺が悪かった」
「年頃だもんねぇ〜でもでも、身分差ってものがあると思うのよ。カイくんにはカイくんの素敵なお相手がいるのではなくて?」
うんうんと一人頷きカイの肩に手を回す。ニヤついてる俺の顔をみたカイは一つ大きなため息を吐く。そりゃそうだろう、こんなウザ絡みされたら俺だって嫌な顔の一つくらいする。
「アーガマ、お前何か勘違いしているだろ。俺は色恋で彼女に声をかけた訳じゃない。聞きたい事があったからだ」
真剣な表情でカイは答える。茶化す隙も無い程に、真摯に受け止めざるを得ない程真剣に、俺を見据えて言う。入試の日にほんの少しだけ話した程度の仲だが、カイの新たな一面に息を呑む。
「聞きたい事?」
「そうだ。どうしても確認したい事がある」
だから、頼む。そう言ってカイは頭を下げる。仮にも貴族が平民の俺にだ。俺が言えたもんじゃないが、少しは身分を気にしたらどうなんだと思う。だからこそ
「それだけ本気だってのはわかった。でも、それなら尚更無理だ。教えられない」
「な!?何故だ!?」
「彼女に聞きたい事があるんだろ?だったら、直接彼女に名前を聞けば良い」
多分、カイはルカの名前さえわかれば聞きたい事を聞き出す事ができると思っているのだろう。
でも、恐らくルカはそれを相手にする事はない。特に今のままなら
「カイ、お前は今どうしても彼女の名前が知りたいんだろ?だったらいいか、まずは彼女に入試の時の事を謝れ」
「謝れ・・・?もしかして、平民の女って言った事をか?」
「わかってるのかよ、話が早いじゃねえか」
それが言い合いの原因なのは誰が見ても明らかだった。彼女に物を尋ねたいなら、まずは彼女を不快にさせた事実に詫びを入れなければならない。そうでもしないと、ルカの性格上尋ねられた事には黙秘を貫くはずだ。
カイもその事を理解したのか、「なるほど、確かに」と顎に手を当てて呟いている。
しかし、平民に謝る事に突っかかって来ないとは意外だな。入試の時の印象のままなら「何故謝らなければならない?」とか言い出すもんだと思ってた。
「そうだな。アーガマの言う通りだ。このままなら、俺が聞きたい事を聞いても答えが返ってくる可能性はないな」
「だろ?俺に頭を下げられるんだから、彼女に頭を下げる事も難しくないだろ?」
「ああ、アーガマに下げる事程屈辱な事はないからな」
「オイコラ」
貴族だからゴネるかと思ったが、存外カイ・ロットという男は賢く、潔い男のようだ。話が早くて助かるが、だったら入試の時にその甲斐性発揮しとけよと思わなくはない。
カイは「わかった。恩に着る」と言うと、踵を返し歩き出し、俺もその後を追って入学式の会場へと足を踏み入れる。
そう言えば、とカイが着る学園の制服に目をやる。キッチリと着こなしているが、入試の時につけていた浅黄色のワッペンが胸元にない。
「そう言えばさ、お前あのクソダサいワッペンどうしたの?捨てたの?」
「あれは試験用だ。正式に入学すれば、ピンバッジになる」
俺のどうでも良い疑問に、襟元にある浅黄色に輝く小さなピンバッジをみせる。キラリと光沢を帯びるソレは、紺色の制服デザインを邪魔しないので、ただのオシャレさんが付ける自前アクセサリーにも見える。
しかし、会場内にいる制服姿の貴族共を見やれば、皆それぞれ襟元に色の異なるピンバッジを付けている。本当に学園から支給されたものの様だ。
「ワッペンよりは全然良いじゃん」
「お前、ワッペンの悪口言うなよ。誰も思ってても口にしないんだ」
ワッペンくん、貴族界隈でも不評なんだ。
しかし、そうか。そうなると、学園内でも区別する為の仕組みがある訳なのか。入試の時にある時点でそりゃそうだな。平民出身者はピンバッジを付けないから区別しやすそうだ。
「学園生活、楽しめると良いねぇカイくん」
「お前といると退屈はしなさそうだけど、一緒にいたくはないな」
「なんでだよ。退屈しないならそれで良いじゃねえかよ」
「胃が持たない」
軽口を挟んで式場の案内通りに進む。ついに入学式が始まるのだ。
やっとの入学に心を躍らせ案内に従っていると、俺だけカイや他の新入生とは違った別の方へ案内される。恐らく、平民専用の席にでも案内されるのだろうなんて思っていれば、案の定部屋の片隅にある席へ案内された。でも、まあいい。
「あ、シロウ。おはよう」
「おはよう、はやいな」
挨拶を交わすのは、俺と同じ平民の新入生、ルカ・サウロ。彼女もこの席に座っているという事は、ここは簡易な椅子が用意された平民専用のVIPルームだ。俺とルカ以外に人はいない。
「イヤになるね、全く」
鼻で笑って席に着く。そんな俺の反応にルカは「先が思いやられるね」と乾いた笑いで返す。
そんな自称貴賎のない学園の入学式が始まるまで、俺はルカと子供達の近況について談笑するのだった。
入学式、さっさと始まってさっさと終われと願いを込めて。
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