第23話 8

「シロウくんは何か飲む?」

「いえ、お構いなく」


 リビングルームに再度向かった俺とクロエさんは、机を挟んで向き合って座る。二者面談は相当緊張するな。そんな勝手に張ってる緊張を解く様にクロエさんが「それで話ってのはね」と始める。


「先週から昨日までのルカって、とても元気がなかったの」

「ああ、でしょうね。学園で倒れましたし」

「やっぱり?あの子、なに聞いても大丈夫しか言わないし、ご飯も食べなかったのよ。今日だって心配だからついていくって言ったのに強めに拒否されちゃったし」


 なんというか、ルカらしいな。家でも結構勝気なんだなと思っていると、クロエさんは笑顔になって話を続ける。


「でもね、今日帰って来たら元気になってるから驚いちゃった!しかもシロウくんまで連れて!」

「学園で倒れたから送っただけですけどね・・・」

「それでもルカはとても元気になってたわ!ご飯も食べてたし、血色も良くなってたし、私とても安心したのよ。それもこれも、全部シロウくんのおかげだわ。本当にありがとうね」

「い、いえいえ・・・」


 クロエさんにニコニコ笑顔でお礼を言われるが、俺が原因で元気無くなったんだよなぁとはとてもじゃないが言い辛い。


「やっぱり、のパワーには母親は敵わないのかしら?」

「あ、いや、俺彼氏じゃないんですよ」

「わかってるわよ。でも、なんでしょ?」


 そう言って、クロエさんは意地悪く笑う。玄関先でのやり取り聞こえていたのかよ。クロエさんはひとしきり笑うと、「それとね」と続ける。


「私ね、お腹に赤ちゃんがいるの」

「え?それはおめでとうございます」

「ありがとう」


 急になんの話だ?話の前後になんの脈絡もなく、俺は意表を突かれて面を食らうが、クロエさんはそれを気にせず話を続ける。


「元々、私には婚約者がいたのだけれど、どうしてもその人の事を好きになれなかったのよね」


 そう言って、クロエさんはお腹をさする。お腹にみごもっている我が子を愛しんで微笑む。


「それに、私には既に愛している人がいたの。自由恋愛のできる身じゃなかったから、とても辛かったわ。この恋は成就しないんだって」


 俺は黙ってクロエさんに先を促す。


「でもね、成就したの。お腹にいる子は、その愛した人との子。彼の子を産めるのがとても嬉しいわ」

「それは、良かったじゃないですか」

「そうね。でも、彼とはそれっきり。多分、もう二度と会わないわ」

「もう二度と?何故ですか?」

「彼の仕事も忙しくなって来たし、なにより身分が違うからよ」


 寂しそうにクロエさんは笑う。ああ、なるほど。相手は貴族なのか。それに、きっとクロエさんも元々は尊い身分の方なんだろう。話の端々からそう感じ取る事ができる。


「それに、ルカ達は私が妊娠した事を祝福してくれたのよね。彼ともいたいなんてわがままは言ってられないわ」


 今度は笑って言う。本当に表情が豊かな人だ。


「本当はね、ルカ達に言う時はとてもドキドキしたわ。嫌われたりするのかなとか、怒られちゃうかもって思った」

「ルカ達はそんな事しませんよ」


 ルカや子供達と短い期間だが話していて思う。彼女達は本当に仲が良くて愛し合っている。新しい家族が増えるとしても祝福はすれど、怒るなんて事は絶対にないはずだ。

 俺の断言にクロエさんも「そうよ!」と強く同意する。


「あの子はとても良い子だわ。だからね、もしシロウくんがルカと恋に落ちるなら、ずっと側にいてあげて欲しいの」

「え、俺がですか?それは無いんじゃないんですかね」

「そんな事無いわよ。シロウくん、貴方結構人誑しでしょ?ルカもその内絆されるに決まってるわ」


 娘に対して信用なさすぎるだろこの人。ルカは俺になんかなびかない。出会いが出会いだからな、自信を持ってそう言える。でも、無難な返事だけはしておこう。


「まあ、そうなったらそうなったで最期まで側にいますよ」

「ありがとう!そう言ってもらえて嬉しいわ!」


 クロエさんは両手を合わせて喜んでいる。どこの馬の骨ともわからない者に信用置きすぎじゃないか。騙されて変な壺とか買わされたりしないのかな、大丈夫かなこの人。


「じゃあ、今日はこの辺でお開きにしようかしら。私ばかり話しちゃってごめんなさいね。どうしてもルカの事お願いしたかったの」

「ああ、いえ。一緒の学園に通うのですし、友人として彼女を支えますし、なにかあったら守りますよ」


 俺、強いし、学園に来るボンボン相手に遅れを取るなんて事はまず無い。同じ平民同士、助け合って行こうじゃ無いのよ。


「あら、頼もしいわ」


 俺の勝気な発言にクロエさんはそう言ってまた笑う。本当、笑顔が絶えない人だ。こっちまで釣られて笑ってしまう。

 そうして、夜は更けて行き朝になる。後少しすれば子供達が起きるだろうから、その前に家を出る。


「もう出ていくの?ゆっくりしていけば良いのに」


 寝起きのルカに出ていく旨を伝えると、寝ぼけ眼を擦って言う。入試の時に見たキチっとした格好じゃなく、ダボっとした完全無防備なだらしない格好だ。相当油断してるな。


「昨日の今日だぜ、子供達が起きてからだと止められるだろ。後一日くらいいてくれって言われるぜ、多分」

「あ〜確かに、スムーズに出るなら今が良いかも」


 ルカは小さく欠伸をして答える。まだ眠いんだろうな、昨日までずっと寝れてなかったんだし無理もないか。


「じゃあ、色々と世話になったわ。クロエさんにもよろしく言っておいてくれ」

「ん、気をつけて帰って」


 ルカに小さく手を振られながら外に出る。暖かい時期だと言うのに早朝だからか、眠気も飛びそうなくらいの冷たい風が頬を撫でる。寒いな、なんて思っているとルカが思い出したと声を出す。


「昨日お母さんと何話してたの?」

「あれ?もしかして起こしちゃった?」

「ううん、話し声が聞こえただけ。その後すぐ寝ちゃったし、内容までは聞こえなかった」

「ああ、そうか」


 なんて言おうかと迷うが、一から説明するのも面倒だし、ちゃちゃっと要約したのを伝えてさっさと帰ろう。


「簡単に言うと、お前を守るって話をした」

「はっ!?」


 それまで眠そうにしていたルカの表情が一気に覚醒する。それ程までに驚く発言だろうか。そうだな、結構小っ恥ずかしい台詞だったわ。


「じゃあな、また入学式で会おう」

「えっ、は?あっ、き、気をつけて・・・」


 俺の発言に驚きを隠せなかったルカに見送られながら一宿した宿を後にする。言った後で思ったが、お前を守るなんて結構恥ずかしい台詞だな。急にそんな事を言われたんだから、ルカも驚く訳だ。俺も恥ずかしい、さっさとこの場を離れよう。そして入学式までには忘れる様に努めよう。

 入学式まで後二週間程。ロランやカイも来るだろう。どんな学園生活になるのか、今から胸が高鳴り始める。


「あれ〜、俺って自由になりたいんじゃなかったっけ」


 それなのに、入学式を心待ちしている自分がいる事に疑問を持つ。久々に師匠達以外の人と関わったからだろうか。学園生活が普通に楽しみに思える。でもまあ


「それも悪くないかな」


 難しい事を考えるのは後回しにして、今の自由を楽しもう。そう決意を新たに、俺は帰路に着く。


 どっちみち、自由な事に変わりはないのだから。

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