第22話 7

 招かれた夕飯はつつがなく終わった。

 意外にもあれだけ質問をしてきた子供達は、食事の際は行儀が良く、囲まれて質問されるのも夕飯が終わった後だった。


「にいちゃんとルカねーちゃんはどこで出会ったの?」

「学園の入試の時だよ」

「ルカねーちゃん可愛いから、学園でヘンなムシつかないか心配!」

「心配される程愛されてるじゃん」

「うるさい!」


 子供達の相手をしている俺が、夕飯の片付けをしているルカに話を振る。結構辛辣にあしらわれているけど、家族に自分の事を赤裸々にされるのが恥ずかしいのだろう。気持ちはわかる。


「というか、アーガマ。帰らなくていいの?もう夜遅いけど」

「まあ宿はずっと開いてるし、子供達が寝るまで付き合うよ」

「それは助かるけど・・・」


 ルカはごにょごにょと口ごもる。食器を洗う水の音も相まって全く聞き取れない。


「どうした?なんか言いたい事あるのか?ハッキリ言わないと伝わらないぞ」

「う、うううるさいわね!」


 ルカはそう言うと、水を止めて俺に向き直る。少し紅潮した表情で、目線を合わせる事はなく、少し唇を尖らせて


「こ、今夜は遅いし、泊まって行ったら?」


 少し上擦った声で言う。


「えー!にいちゃん泊まるの〜!?」

「にいちゃん風呂一緒に入ろ〜!」

「待て待て、まだ決まった訳じゃないよ」


 興奮する子供達を宥めて俺は言う。その言葉を受けて、ルカも「そうね、そうよ、提案しただけよ」と続ける。しかし


「え〜!シロウくん泊まっていくの!?ルカも大胆ね〜!」

「えっ?あ、いや、こんな夜も遅い時間に一人で帰すなんて危なっかしいじゃん?だから!」

「そうね〜そうよね〜心配よね〜」

「その、そ、あっ、あ〜」


 どこからともなく現れたクロエさんの追撃で、俺の宿泊が確定する。もう何を言っても無駄だと諦めたルカは、話す事をやめてしまう。


「それじゃあ、今夜はゆっくりしてね。シロウくん」

「はは・・・はい、お世話になります」


 ふふふと微笑むクロエさん。この人、何企んでるんだろう。


 子供を風呂に入れるのは大変だ。騒ぐし、暴れるし、言う事聞かないし。特に、姉の連れてきた男ともなれば子供達はテンションが上がって更にはしゃぎ始める。


「にいちゃん体スゲー!」

「どーなってるの?」

「かちかち 〜」

「はいはい、身体拭こうね」


 しかし、そんな子供たちも俺の体をみると大人しくなる。この家には、ルカの歳に近い男の子がいない。どの子も十歳以下の子ばかりだ。だからか、子供達は筋肉で引き締められた俺の体を羨望の眼差しでまじまじと観察し始める。


「どーやったらこうなったのー?」

「沢山運動して沢山勉強して好き嫌いせずにご飯を食べたからかな」

「僕もなれるー?」

「多分な〜」


 嘘は言っていない。運動して勉強して飯をたらふく食べたのは本当だ。ただ、それを三百年以上続けたから、効率良く絞って今の体になってるだけだ。ただ、本人のやる気次第でこの子達も俺みたいな体になる事は可能だ。不可能ではない。


「ほら、あがるよ」

「はーい」


 そう言ってゾロゾロと七、八人の子供達を風呂場から出す。多すぎるだろ。

 体から水気をとって服を着た子供達ははしゃいでリビングへと向かう。その後を追う様に、俺も脱衣所を出る。子供達の相手をしながらとは言え気持ちの良い湯だった〜


「アーガマ、子供達をみてくれてありがとうね」


 子供達を追ってリビングルームに向かうと、ルカが子供達の寝支度を済ませて待っていた。


「いいさ、泊めてもらうんだ。これくらい大した事じゃない」

「そう。湯加減は、どうだった?」

「最高だね。久々に湯船に浸かったわ」


 師匠達の家は湯船ないし、宿屋の風呂場も湯船ないし、湯船に浸かるのは実に三百六十七年振りだ。あんな大勢の子供と俺が入っても余裕のある風呂には驚かされたが、お世辞抜きに最高だった。


「それは良かったわ」


 ルカはそう言って、子供達を寝室へ促す。女の子達は瞼を擦ったり眠たげな印象を与えるが、先程まで俺と風呂に入ってた連中は「にいちゃんの体凄いぞ!」とか興奮してルカに吹聴している。暫く寝る様子は無さそうだ。


「今日は、色々とごめんね」


 子供達が寝室へ入るのを確認すると、ルカは向き直って改めて謝罪する。しかし、彼女が口にするのは砕けた言葉での謝罪だ。ベッドの上で見せた陳謝とは違う。俺の気にするなという言葉を受け止めた上での発言だろう。


「それに、ありがとう」

「お、おう」


 嫣然えんぜんと微笑むルカに気恥ずかしさを覚えた俺は目線を逸らして答える。しかし、それでも気恥ずかしいので「そうだ。俺はどこで寝ればいい?」と苦し紛れに話題も逸らす。


「空き部屋があるから、寝る時はそこの部屋を使ってね」

「わかった。何から何まで悪いな」

「気にしないで、"気楽に行こう"でしょ?」

「いや、流石にこの状況でそれは無理」

「・・・確かに、それもそうね」


 まるで先程まで感じていた照れ臭さが嘘だったかの様に、目を見合わせた俺とルカは笑い合う。ファーストコンタクトが歴代でワーストなコンタクトだった彼女と、こんな風に笑い合う関係になるとは思わなかった。


「それじゃあ、やる事ないし寝るわ。おやすみ

「あっ・・・」


 入試の時に気安くファーストネームで呼ばれるのを嫌がった彼女を慮ってファミリーネームで呼ぶと「ね、ねえ、待って!」とルカに呼び止められる。


「な、なんすか?また俺なんかやっちゃいました?」

「ち、違う違う!その、この前は勘違いしていて、だから名前で呼ばれたくなかっただけ。今はそんな事ないから、その」

「はは〜ん、なるほどね」


 彼女の言葉に合点が行く。ファーストネームで呼んで良いお許しが出た訳だ。それならば、ここは彼女の意を汲んで口頭でもファーストネームで呼ぼう。


「じゃあ、これからはそうするわ。おやすみルカ」

「ええ、おやすみ。アーガマ」


 ルカの言葉を受けて空き部屋へと向かうが、少し歩いて足を止める。


「俺の事もファーストネームで呼んでくれても良いからな」


 そう言って再び歩き出す。俺はファーストネームで呼んでるのに、彼女はファミリーネームで呼んでくるのだ。特段気にすることでは無いのだろうけど、その非対称さにモヤモヤしたのでとりあえず言うだけ言った。後はルカ次第だ。


「わかったわ。今度こそ、おやすみ。シロウ」


 そう言って、ルカは「なんだか変な感じね」と笑う。

 そんなルカにすんなりと受け入れて貰った俺は片手を振ってその場を後にする。やっぱり名前で呼んでもらえると距離感が縮まった様に感じる。この感覚悪くねえなあ〜

 リビングルームから去り、空き部屋へと着く。ドアを開けると、ガチャリと大きめな音が鳴る。隣の部屋は子供達の寝室だ。夜中トイレに行く時は気をつけた方が良さそうだ。


「こっちに来てから色々とあったな〜。ルカとも誤解が解けたし、学園生活はそんなに困らなさそうだな〜」


 部屋に入るなり、だらしなく破顔させてベッドへ座り込む。学園入学前とは言え、目標の自由気ままな生活に手が届いたのだ。浮かれない方が無理である。


「修行の無い日々ってこんなに楽なんだな」


 浮かれた声を出して片手間レベルで筋トレを始める。師匠達との過酷な修行は終わりを告げたが、長年習慣化していたランニングや筋トレは気がついたらやってしまっている。それが特に酷と感じる事はないので、森から出ても細々と続けている。暇つぶしみたいなものだ。

 黙々と筋トレしていると、部屋のドアが三回ノックされる。誰かが来たみたいで、とりあえず「はい」と返答すると「今、お時間宜しいかしら?」とクロエさんの声がする。

 泊まらせていただいてる立場で「あ、今無理です」なんて言える程俺の肝は据わっていない。


「はい、大丈夫ですよ」


 俺がそう答えてドアを開けると、クロエさんは「お休みの所ごめんなさいね」と一言。


「いえ、ところで、どうかされたのですか?」

「ええ、その、少しお話ししませんか?」

「え、俺とですか?」

「はい」


 クロエさんはニコニコとした笑顔を崩さない。夜も更けて来たタイミングで、ルカの母親と話をするってのは嫌な予感がーー


「ルカとの事で」


 的中した。

 別にクロエさんから逃げるなよって圧を感じる訳ではない。話すのが嫌と言う訳でもないのだが、クロエさんは俺とルカが付き合ってると絶対に勘違いしている。

 今こそか、今、誤解を解くべきなのか。

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